2018年夏バイト募集です!

バイト募集です!

ファーラウトの主に夜の営業を手伝ってくれる方を募集します。女性に限ります。ホールでは飲み物を作って出し、接客、レジによるお勘定精算などが、主な仕事です。キッチンでは料理を作り、食器類を洗ったりが、主な仕事です。忙しい日は2、3人入るので、仕事は分担ですが、暇な日は1人なので、ホール、キッチン両方できないとなりません。

時間は土日祝が6〜10時半くらいまで、ほかの日は6時半〜11時くらいで、初めての人は時給800円で見習い期間を2ヶ月やり、仕事の内容を一通り憶えたら3ヶ月目から850円、キッチンもできるようになったら900円で、以後仕事のできによって上げていきます。土日祝は昼営業もあります。

月に一日、スタッフの日を設けてあり、その日は演奏、歌などで出演してもらい、呼んでくれた友達、知人などのチャージから歩合で少しですが出演料を払います。また月4回、12時間以上働いてくれた人には、いくつかの特典がつきます。それらは、村尾陸男の講座(音楽理論、英詩解釈、各90分)が無料で受けられることや、ピアノ練習などのスタジオ使用が半額で利用できることで、またファーラウトでのライヴやジャム・セッションなどに客として参加するときは、チャージが半額になり、飲食も半額に近い割引があります。

毎日歌や演奏を楽しめますし、1年に数回、外国の大物ミュージシャンも出演しますし、そういうときに客で来る場合も従業員割引(割引率はその時によって違います)を適応していますから、働くには楽しくときにはとても勉強になる仕事場でもあります。応募してくださる方への条件は、ただ一つ〈音楽を好きなこと〉で音楽に関心のない人は応募しないでください。

よろしくお願いします。ファーラウト代表 村尾陸男

6/24日音楽理論講座、30日英詩解釈講座、5〜6:30pm!

今月の講座
 
6/24日  5pm(90分)  音楽理論講座
音楽理論について勉強します。どの楽器にも共通の音楽理論ですから、どなたでも参加してください。ただし理論は初中上級と大きく変わりますから、来てくれた方に合わせて、テーマを決めてやります。仮に初級でも上級の人にも参考になる内容にしてやりますから、皆さんの勉強になると思います。
—–生徒1500円、一般1800円です。講師-村尾陸男(こちらは講師が変わる時があります)
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6/30日  5pm(90分)  英詩解釈講座
 
わからないもの、解釈したいものがあったら、音源や歌詞を持ってきてください。参加人数が多くても、一人1曲くらいはリクエストに答えられると思います。
—–生徒1500円、一般1800円です。講師-村尾陸男

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[For all we know] の訳について

あるサイトに載っていたんですが、For all we know に「惹かれ合っているけれど」と充てているけれど、これは普通なら「私たちが知り合い理解しあっているにもかかわらず」という意味で、一目瞭然です。「これほど知り合い理解し合っているのに」あるときは人間は別れなくてはならないような、そんな運命もある、という感じがこもってますね。なぜ「知る、理解し合う」を「惹かれ合っている」とするんでしょう? 題名にもなっている重要な言葉、文ですから、この”意訳”はわかりません。人の名前を間違って呼んでいるような、僕はなにかそんな失礼千万な気分になります。

Tomorrow was made for someというのは「明日は(私たちにではなく)他の人のためにある」と直訳で解せますけど、「明日は他の人と過ごすのかもしれない」と訳されてます。これはきっとこの訳者である歌手自身が、「愛し合っていても明日は他の人と過ごすかもしれない」とこんな考えで生きているんではないですか。愛する人と別れて一生独身で死んでいく人もいますね。誰もが明日は他の人と過ごすわけではないです。意訳と言っても書いてないことを書くことはできないです。「他の人と過ごす」なんてどこにも書いてない、こんな最低の訳がでてくるのはもう恐ろしいですね。この人はこの名曲中の名曲に泥とウンコをぬりたくって汚い最低のエロ唄にまで貶めてくれたと言えるでしょう。

つづきはJazz-Lyrics.comで読んでください。

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村尾陸男の出演予定や出版等について

次回は7/16日15時に山手のワラネに出ます。極上のベヒシュタインというピアノを使っての弾き語りです。楽しいいい時間で、そんなピアノにさわれるだけでもありがたいです。ここのところジャズ詩大全電子版を更新していて、いろいろ誤訳、悪訳にぶちあたり、また自分のやった間違いにも気がつき、そんなことを中心に話しながらやっていきます。Speak Low, Angel Eyes, For All We Knowなどなど。

 

それとついでにもう一つお知らせですが、7月28日に名古屋のWIZで講義と弾き語りライヴをやることが決まりました。そしてその翌日29日は富士のケルンでやはり講義と弾き語りをやります。まあそれらについてはまたこの欄で詳細をお伝えしますが、とりあえず速報です。

 

最近目にした誤訳、悪訳の話しを少ししましょう。これはMatt DennisのAngel Eyesの歌詞と、あるサイトにあったその訳です。

 

Try to think that love’s not around
Still it’s uncomfort’bly near
My old heart ain’t gainin’ no ground
Because my Angel eyes ain’t here

 

Angel eyes that old devil sent
They glow unbearably bright
Need I say that my love’s misspent
Misspent with Angel eyes tonight

 

So drink up, all you people
Order anything you see
Have fun, you happy people
The drink and the laugh’s on me

 

Pardon me, but I’ve gotta run
The fact’s uncommonly clear
Gotta find who’s now “Number One”
And why my Angel eyes ain’t here

 

Oh, where is my angel eyes
Excuse me while I disappear
Angel eyes, angel eyes

 

愛しいあの人は
いないって思いたいのに
苦しいほど
まだ私の心の中にいるの
私はどうすればいいのか
分からずにいる
“天使の瞳” は
この場所にはいないというのに…

 

老いた悪魔が私に届けた
“天使の瞳” は
耐えきれないほど
眩しくて
愛を無駄遣いしていることくらい
分かっている
今宵、来ることのないあの人に
私は愛を無駄遣いしている…

 

さあ、みなさん
どうぞ飲み干して
何でも好きなものを
頼んでちょうだい
楽しんで
幸せそうなみなさん
飲んで
そして私のことを笑ってちょうだい…

 

でも悪いけど
もう失礼するわ…
真相は
とってもはっきりしているの
誰が今あの人の
“一番” なのか
どうして “天使の瞳” は
ここにはいないのか知りたい
ああ、私の “天使の瞳” は
どこにいるの…

 

ごめんなさいね
私がしばらく ここに立ち寄らなくなったら
その時は 私は “天使の瞳” を探していると
思ってちょうだい…

 

この訳文の最後の4行に対応する英文は見つけられませんでした。さて「老いた悪魔が」の「老いた」はいただけないです。oldは「いつもの、例の、親しい、すばらしい、すごい、よく知っている」などの意味で盛んに使われ、that lucky old Sunとかmy old flameとかold devil moonとかold boyなどという表現は「老いた」とは関係ありません。人間は歳とりますけど、だいたい悪魔とか月や太陽は年取らないでしょう。my old flameは「昔の恋人」という意味で、「年取ったかつての恋人」ではないです。old boyは「老いた」なんてもってのほか。

 

Have fun, you happy people / The drink and the laugh’s on me のところ、「楽しんで、幸せそうなみなさん / 飲んで、そして私のことを笑ってちょうだい」となってますが、これはまず「幸せそうな」がまずいですね。「そうな」は取らないと気分が出ません。見ての通り、原文には「そうな」はないです。惨めな自分との対比なので、「幸せな君達」などと「そうな」は入れない方がいいです。

 

それからブリッジの最初のところで So drink up, all you people / Order anything you see 「どうぞ飲み干して」と言っているので、最後の行の「飲んで、そして私のことを笑ってちょうだい」の「飲んで」はいらないですね。それはもうすでに言ってあるのと、次に「何でも好きなものを、頼んでちょうだい」と言うので、それを受けて「酒は僕につけて」と言っているわけです。「飲んで」の繰り返しはいただけないです。そして「振られちまった僕を笑いながらさ」と来ます。The drink is on me で「酒は僕につけて」です。この on は悪い意味にのみ使う表現で、The laugh’s on me は「振られちまった僕を笑っていいよ」という感じになります。

 

これを訳した人は、失礼ながらかなり意味がわかってないですね。ま、ネットに出てる訳はだいたいこの程度でしょう。でも本にするにせよネットにアップするにせよ、自分勝手な意訳、勝手訳ではなく、本当はいつもできるだけ原文に忠実な訳を呈示しなければならないはずです。これが案外守られないですね。日本語に適当な語がないのなら、そういう場合は意訳で切り抜けるしかないですが、そういう場合はあってもほんの僅かです。意訳も意味が正確につかめてないと間違いのもとで、簡単にはいかないですね。直訳、逐語訳、意訳、勝手訳、これらはときには紙一重の問題です。この人は最初から正しい訳をよけて通っていて、それを意訳と呼んでいるんですかね。わからない人は訳さない、いい加減な勝手訳を呈示しないという誠意、誠実さが、結局今の日本人には必要なんでしょう。

 

さてもう一つ [For All We Know] という曲。Sam M.Lewisと J.Fred Coots の1934年の作品。当時大きなヒットで、大変多くの人によって歌われてきました。僕もこの曲は今でもときどき歌います。これもあるべつのサイトにあった訳です。

 

For all we know
We may never meet again
Before you go
Make this moment sweet again
We won’t say “Good night” until the last minute
I’ll hold out my hand and my heart will be in it

 

For all we know
this may only be a dream
We come and go
like a ripple on a stream
So love me tonight;
Tomorrow was made for some
Tomorrow may never come
For all we know

 

惹かれ合っているけれど、もう二度と会うことはないのかも。。
あなたが行ってしまうまえに、
この時をいつものように甘く過ごしましょう
最後の最後まで、「おやすみ」は言わないの
私があなたに差し出す手。。
その手の中に、私のすべての愛がつまっているの

 

惹かれ合っているけれど、ただの夢なのかもしれない
寄せては引くさざ波みたいに 付いたり離れたりの繰り返し
今夜は愛して
明日は他の人と過ごすのかもしれない
明日は、来ないのかもしれない
惹かれ合っていると分かっているけれど。。

 

まず最初に訳ではなくこの人は「意訳」と断ってあります。この「意訳」というのは、正しい訳ができないということの、多分逃げか言い訳なんでしょう。For all we know に「惹かれ合っているけれど」と充ててますが、これは普通なら「私たちが知り合い理解しあっているにもかかわらず」という意味ですね。一目瞭然です。「これほど知り合い理解し合っているのに」あるときは人間は別れなくてはならないような、そんな運命もある、という感じがこもってますね。なぜ「知る、理解し合う」を「惹かれ合っている」とするんでしょう? 題名にもなっている重要な言葉、文ですから、この”意訳”はあってはならないもので、僕にはわかりません。人の名前を間違って呼んでいるような、僕はなにかそんなふうに感じられます。訳す人にこんな捏造の権利はないですね。

 

Tomorrow was made for someというのは「明日は(私たちにではなく)他の人のためにある」と直訳で解せますけど、「明日は他の人と過ごすのかもしれない」とあって、これはきっとこの人自身が、「愛しあっていても明日は他の人と過ごすかもしれない」とこんな考えで生きているんではないですか。愛する人と別れて一生独身を通して死んでいく人もいますね。誰もが明日は他の人と過ごすわけではないです。意訳と言っても書いてないことを書くことはもちろんできません。「他の人と過ごす」なんて原詩のどこにも書いてないです。こんな最低の訳がでてくるのはもう悪訳どころか、それを通り越して恐ろしいですね。この人はこの名曲中の名曲に泥とウンコをぬりたくって汚い最低のエロ唄にまで貶めてくれたと言えるでしょう。訳者がどんなにイカレタ汚い人間だろうとそれはいいですが、この素晴らしい曲、歌は汚さないでほしいです。無駄でしょうが、僕から切にお願いします。

 

こういう最低の訳がネットに出てくるのは、今は最悪のひどい時代に入ってきたということの証拠かもしれないですね。ネットに氾濫する訳には注意してくださいな。僕がこんなことを言ってもどうなるもんでもないでしょうが。村尾陸男

音楽書の出版について!

村尾陸男から出版についての近況報告です。

このあいだキャリフォルニアの音楽出版社のHPを覗いてましたら、1ペイジ全面に大きく楽譜類のコピーは違法だと訴えていました。以前僕が数冊そこの本を翻訳して出版しましたし、リアルブックなど大々的に出している大きな会社です。もう一つ東部の音楽書も出していた教育関係の老舗の会社に必要があって問い合わせたところ、もうなくなっていてなにか商業関係のまったく知らない会社に買収され、そこに連絡すると社員が本の内容が理解できていず、わけの分からない返事が返ってきてもうあきらめました。出版社はどこもかしこも全滅状態です。

うちに出演するミュージシャンと話していたら、彼はノウトPCにリアルブックなど百冊ぐらい入っていると自慢げに言い、ほとんどどんな曲でも瞬時に楽譜が取り出せると言ってました。一時期プロの演奏家用に1001とかその他正式な出版物でないものが出回っていたことがありますけど、もう今はプロもアマもなくしかも写真ファイルかなにかでタダで一瞬に取りこめてしまいます。これでは出版社が潰れるのはやむを得ないですね。

それでキンドルとかいうファイルのみの本が出てきました。今年春ごろにデイヴィド・ラクスィンDavid Raksinという作編曲家の自伝のキンドル版を買って読んでいて、部厚いのでやっと先週読み終わりました。その自伝は出版物としてはもう品切れで、売れないので再版の可能性はなく、キンドルで読むしかないんですが、それでもありがたいことでした。それからファイルで売ることもなく、幻の名著と言われるものはたとえばグーグルブックスとか言われる頁にアップされていていつでも読めるなんていうサーヴィスもあります。これもありがたいです。もうほかに手に入れる方法がないとすれば、こういう方法で読めるのはありがたいですね。

僕自身も改訂版や新版を出すことがほぼできなくなり、ネット出版に頼るようになりました。このラクスィンの自伝やグーグルブックスで読むことのできた昔の音楽書などから「アメリカ文化とポピュラー音楽」という僕の新著が生れました。本で出版すれば2000円を下ることはないでしょうが、725円という安さです。ほかにも新著やジャズ詩大全の改訂版を次々と出してきています。まあ宣伝はさておき、ここで僕の言いたいことは、ネット化で被る大きな弊害とその便利さについてです。弊害も大きいです。人の悪口など嘘も交えて大々的にアップできます。その分人間がどんどんイカれてきています。

こんなこと言い始めたらきりがなく、この話しは終わりませんね。最後に一つだけお知らせしましょう。Jazz-Lyrics.comでコウル・ポーターの [You’d Be So Nice to Come Home To] の解釈を大幅に更新しました。「帰ってくれたら嬉しいわ」という誤訳から始まって、この曲の解釈はグチャグチャになってきました。ネットにはこの曲の訳と称するものが氾濫しています。しかしどれも似たりよったりの愚劣なものばかりで、玉石混交ではなく泥石混交です。以下にその紹介文を入れました。

[You’d be so nice to come home to]の改訂版上梓。ぜひ皆さん読んで下さい。

 

ジャズ詩大全電子版に新原稿と改訂新版

新原稿と改訂新版

Jazz-Lyrics.comのジャズ詩大全電子版には、順次新しい項目が追加されていますし、新原稿や改訂原稿がアップされています、どうぞ覗いてみてください。研究–バート・バカラック、ハロルド・アーレン、ジョニー・マーサー、ジュール・スタインなど新しい原稿がアップされています。日本ではほかにないほど、内容が重厚で正確ですから、参考にされる方には、代えがたいほどのものです。

ジャズ詩大全電子版に寄せて

《ジャズ詩大全》シリーズは1990年から出し始め、本巻20、別巻2、計22巻となり、ほぼ完結しました。索引集をあと一冊出す予定ですが、出版の困難な状況もあり、それで終わりとなりそうです。そこで2012年6月に横浜・関内のジャズクラブ・ファーラウトの下にジャズ・スクール「教室ファーラウト」が開校したのを機に、スクールの活動の一環として《ジャズ詩大全電子版》の販売を開始することにしました。あの大英百科事典Encyclopaedia Britanica が印刷版を廃止しCD版に切り替えたのはたしか2000年ごろでしたか、世は重くて分厚くて手間とお金のかかる出版物をなくして、CD版に切り替えるべく動いてきました。そしてさらに最近ではそのCD版もなくしてダウンロード販売に切り替えるところも増えてきています。朝日新聞、Wall Street Journal、科学雑誌Newtonなど、こぞってそういう方向に変化してきています。この《ジャズ詩大全電子版》は、利用者が自分の好みの曲の楽譜だけ選んで買うことができるだけでなく、本を買いに行く手間とお金はおろか、図書館に行ってコピーする交通費、コピー代、時間を考えたら、おそらくそれよりも安くつくほど、読者、愛好家にとって手軽で便利なサイトになるでしょう。
もちろんそれだけでなく電子版では、出版物と違って新しい内容のものの販売も簡単なら、掲載済みのものの更新も容易で、そういう良さを存分にいかさなければなりません。つまり出版物の《ジャズ詩大全》は終了しても、電子版はある意味でそれを存続発展させていくことができる特質をもっていると思います。そしてそれ以外にもまだ多くの可能性が残されていそうです。その可能性を模索し考え組み立てるのは大きな仕事ですが、それをやらなければこれを立ち上げる意味も半減してしまいます。インターネットのサイトがいい加減なジャズ・スタンダード曲の訳を載せている例は、枚挙にいとまがありません。最近では減るどころか増えてきているようにも思えます。《ジャズ詩大全電子版》は可能性の輪を拡げていくだけでなく、こういう迷妄に陥ることなく、心して全体を組み立てていこうと考えています。皆さんの積極的なご利用を願うとともに、ご意見、感想なども反映させながら、さらに充実したものに作っていきたいと私は考えています。どうぞ《ジャズ詩大全電子版》をよろしくお願いします。
ジャズ詩大全著者
ジャズクラブ・ファーラウト
並びに教室ファーラウト代表
村尾陸男