演奏のことなど、お知らせです!

10/9/29 みなさん、こんにちは。やっと夏が終わったというところですか。長い夏だった気がしますね。ではその分、秋を存分に楽しみたいですね。 先月のこの欄で、文部省の日本語=日本文化を失墜させた「売国奴」みたいな罪悪と僕は言いましたが、これはきつ過ぎる表現だったかもしれません。文化の崩壊は間違いなく人民全体の問題で、政治や官僚行政だけで動くわけではないですから。ですがなにか社会的な犯罪を裁くときに、犯人が特定できないとすれば、それを担当している省庁などが責任を負うのは当然です。ふつうは極悪犯罪であれば組織の代表者が死刑になったりします。ですから文部省が主犯であることには変わりありません。なにかできる立場にいながら、なにもしなかったわけですから。ただこの問題の重たい点は、全国民が暗黙裡にこういう政策を支持してきたこと、文部省だけに罪をかぶせてもどうにもならないこと、の二点にあります。 たとえば今の日本では酒屋と看板を出すよりもリカーショップと出す方が売り上げが上がるという事実があります。日用品一般を売る店はホームセンターと言います。床屋というのはもう死語かもしれません。理髪店もなくなりつつあります。バーバーとかカット××とかヘアーサロンなんて書いてあります。サロンの下に、よせばいいのにわざわざ英語を添えて saron なんて書いてある(正しくはsalon)店は、いったい何回見たことでしょう。それから区の施設にもケアプラザなんて書いてありますね。care plazaなんて英語はありませんし、だいたいどういう意味なのかはっきりしません。直訳すれば「面倒見広場、看護広場」ですか。歯医者もなくなりつつあります。代わりにデンタル××とかインプラント・センターとか。これらはいずれも漢字よりもカタカナ・インチキ英語表示の方が売り上げが上がる、客が来るという、大前提によって支えられています。ですからカタカナ表示を選ぶのは当然ですし、誰もそれを止められず、非難もできません。 つまりこれは日本人一般の意識なんでしょう。酒屋よりもリカーショップが、床屋や理髪店よりもヘアーサロンが、暗黙裡にいいと思っているわけです。なぜなんでしょう? これは考えるのもつらく憂鬱な問題です。なぜ自分がこんなにバカで愚かで弱々しいのか、その理由はなんだと問うようなものですから。一番根底にはおそらく第二次大戦における敗戦があるんでしょう。少なくとも僕はアメリカ人に訊かれたときはそう答えます。敗戦で人間的、文化的な誇りを失ってしまったとか、民族としての自信喪失だとか、そんなふうに答えるしか考えつきません。ドイツやイタリーも敗戦とその荒廃を経験しましたが、自国の文化を売り渡すようなことはしてませんし、その言葉が英語で埋め尽くされるということもないです。ましてやインチキ英語をねつ造する趣味はどこにもないようです。この絶望的なほどの日本の文化と言語のイカレかたは、いったいなんなんでしょう? 一つの例に、ホットドッグ hot dog という言葉を挙げてみましょう。あのパンにソーセージを挟んだだけの単純な食べ物です。あれができてきたのは19世紀末のアメリカで、やはり野球観戦と結びついていたようです。元もとドイツのフランクフルトでソーセージを挟んだパンとして16世紀頃から食べられていたものがアメリカに来たので、最初はFrankfurter フランクファーターと言われていました。スポーツ観戦などでフランクファーターは欠かせないものになりました。が第一次世界大戦にアメリカが参戦してドイツと戦うことになり、敵性言語であるフランクファーターはけしからんということになりました。アメリカ参戦の1917年ごろのことですが、フランクファーターはホットドッグ hot dog と名前を変えたんです。dog にはソーセージの意味があるらしく、以後 hot dog となり、とても有名になってもちろん日本でも知られています。 時代が下って1970年ごろでしたか、アメリカの食品会社がフランスに進出し、ホットドッグを売ろうとして hot dog という商品名の登録申請を出しました。フランス政府は考慮の結果、これを拒絶しました。たかがホットドッグのごとき食い物の名前に対してです。それもフランス語を破壊することにつながるという理由です。このフランスの対応は神経質すぎてかなり厳しいものと僕は感じましたが、ヨーロッパ各国は互いに国境が近いこともあって文化の侵害にはとても敏感で、当然のことなのかもしれません。ということはその会社はフランス語の商品名をつけて売ったんですが、結局フランスではホットドッグは大ヒット商品とはならなかったようです。これはフランスの文化死守の頑強な抵抗のように見えましたが、この懸命な文化的防御策にもかかわらず、英語のフランス語への浸透は着々と進んでいきました。1990年代にコンピューター時代が到来すると、フランスでは科学技術用語がほとんど英語のまま流通するようになり、フランス政府もそれをせき止めることはできなかったようです。そしてヨーロッパの他の国もほぼ似たような状態で、科学技術英語の侵入にはなすすべもなく進行していきました。 インターネット時代ですから科学技術英語のある程度の侵入は仕方ないかもしれないです。だからこそヨーロッパ各国は懸命に 文化的防御策を講じるわけです。しかし我が日本では、リカーショップにヘアーサロンに、プライス・ダウン、ゲットする、モチベーションが高い、また長嶋茂雄作のゲームメークとかスコアメークです。これらは英語としてはまったく通じません。カタカナ英語を増やしてもわれわれが英語国民になっていく可能性はないですね。ではわれわれは日本語をどうするんでしょう? 皆で寄ってたかって壊しているわけですか? そしてさらに恐ろしいのはこういう危機状況を誰も意識していませんし、テレビ放送などは日夜この危機をもっと推し進めていて、現在も政治や教育機関や学者や知識人がとくに声高にこの危機に警告を発したりしているわけでもありません。さあさあ、みんなで楽しくカタカナ英語、ミンナデタノシクカタカナエイゴ!! 10/8/30 なかなか秋らしさその片鱗も見えてこないですね。困ったもんです。おかげでもうあまり暑さを意識しなくはなりましたが。さて6月半ばに東京で演奏した帰りに、ベースの光田君と楽器を載せ、さらに横浜に引っ越してきたマットに、じゃ関内まで帰るから僕の車に乗ったらと勧め、ギターも積んで3人で帰りました。そこで帰り道マットが漢字について根掘り葉掘り質問してきたんです。僕は中国や中国語にも触れつつ、漢字の説明をしました。漢や明、晋など、漢字といっても、じつは中国のあらゆる時代、場所から来ているから、理解するだけでも大変ですし、それをアメリカ人に判るように説明するとなるともっと大変です。 漢字は難しく、書くのも読むのも大変です。西洋人にとってこんなに手強いものはないでしょう。でも日本人もドンドン書けなくなってきています。コンピューターや携帯電話がさらに漢字を書く機会を減らしていますから、当然ですね。本家の中国はとくに漢字の難しさに苦しんできていて、その簡略化を大きく進めてきています。韓国はハングルの使用で漢字を駆逐しました。しかしハングルでは知識や教養が深まらないということに気づいて、韓国は漢字の見直しを進めているようです。日本は漢字以外にひらがなやカタカナがあったので、事情が少し違っていました。外国のものをカタカナで採りいれるのは、戦後の日本の復興を早めたと言えます。日本が30年ほどで急速な経済成長をへてGDP世界第二位の大国になれたのは、ひとえにこのカタカナが西洋の科学技術の摂取を容易にしたからだとよく言われます。ハングルは日本のカタカナといくらか似ているにしても、韓国が漢字とハングルを併用していたら、もう少し事情が違っていたかもしれません。が逆に中国は仮名を持たないために、西洋の科学技術摂取に遅れをとったと言えます。 しかし、しかし、です。カタカナが日本人の科学技術への順応性を高め、高い経済成長を可能にしたというのは事実なんですが、一方で、そのカタカナはインチキ英語を氾濫させ、それによって英語教育全般を破壊し、ついには日本語をもダメにしたと言えます。つまりカタカナの融通性は便利な反面、自国の文化を売り渡すことにもなったんです。僕は運転しながらそのことをマットに力説しました。その最大の責任は、文部省(現文部科学省)のデタラメ日本語=日本文化・行政にあるでしょう。政治や官僚行政の堕落はいつでもどこでもありますが、この第二次世界大戦後の半世紀の文部省の日本語=日本文化・行政ほどに、罪の大きいものはないですね。日本文化を失墜させた、古い言葉を使えば「売国奴」みたいな罪悪です。そのツケはこれから日本人自身が、百年、二百年、あるいはもっと時間をかけて、払わされるんです。あるいはその前に、日本文化そのものが崩壊してなくなっているかもしれませんね。 7月末にマットがニューオルリンズからはるばるやってきた彼のお父さんをファーラウトに連れてきました。お父さんはR&Bとブルースのピアニストで歌い手で、早速われわれに弾き語りを聴かせてくれ、いやもうこれは実に実に素晴らしかったです。この日のお客さんはまさに幸運でずいぶんと得をしました。そして終わってからマットが両親を送り出し、少しして戻ってきて残ったわれわれ従業員とミュージシャン相手に話し始めました。中学校で英語の先生をしている彼は「カタカナは英米人に理解不能の英語を氾濫させ、それによって日本人の英語教育そのものを破壊し、ついには日本語をも汚している」と力説しました。それはまさに僕が車の中で彼に言ったことでしたが、彼の意見は英語教育の実際の中からにじみ出てきた苦汁に彩られています。「プライス・ダウン」「ゲットする」「モチベーションが高い」など、いったいこういう表現のどこがいいの? 日本語はそれ自体で充分美しく完成している言葉なのに、なぜそれをこんな汚いインチキ英語で汚すんですか? もちろんわれわれには答えられないし、それを弁護することもできません。みんな力なく笑いながら、ブツブツ言って、それでお終いです。 カタカナを持たないために科学技術摂取に遅れをとった中国もいまや世界一の経済大国になり、これからは中国人も漢字を読めなくり、古来の中国文化を喪失する時代が来るかもしれません。ですが安易な文化移入手段たるカタカナを持たず現代に遅れをとった中国人は、反対に日本のように自国の文化を売り渡す愚を避けられたとも言えます。それがこのところ日本や韓国よりももっと急速に現代化したため、そのしわ寄せの方もかなり大きいものとなりそうですね。僕は数ヶ月前に中国の共産主義が自然崩壊するのではないかと、この欄で書きましたが、それは誰にも判りません。インドも急速に現代化してきましたから、これからカースト制度も壊れ、インド文明自体が崩壊の危機に晒されるでしょう。遅れていた開発途上国は、どこもかしこも急速な現代化のために、文化的危機に直面せざるを得ないのでしょう。 テレビは地方も都会もみな同じ番組を見て、日本人に地方性を喪失させてきました。山一つ超えるともう言葉が違ったという、日本の昔の方言はもうなくなりつつあります。さらに若者は同じTV番組やインターネット・サイトを見て、地方性だけでなく個性をも喪失してきています。カタカナは、英語文化を吸収するのではなく、日本人が「英語」だと考える似非文化を作りあげ、日本文化自体を破壊し、結局、日本人が「日本人」という国民性、個性をも失う結果をもたらしました。やはりこれからそれぞれの固有の文化を失っていく中国やインドの人たちとあまり変わらない「文化喪失人」と、日本人もなっていくのでしょうか? 経済的繁栄をもたらし文化的荒廃をもたらしたカタカナは、両刃の剣というわけです。 皆さん、こんにちは。ファーラウト村尾陸男からのお知らせです。 09/10/28---------- 28日の午後外国のニューズを見てましたら、最近の研究で、カレーの成分がガン細胞を殺すことが判った、と報じられていました。なるほど、そうなんですか。(日本のではなくインド周辺の)カレーはたくさんの香辛料をミックスして作ります。唐辛子、レモングラス、ニンニク、エシャロット、コリアンダー、オールスパイス、カルダモン、クミン、クローブ、こしょう(黒・白)、シナモン、スターアニス、ターメリック、フェンネル、メース・ナツメグなど、まだありますが、料理によって家庭によって材料もミックスの仕方も違うようです。さらにタイへ行くとココナッツミルクやコブミカンの葉も入れます。元もとインドにもタイにもカレーという名称はないんです。インドの料理をイギリス人がカレーと名づけて、19世紀にカレー・ルーやペイストのようなものをイギリ ス家庭向けに売り出したのが、カレーという名称の始まりです。 このたくさんの香辛料のなかのなにがガン細胞を殺すのかは判りません。でも長い間の生活の知恵で、これら香辛料が殺菌力をもっているということは体で感じてこういった料理ができてきたんでしょう。日本でも虫の多いカツオには必ず殺菌力の強いショウガをつけますし、肉を多く食べる韓国ではキムチに唐辛子をたくさん入れます。インドは暑いです。気温50度にもなる地方があります。殺菌してくれる香辛料は、そもそもなによりも欠かせなかったでしょう。その昔ヨーロッパでは腐りかかった肉でも胡椒をかけて食べていました。胡椒の値段はだんだん高くなっていって、一時期イスタンブールあたりでは、同じ重さの金と胡椒が交換取引されていたと言います。そんな時代もあったんですね。余談ですが、ファーラウトにはインド・カレーのメニューが、ラム肉のカレー・ベンガル風、ケララカレー、と二つありまして、皆さんのご好評をいただいています。どうぞお試しください。 1947年か48年かもう記憶が定かではないんですが、四国の高松のはずれに住んでいた僕は、父が当時善通寺市に駐屯していた英連邦軍の基地のマネジャーをやっていた関係で、ある日基地に招待されごちそうになりました。イギリス軍、オーストラリア軍の宿舎でもごちそうを振る舞われましたけど、インド軍の宿舎ではカレーを振る舞われました。食うものがろくにない時代でしたから、当時の僕はひどい欠食児童で、なにもかもとてつもなくうまく目を白黒させてました。カレーは香辛料が多く、わずかな塩分だけで、甘みは皆無です。でも初めて食べるものですから、驚きの方が勝って細かいところは憶えていません。最後にチャパティが出ました。小麦粉を煎餅状にして焼き、ほんのわずかに塩分が感じられる、ただそれだけのものです。これはカレーの辛みを取るのだ とそのとき説明されたような気がします。しかしこのチャパティのなんとうまかったことよ! 不思議でした。なにもしていないただ軽く焼いただけのチャパティがほんとに素晴らしくうまかったです。 聞くところによると、インドでは食事の時奥さんがそばに侍ってチャパティを焼くんです。従って奥さんは食事できません。あとで一人ですることになります。ですがチャパティを焼くのには全神経を注いでやらなければならず、それしかないのでしょう。大きな甕のような釜に火を入れて、甕の内側の壁にチャパティを貼りつけて焼きます。ちょうどいい頃合いでそれを出さなければなりません。少しでも遅れるとチャパティは壁からはがれて落ちてしまいます。焼けてなくても焼けすぎてもいけません。それといいチャパティを焼くというのは、奥さんの大きな評価基準でもあるそうです。イギリスでも紅茶の入れ方は奥さんの大きな評価基準と言われていますね。やれやれいろいろとたいへんです。ガン細胞を殺すと言えば、松の木から発散する気体にもガン細胞を殺す作用があるそうですから、松林に囲まれたところに住めば効果があるでしょう。こういう素朴な自然の植物の力をわれわれは忘れてはいけないということだと思います。

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コメント

こんにちは。
はじめてコメント致します。私もジャズが大好き人間。ジャズを聴き始めて45年。宜しくです。

カレーが脳の活性化に良いという情報が数年前から盛んにテレビ等で言われていますよね。今度はガンに効くとは? 素晴らしい情報、有難う御座います。

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