音楽書の出版について!

村尾陸男から出版についての近況報告です。

このあいだキャリフォルニアの音楽出版社のHPを覗いてましたら、1ペイジ全面に大きく楽譜類のコピーは違法だと訴えていました。以前僕が数冊そこの本を翻訳して出版しましたし、リアルブックなど大々的に出している大きな会社です。もう一つ東部の音楽書も出していた教育関係の老舗の会社に必要があって問い合わせたところ、もうなくなっていてなにか商業関係のまったく知らない会社に買収され、そこに連絡すると社員が本の内容が理解できていず、わけの分からない返事が返ってきてもうあきらめました。出版社はどこもかしこも全滅状態です。

うちに出演するミュージシャンと話していたら、彼はノウトPCにリアルブックなど百冊ぐらい入っていると自慢げに言い、ほとんどどんな曲でも瞬時に楽譜が取り出せると言ってました。一時期プロの演奏家用に1001とかその他正式な出版物でないものが出回っていたことがありますけど、もう今はプロもアマもなくしかも写真ファイルかなにかでタダで一瞬に取りこめてしまいます。これでは出版社が潰れるのはやむを得ないですね。

それでキンドルとかいうファイルのみの本が出てきました。今年春ごろにデイヴィド・ラクスィンDavid Raksinという作編曲家の自伝のキンドル版を買って読んでいて、部厚いのでやっと先週読み終わりました。その自伝は出版物としてはもう品切れで、売れないので再版の可能性はなく、キンドルで読むしかないんですが、それでもありがたいことでした。それからファイルで売ることもなく、幻の名著と言われるものはたとえばグーグルブックスとか言われる頁にアップされていていつでも読めるなんていうサーヴィスもあります。これもありがたいです。もうほかに手に入れる方法がないとすれば、こういう方法で読めるのはありがたいですね。

僕自身も改訂版や新版を出すことがほぼできなくなり、ネット出版に頼るようになりました。このラクスィンの自伝やグーグルブックスで読むことのできた昔の音楽書などから「アメリカ文化とポピュラー音楽」という僕の新著が生れました。本で出版すれば2000円を下ることはないでしょうが、725円という安さです。ほかにも新著やジャズ詩大全の改訂版を次々と出してきています。まあ宣伝はさておき、ここで僕の言いたいことは、ネット化で被る大きな弊害とその便利さについてです。弊害も大きいです。人の悪口など嘘も交えて大々的にアップできます。その分人間がどんどんイカれてきています。

こんなこと言い始めたらきりがなく、この話しは終わりませんね。最後に一つだけお知らせしましょう。Jazz-Lyrics.comでコウル・ポーターの [You’d Be So Nice to Come Home To] の解釈を大幅に更新しました。「帰ってくれたら嬉しいわ」という誤訳から始まって、この曲の解釈はグチャグチャになってきました。ネットにはこの曲の訳と称するものが氾濫しています。しかしどれも似たりよったりの愚劣なものばかりで、玉石混交ではなく泥石混交です。以下にその紹介文を入れました。

[You’d be so nice to come home to]の改訂版上梓。ぜひ皆さん読んで下さい。

誤訳も一つの文化になってしまう、なにかそんなことを考えさせる、誤訳悪訳のネット氾濫です。先ごろピンキー・ウィンタースの公演をやりましたが、彼女の年齢がネットに二ヶ所あって1930年生れ86歳とあったので、僕は宣材にそう書きましたが、彼女のヴィザから1931年生れだということがわかりました。ネットには真実は滅多にあらわれないということも了解しておかなければならないですね。

3月19日音楽理論講座、20日英詩解釈講座、5〜6:30pm!

今月の講座
3月19日  5pm(90分)  音楽理論講座
音楽理論について勉強します。どの楽器にも共通の音楽理論ですから、どなたでも参加してください。ただし理論は初中上級と大きく変わりますから、来てくれた方に合わせて、テーマを決めてやります。仮に初級でも上級の人にも参考になる内容にしてやりますから、皆さんの勉強になると思います。
—–生徒1500円、一般1800円です。講師-村尾陸男(こちらは講師が変わる時があります)
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3月20日  5pm(90分)  英詩解釈講座
わからないもの、解釈したいものがあったら、音源や歌詞を持ってきてください。参加人数が多くても、一人1曲くらいはリクエストに答えられると思います。
—–生徒1500円、一般1800円です。講師-村尾陸男

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[You’d Be So Nice to Come Home to] の誤訳について!

You’d be so nice to come home to
You’d be so nice by the fire
While the breeze on high, sang a lullaby
You’d be all that I could desire

Under stars chilled by the winter
Under an August moon burning above
You’d be so nice, you’d be paradise
To come home to and love

Jazz-Lyrics.com の [You’d Be So Nice to Come Home to] の解釈を僕は更新したので、それはもう間もなくアップされます。それでいわばその予告編で、そのなかのこの曲の誤訳について書いた部分を次に引用してみます。

– – – 例の有名になった [You’d Be So Nice to Come Home to] の歌詞の誤訳の問題について考えてみよう。「帰ってくれたら嬉しいわ」という曲名にもなっている誤訳がひとしきり通っていたが、やっと最近これが誤訳だということがやや定着してきたようである。とはいえ今でもマイクで「帰ってくれたら嬉しいわ」と紹介してこれを歌うプロの歌手がいるから、そうそう簡単にこの誤訳文化が廃れたと見ることもできない。「帰ってくれたら嬉しいわ」では、「あなたが帰ってきてくれたら」というのと、もう一つ「あなたが(ここから)出て帰っていってくれたら」という解釈も成りたつとの指摘がサイトに見られた。なるほど日本語のいい加減さもこういうときは大きな問題になり、訳詩の難しさをまたまた考えさせられるところである。そこでインターネットサイトを検索してみると、「帰ってくれたら嬉しいわ」は誤訳だと指摘されてはいるものの、「嬉しいわ」訳はいまだに根強く氾濫している。(私が検索して見られた限りで、すべてではないし、こういうサイトの出入りも激しいから、以下はほんの一例と思ってほしい)

ーーYou’d be so nice to come home to
1/あなたの待つ家へ帰れたらどんなにホッとするのに
2/貴方が帰りを待っていてくれたらとても素敵
3/あなたのとこに帰れたらどんなに素敵だろう
4/家に帰ればあなたがいる
5/家に帰ったときに君がいてくれたら
6/毎日、帰ってくると君がいる生活

1どんなにホッとするのに、2とても素敵、3どんなに素敵だろう、というこれらの言葉の主語は私で、You’d be so niceというあなたを褒め称えている構文の訳にはなっていない。come homeとあるから確かに家に帰るのだが、通勤から帰るとはどこにも書いてないので、そういう雰囲気を出してしまうと全体をぶち壊して味気なくしてしまう。これは第二次大戦の真っ只中ではやらせたので、ポーターも「戦場からきみのところへ帰りたい」という意味で書いたのだ。6の毎日なんて言葉は原詩のどこにもない。意訳なんてものを通りこしてもう勝手訳である。つまり意訳というと格好いいが、ほとんどはほんの一歩踏み外したつもりの勝手訳になっていく。そうかと思うと訳の愚劣さを「直訳だ」とか「逐語訳だ」と言っていい抜ける。つねに留意してほしい点は’dという仮定法過去で、遠慮がちに控えめに「あなたのところに帰っていけるものなら帰っていきたい」ということを表現している。もし’dがなく「あなたのところに帰っていけたら嬉しいわ」なんて歌詞だったら、そもそもこんな曲に誰も見向きもしなかったろう。’dが訳せないでは直訳にも逐語訳にもならない。

ーーYou’d be so nice by the fire
7/あなたが暖炉のそばにいてくれたらどんなにうれしいでしょう
8/暖炉の傍に貴方がいればとても嬉しい
9/それだけで僕は幸せだ
10/暖炉のそばに君がいてくれたらなあ

ここでも、7どんなにうれしいでしょう、8とても嬉しい、9幸せだ、10君がいてくれたら、と自分の感情や都合ばかり書き、You’d be so nice「暖炉のそばのあなたは素敵だろうな」という称賛の味は一つもない。

ーーWhile the breeze on high sang a lullaby
11/高まる息遣いは子守唄を歌っていた

この11高まる息遣いは意味不明。

ーーYou’d be so nice, you’d be paradise to come home to and love
12/帰って行くところとして、そして愛する相手として、あなたがいてくれたらうれしくて、どんなに楽園のようでしょう
13/貴方が居てくれればとても素敵、貴方は楽園のよう、帰りを待っていてくれて、そして愛があれば
14/君の待つ家へ帰り、君を愛せるなら僕にはまるで天国だ、あなたのいる家にもどり愛せるならばそこは私の天国になるの
15/家に帰ったときに君がいてくれたらそこは素敵な天国になると思うんだ
16/毎日君の許に帰り、愛し合う生活、どんなに幸せだろう

12うれしくて、13とても素敵、14僕にはまるで天国だ、15そこは素敵な天国になると思うんだ、16どんなに幸せだろう、とやはりYou’d be so niceは忘れられ、自分が「嬉しい」という感情だけ出てくる。14家へ帰り、15家に帰ったとき、16毎日君の許に帰り、とここでも通勤から帰るみたいな雰囲気になってしまうのはいったいなぜだろう?

これらの訳詩はどれも文章が恐ろしく汚いが、そのことをべつにしても、いい加減な意訳、勝手訳が過ぎるという点でおそまつだ。どうして原詩のまとまりや美しさを伝えようとしないのだろう。「(私が)ホッとする」、「(私が)どんなにうれしいでしょう」、「(やはり私が)うれしくて、どんなに楽園のようでしょう」という文は原詩にはない。I’m glad to see youとかI’m glad to come home to youとかなら、いくらかこういう訳文が成りたつが、せっかくYouを主語にしているその美観が壊れてしまう。この詩は私のことを言っているのではなく、あなたを褒め称えているのである。もちろん自分の気持ちを吐露しているには違いないが、これは詩であってそこらの雑文とはわけが違うから、あなたを褒め称えている主語述語の構文は絶対に壊さずに訳したい。従って初出から60年もたって、帰っていくのがあなたではなくて私だという点は理解されてきたが、主語を自分にしてしまう「嬉しいわ」訳は伝統のようにまだあちこちにあって、この曲の訳を恐ろしく汚くしている。なんとかして「嬉しいわ」訳から離れたいものだ。「あなたは、(私が)帰っていく相手としては、最高だなあ」という感じで褒め称えているのだから、その雰囲気を訳でも大切にしたい。
二番目もやはりso niceが自分のことではなくあなたのことを言っているので、「暖炉のそばのきみは素敵だろうなあ」となる。三番目11は意味不明。もしかしたら「breeze風」を「breath息」と勘違いしているんだろうか。四番目「あなたはとても素敵で天国のような存在だなあ」と言っている。この文章の訳がなんと言っても一番難しい。「きみは天国だ」などという表現は日本語にはないから、直訳では詩にならない。だが意訳が過ぎても原詩をことごとく壊してしまうし、文語的過ぎてもだめだし、口語的過ぎてもやはりだめだ。歌だからくどくどと説明するような文にはできないし、短くてはすべてを語りきれないかもしれない。それでいてきれいな訳詩を作るとなれば、これは非常に難しい。
すべてyouが主語なのと、’dという仮定法過去になっているので、基本的には「・・・のあなたは素敵だなあ」だが、「・・・のあなたは素敵だろうなあ」とさらにわずかでも譲歩の味を入れて、仮定の意味を表にだすべきだろう。あなたに断る選択肢を残しているような、そんな雰囲気を感じさせてほしいし、’dは「きみのところへ帰っていくのをきみが許してくれたら」という条件節をつねに暗示している。詩は美しくなくてはいけない。この仮定法過去が訳詞のどこかにほの見えるような、そんな訳ができたら素晴らしいし、というか絶対にそうでなくてはいけない。だからこの曲は短く簡単でいながら、正確にきれいに訳すとなるとなんと難しい詩だろう、と考えさせられる、まさにそんな一遍である。
結局「帰ってくれたら嬉しいわ」訳は二つの大きな間違いを犯した。一つはcome home toのtoで方向性が変わり、きみが「帰ってくれたら」ではなく、きみのとろへ私が「帰っていけたら」いいな、と逆転する。これはしかし日本語と英語の違いであって、理解できれば修正はべつに難しいことではない。もう一つは「嬉しいわ」で、これがYou’d beの控えめに遠回しに表現している彼女への愛を蹴ちらしてしまった。まだ実現していない彼女との関係を婉曲に可能性を探るように表現している仮定法過去を踏みにじり、自分の願望と都合だけを並べるような味気ない訳文になっていってしまった。それだったらそもそもこの曲はヒットしてなかったかもしれない。むしろこの二つのうちあとの方が弊害が大きかったと言えなくもない。
「嬉しいわ」訳のような過誤が与える傷は、困ったことに、そう簡単には修復できないのかもしれない。われわれはこれをよく心に留めおくべきだろう。今回ネット訳詩を一覧してみて、嫌というほど思い知らされた重い現実である。どうせするならいつも細心の注意を払って訳詩をしてもらいたいものだ。汚い訳詩はつねに原詩を壊しているということを、訳す人は自覚してもらいたい。そんなことを考えさせるこの曲のネット訳詩氾濫であり、ネット訳詩氾濫は便利でありがたい時代の到来ではあるが、残念ながらいい加減で質悪な訳詞ばかりだということも常に頭に入れておかなければならない。
それにしてもこの「帰ってくれたら嬉しいわ」訳が大きな問題を引きずっていることを、あらためて認識させられたこの曲の解釈である。この曲の訳はそもそも難しいが、そのほかにもいろいろ悩み苦しめれた この曲の訳詩である。皆さんもこの項を繰り返し読んで、問題点についてよく考えてほしい、と私はとくにお願いしたい。

さてここまでがJazz-Lyrics.comの [You’d Be So Nice to Come Home to] の項に僕が書いた誤訳についての稿です。でもこう書いてもまだ僕は完全な自信があるわけではなく、正直なところまだ一抹の不安が漂います。そこでアメリカ人ジャズギタリストのマスュー・フリキーMatthew Frickeに念押しメイルを出して訊いてみました。

ーーネットには質悪な訳が溢れているけれど、それは You’d Be So Nice to Come Home to という文にあたる短い一つの日本語の文や言葉がないからだ。だからみんな「きみのところへ帰っていけたら嬉しいわI’m glad if I could come back to」みたいな訳になりがちだ。僕はこれが大きな間違いとは思わないけれど、You’d beのところで、みな「I’m glad if…嬉しいわ」という訳になってしまい、結果は汚くて安っぽい質の文にならざるをえない。
きみはこの「I’m glad if…嬉しいわ」という訳し方をどう思う? 正しいと思うかい、間違っていると思うかい? 僕はこれが嫌いで、You’de beの味を出して訳すけど、すると日本語ではやや難しい構文になってしまう。しかし第一にこの文は「あなたを褒めているpraising you」のであって自分の感情を表明しているのではない。これは非常に重要な部分だと僕は思うが、きみの意見を聞かせてくれないか。

以下は彼から返ってきた短いけど確かな返事です。彼はアメリカで日本人女性と結婚し、現在日本に住んでいて日本語もかなりできます。ジャズのギター演奏の経験も長く、年齢は40代手前です。

ーー僕もそれには賛成だ。「嬉しいわ」訳は最善の方法ではない。Would be(‘d be)という仮定法過去は条件つきの将来を意味していて、将来起こるか起こらないかもしれない状況を想像して使われている。そしてこの場合は願望、希望も表現している。僕はこれを正確に訳すのはとても難しいと思う。なぜなら日本語には、英語に比べて、仮定的な空想や願望を意味する表現があまり多く用意されてないからだ。基本的には「僕はきみと一緒にいたい」と言っているが、もちろん詩的にだ。原作の映画を見たら、もっとはっきりと表には出ていないが隠された暗示的な意味がわかってくるかもしれない。

マスューの返事に「日本語には、英語に比べて、仮定的な空想や願望を意味する表現があまり多く用意されてない」とあってドッキリさせられる。そうなんだろうか? 普段われわれはそんなことを意識しない。よくも悪くもそうだ。もしかしたら彼らの個人主義的な人間関係と思考が、’d be という仮定法過去をつくり、日本人のあなたと私をごっちゃにした非個人主義的な関係と思考が、You’d beをI’m glad ifと訳して平然としていられるのかもしれない。まあどこまでもキリがないくらいに問題が出てくる、ホントに多くのことを考えさせられる [You’d Be So Nice to Come Home to] の誤訳問題である。

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ジャズ詩大全電子版に新原稿と改訂新版

新原稿と改訂新版

Jazz-Lyrics.comのジャズ詩大全電子版には、順次新しい項目が追加されていますし、新原稿や改訂原稿がアップされています、どうぞ覗いてみてください。研究–バート・バカラック、ハロルド・アーレン、ジョニー・マーサー、ジュール・スタインなど新しい原稿がアップされています。日本ではほかにないほど、内容が重厚で正確ですから、参考にされる方には、代えがたいほどのものです。

ジャズ詩大全電子版に寄せて

《ジャズ詩大全》シリーズは1990年から出し始め、本巻20、別巻2、計22巻となり、ほぼ完結しました。索引集をあと一冊出す予定ですが、出版の困難な状況もあり、それで終わりとなりそうです。そこで2012年6月に横浜・関内のジャズクラブ・ファーラウトの下にジャズ・スクール「教室ファーラウト」が開校したのを機に、スクールの活動の一環として《ジャズ詩大全電子版》の販売を開始することにしました。あの大英百科事典Encyclopaedia Britanica が印刷版を廃止しCD版に切り替えたのはたしか2000年ごろでしたか、世は重くて分厚くて手間とお金のかかる出版物をなくして、CD版に切り替えるべく動いてきました。そしてさらに最近ではそのCD版もなくしてダウンロード販売に切り替えるところも増えてきています。朝日新聞、Wall Street Journal、科学雑誌Newtonなど、こぞってそういう方向に変化してきています。この《ジャズ詩大全電子版》は、利用者が自分の好みの曲の楽譜だけ選んで買うことができるだけでなく、本を買いに行く手間とお金はおろか、図書館に行ってコピーする交通費、コピー代、時間を考えたら、おそらくそれよりも安くつくほど、読者、愛好家にとって手軽で便利なサイトになるでしょう。もちろんそれだけでなく電子版では、出版物と違って新しい内容のものの販売も簡単なら、掲載済みのものの更新も容易で、そういう良さを存分にいかさなければなりません。つまり出版物の《ジャズ詩大全》は終了しても、電子版はある意味でそれを存続発展させていくことができる特質をもっていると思います。そしてそれ以外にもまだ多くの可能性が残されていそうです。その可能性を模索し考え組み立てるのは大きな仕事ですが、それをやらなければこれを立ち上げる意味も半減してしまいます。インターネットのサイトがいい加減なジャズ・スタンダード曲の訳を載せている例は、枚挙にいとまがありません。最近では減るどころか増えてきているようにも思えます。《ジャズ詩大全電子版》は可能性の輪を拡げていくだけでなく、こういう迷妄に陥ることなく、心して全体を組み立てていこうと考えています。皆さんの積極的なご利用を願うとともに、ご意見、感想なども反映させながら、さらに充実したものに作っていけるよう、皆さんとともに歩んでていきたいと、私はいま考えています。どうぞ《ジャズ詩大全電子版》をよろしくお願いします。
ジャズ詩大全著者
ジャズクラブ・ファーラウト
並びに教室ファーラウト代表
村尾陸男

ファーラウトにシードマイヤーが入りました。

ファーラウトに12月25日にSchiedmayer シードマイヤーというグランドピアノが入りました。これからドラムレスでトリオ以下の小編成演奏にこのピアノを使っていきます。どうぞシードマイヤーをよろしくお願いします。

88鍵、サイズは奥行き194×幅148.5×高さ100(cm)です。コンサートグランドよりかなり小さく、今では家庭用サイズになりますか。でも100年も前のこれが作られた時代には、多分もっとも大きいピアノの一つに数えられたことでしょう。シードマイヤーはドイツの会社で、これは1907年製のピアノですが、この会社はもうピアノから手を引いていて、チェレスタを作る会社としては現在も存続しているようです。いずれにしろ20世紀初めのこのピアノには現在のその会社はあまり関係なさそうです。

pn23買った時に1907年製と言われましたが、1907年製という表記はどこにも見あたりません。シードマイヤーという会社は、1735年に Balthasar Schiedmayer が最初のクラヴィコードを製作して始まり、1809年に3代目のJohann Lerenz Schiedmayer がシュトゥットガルトにピアノ会社を創業しています。1735年設立ということはこのピアノの響板の中心部にドイツ語の焼き印で書かれています。その後Johann Lerenz の二人の息子Juliusと Paulが1853年にJ&P Schiedmayerという会社を作り、しばらくは二つのシードマイヤーがあったそうですが、1969年に両者は合併したそうです。スタインヴェグとスタインウェイのように、ピアノ製作者たちは親戚家族が移住して別会社を作ったりしますから、こういうことは往々にして起きます。

スタインヴェグもベーゼンドルファーも1830年代に創業していますから、19世紀半ばの時点ではシードマイヤーは先輩格にあたり、両社ともこの会社のピアノを模範としていたのではないでしょうか。スタインヴェグから別れてアメリカでスタインウェイがピアノを作り始めるのはやっと19世紀末です。

pnn14このピアノは、響板のプリントに J&P Schiedmayerと書いてありますから、4代目の二人Juliusと Paulの方の会社の製品で、そこには「シードマイヤー家は6世代続いている」とも書いてあります。シリアルナンバーは見えるところにはなく、鍵盤の蓋枠を取りはずすと内側に書いてあり、34130とありました。オランダとイギリスのインターネット・サイトにシードマイヤーのシリアルナンバーが表示されていて、多分イギリス版の方が J&P Schiedmayerのピアノのシリアルナンバーではないかと思われます。

そこには次のようにありました。

1891-1900 22401-31000 (8600台)
1900-1910 31001-43000 (12000台)
1911-1920 43001-51800 (8800台)

1890年代は、それまでの時代に較べて、ピアノの生産が俄然多くなっていきます。1900年代は主にアメリカでとても多く売れるようになり、J&P Schiedmayerもアメリカに支店をもっていたので、それが結果に出ていると思います。また10年代はアメリカではグンと伸びて大量に売れていますが、ドイツでは第一次世界大戦のため生産がガクンと落ちていることが伺われます。この数字が正しければ、34130は1901年から1910年の間の半ばの製品にあたり、とくにこの10年は後半に多く作られたようで、ならば1907年製で合っているように思います。1735年から6世代ということは1世代25-30年とするとちょうど1900年ごろにあたり、1907年製でほぼ間違いないと思います。

ピアノは最初は中の枠が木でしたが、19世紀末から鋳物が発明されて使われるようになり、現在のピアノのかたちができました。このころ20世紀初めのピアノにはいいものが多いと私は思います。1920年製のドイツのスタインヴェグもあるところで弾いたことがありますが、とてもいいものに感じました。シードマイヤーのピアノは「音色が甘く低音がしっかりしていて、とても整っている」とイギリスのインターネット・サイトで評されていましたが、私もこのピアノは音が非常に良くきらびやかだと思いますし、また不思議によく鳴ります。鍵盤はとても軽く、私は一時期鉛を入れて弾いていましたが、その鉛は現在ははずしてあります。しかしそのほかに20年くらい前に業者が入れたと思われる鉛も入っていて、それはそのままはずしていません。

写真からはわかりませんが、白鍵のプラスチック(元は当然象牙だったと思われます)は、多分20世紀中頃にその時代のものに交換されたようです。黒鍵は黒檀で、最初のものそのままで変えられていないようです。それから弦は当然交換されていると思います(もしかしたら数回)。またハンマーやダンパーなどの尖端部分も交換されていますが、ほかのメカニズムはそのままのようです。鋳物の枠は20世紀中頃か後半ぐらいに金色に塗られたようです。本体ボディなどは、機械ではなくカンナで削った痕跡が側面などに見られ、20世紀初めの製品の古さが見てとれます。全体に古いに違いないですが、痛みはそれほどひどくなく、長い間使われないで倉庫かどこかで眠っていたのかもしれません。

pn22ヴァイオリンなどの木の楽器は200年ほど木の内部の組織が締まりつづけると言われ、だんだんいい音になっていくところがあり、この楽器もあと100年くらいは質を高めていくのではないか(あるいは少なくともそれほど悪化していかない)と思われます。

私はこのピアノが大好きで、じつは最初に弾いた瞬間に買うことを決めました。まさに名器だと思います。しかし響板(弦の下に張ってある大きな板)はヒビが入っています。とはいえ音には問題なく、私はそのまま修理せずに使っていました。またピアノ会社や技術者の人にも言われましたが、修理しても反対に鳴らなくなってしまう可能性もあるそうで、修理はしないほうがいいようです。また見た目にもそのヒビは見えないくらいで、ひどい乾燥の時だけ見えてくるような状態です。太陽が光を放っているような譜面台は一枚の板を彫って作ってあって、これほど手間のかかる仕事を今やったら、すごい値段がつくでしょう。

早速、26日、27日と、このピアノを使って演奏しました。まさに銘器にふさわしい音で、聴いている人たちもうなづいていました。どうぞ皆さん折を見ていらっしゃって、このピアノを聴いてみてくださいな。またピアノ、ベースにギターか管の3人+歌という編成なら、このピアノが使えますから、歌手の方も利用可能です。このピアノで歌に新しい息吹がそよいでくるかもしれませんね。ファーラウトに新しい楽しみが増えました。よろしくお願いします。村尾陸男

ファーラウトの地図です。

クラブ&教室ファーラウト

関内駅から伊勢佐木町通りを歩き、右手にあるブックオフのところで右折し、3ブロック(福富町東通、仲通、西通)行って左角の「ヤンさんの台所」という焼肉屋のところを左折し、左側3軒目(1軒目建物、2軒目駐車場、その次)で、歩いて10分くらいになります。桜木町駅からも10分くらい、京急日の出町駅からは5分くらいで、割りと便利な位置だと思います。また地下鉄の場合は、関内と伊勢佐木長者町、両駅からそれぞれ10分くらいです。
〒231-0042 横浜市中区福富町西通51-2  TSビル-2C 電話 045-261-5635
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印刷用の地図は こちら です(PDF形式336KB)。

今後もクラブ&教室ファーラウトをお引き立ての程、よろしくお願いします。村尾陸男