11/19日音楽理論講座、26日英詩解釈講座、5〜6:30pm!

今月の講座
 
11/19日  5pm(90分)  音楽理論講座
音楽理論について勉強します。どの楽器にも共通の音楽理論ですから、どなたでも参加してください。ただし理論は初中上級と大きく変わりますから、来てくれた方に合わせて、テーマを決めてやります。仮に初級でも上級の人にも参考になる内容にしてやりますから、皆さんの勉強になると思います。
—–生徒1500円、一般1800円です。講師-村尾陸男(こちらは講師が変わる時があります)
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11月26日  5pm(90分)  英詩解釈講座
 
わからないもの、解釈したいものがあったら、音源や歌詞を持ってきてください。参加人数が多くても、一人1曲くらいはリクエストに答えられると思います。
—–生徒1500円、一般1800円です。講師-村尾陸男

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[But Beautiful] の訳について

よく歌手がマイクをとおして「恋とは楽しくまた悲しく、そして狂おしかったりするけれど、しかし美しい、というこの歌が私は大好きです」などと語るのを私はこの何十年と耳にしてきたし、今でもこの解釈は日本のジャズ歌手やジャズファンのあいだで少しも廃れていない。しかしこの歌は、恋は「funny or sad, quiet or mad, a good thing or bad, tearful or gay, a problem or play, a heartache either way 面白かったり悲しかったり、静かだったり狂ってたり、良いものだったり悪いものだったり、涙に満ちていたり陽気だったり、問題だったりお遊びだったり、どっちにしても心が痛むもので、それがいい、素晴らしいのだ」と言っている。
私はこのbeautifulの意味を、多くのアメリカ人、イギリス人などに機会があるごとに尋ねてきた。「美しい」という意味も根強く、はっきりとそう言う英米人もいなくはない。しかしそれに反対する人も少なくない。英米人のなかでこれほど意見が分かれるというのは、ただ事ではなく、われわれはただ困り果てるしかない。ここではこれら多くの人たちの意見をまとめて、総合的な解釈というものを可能なら出して見たいと思う。それで正解が得られるかどうかは、正直言って私も確実には言えないが、とにかくやってみよう。
beautifulという単語に裏の意味とか隠れた意味はないようである。だからbeautifulは「美しい」の意味で問題ない。ただいま述べたように「面白かったり悲しかったり、静かだったり狂ってたり、良いものだったり悪いものだったり、涙に満ちていたり陽気だったり、問題だったりお遊びだったり、どっちにしても心が痛むものだ」と歌うから、恋の否定的な意味を排除していないところは、はっきりと見てとれる。むしろこの歌は恋の否定的な面を強調しているとも言える。
面白い/悲しい、静か/狂ってる、良いもの/悪いもの、涙をさそう/陽気、問題/お遊び、どっちにしても心が痛む、と否定的な面、負の面を隠さず呈示しているわけだ。美しいの反対のものは言ってないが、正負の両方を言ってきているから、「美しい/醜い」も当然あってもおかしくない。実際恋は悪い方へ展開すると、醜くなりどす黒くなり、悪くすると殺し合いに発展したりする。これは私が巧みに誘導して勝手な意見を読者に押しつけているのではなく、実際そんな事件の報道、物語は新聞、放送、映画どこにも昔から溢れている。どういうわけか、この歌は「醜いugly」という言葉は入れていない。しかし論理からいけば、恋が美しくもあれば醜くもなるというのは、普通のことで誰しも認めるところだろう。だから「面白い/悲しい、静か/狂ってる、良いもの/悪いもの、涙をさそう/陽気、問題/お遊び、どっちにしても心が痛む」と言ってきて、「でも恋は美しいんです」などと大見得を切るのは、強引なこじつけでしかなく、むしろここまで歌ってきた歌詞の意味を否定している、ひっくり返しているとさえ言えるだろう。ここのところが正確に把握できれば、「しかし美しい」訳は不適当だと理解できるだろう。
beautifulには「美しい」以外に、「申し分のない、りっぱな、すばらしい、すてきな、あざやかな」などの意味があり、間投詞的に「お見事、でかした」の意味にも使われる。なにか立派な仕事をしたときにbeautifulと言って褒めたりする。またとくに立派でなくとも、仕事をきちんとすればそう言って褒められる。「よくやった、よしよし」という感じだ。だが悪い意味はなにもない。この曲のbeautifulも、やや強い肯定の「素晴らしい」とか「いいな」ととればいいが、「しかし美しい」とあまり改まって言うと、歌詞全体の意味をだめにしてしまう。だが〈美しい〉という基本的な意味は厳然としてそこにあり、それは生きていて、そこになにか特別な裏の意味があるわけではない。ここで私の知人の一人の若いアメリカ人の意見を紹介しよう。

——この曲はbeautifulという単語の意味を高めている。これは美の一側面だけのことではないし、「あのスーパーモデルは美しい」とか「あそこの海はきれいだ」というような、美の、昔からある典型的な種の意味でもない。そこに「美しい」という意味はあるが、ここにはそれ以上のものがあり、それは探求し、拡張され、作詞者が自分の意味を賦与しているので新たな譬喩的な命を与えられている。

The song elevates the meaning of the word “beautiful.” It’s not one shade of beauty, not the typical, conventional kind of beauty, like “the supermodel is beautiful” or “the sea is beautiful.” So while the meaning of beautiful is there, it’s more than just there – it’s explored, stretched, and given more figurative life because the author gives it his own meaning.

これはなかなか見事な分析で驚かされる。なるほどそんな見方もあるのかと教えられる。そしてこのbeautifulの意味を作詞者が〈美しい〉だけで使っているのではない証拠は、うっかり見過ごしやすいところだが、歌詞のなかに既に示されている。

つづきはJazz-Lyrics.comで読んでください。

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