社会
このあいだ珍しくお客さんと音楽談義をやりました。プロのミュージシャンとしては、お客さんとはあんがい音楽談義はしにくいもんですね。音楽雑誌の記事とかで自分の意見をぶったり、どこかの教室で講義とかは簡単にできますけど、人と議論するのは骨が折れますし、それがお客さんとなるとさらに言いにくいです。でも先日ジャズでは誰が好きかと訊かれたもんですから、答えないのもおかしいので、バド・パウエルと答えたんです。するとなぜと訊かれたので、説明し始めました。当然ですが、これが話せば長いことになります。
僕は17歳くらいから30代初めまで、当時の日本人のありふれたパターンでビル・エヴァンズ一遍道でした。それが30半ばからパウエルを聞き始め、だんだんのめり込んでいって、気がついたらエヴァンズは聴かなくなっていました。もっと厳しい言い方をすると、まったく聴けなくなっていました。エヴァンズは病的なんですね。病的と言えば、パウエルも充分病的です。どちらも100%病んでいるんですが、パウエルは社会的には病んでいなくて個人的に病んでいるのに対して、エヴァンズは社会的にも個人的にも病んでいるように思えます。パウエルはどこまでも強く健康的ですが、身体的には病んでいたと思います。エヴァンズは弱く非健康的で、後年は身体的にも病んでいきます。
しかしここには、第二次世界大戦後のアメリカにおける、人種的、社会的な問題が関係していると、僕は思います。黒人には社会と戦う理由があったわけです。戦争中はいわば挙国一致体制であり、白人も黒人も一緒に戦ったので、社会的な問題を一時棚上げにすることができました。それがスウィング時代だったと言っても間違いではないでしょう。しかし終戦と同時に人種差別の厳しい現実が重く垂れてきます。黒人はまた元の悲惨な生活に戻らなければなりません。そこでスウィングはすぐに過去のものとなり、バップとそれに連なる<モダン・ジャズ>の時代が来ます。黒人はそこに悲哀、暗さ、苦悩、怒り、否定を表現しようとします。それは社会との戦いを意味していました。白人もジャズに入ってきた人たちは、同じように苦悩や怒りや否定的なものを表現しようとしました。しかし彼らの場合はどうもそこに必然性がありません。
バップや<モダン・ジャズ>には、過去の時代への否定か、否定とまでいかなくても見直しのようなものが大きな契機として含まれていました。マイルズ・デイヴィスの音楽や当時のモダン・ジャズがフランス映画に引っ張りだこになったのも、そういう理由です。既存の社会への否定は黒人にとって大きな権利であり義務でもあり、いわば必然だったわけです。しかし白人のジャズ・ミュージシャンには既存の社会への否定はどこかで自己矛盾を引き起こします。既存の社会とは、彼ら白人の社会であり、彼らの出自でもあるからです。ですから60年代に入ると、白人のジャズ・ミュージシャンは大きく分けて二つに分かれていきます。一つはスウィングの延長で、悩みなど一切なし、底抜けに明るくてアメリカ社会礼賛派です。もう一つはそれができない社会否定派です。問題なのはこの社会否定派です。
白人で、自分たちの既存の社会を否定すると、それは最終的には、家族や親戚や、村落共同体や、自分たちの所属やそれらが作る秩序の一切に対して、否定的な態度を取らななければならなくなります。それは彼らのなかで大きな矛盾とならざるを得ません。しかしそれでも否定的な態度を取る人はたくさんいました。代表的な人たちはスタン・ゲッツ、アート・ペッパー、ビル・エヴァンズでしょう。彼らは最終的には怒りのやり場がなくなり、三人ともひどい麻薬中毒になります。とくにひどい社会的矛盾に挟まれて身動きがとれなくなるのは、後者二人です。ペッパーはほかにも悪いことをたくさんしでかし、刑務所と娑婆の往復生活になります。彼の《Straight Life》という自伝は、こういう白人ジャズ・ミュージシャンの不可解で病的な立場をよく表現していて、最高に面白いです。マイルズ・デイヴィスの自伝も面白く読めますが、べつに驚きません。しかし《Straight Life》は驚きとショックの連続で、ジャズ・ミュージシャンの自伝としては断然抜きんでています。
ビル・エヴァンズの音楽には、彼の弱さと不健康さと、アイデンティティ喪失による不安感が横溢しています。初期のものは純粋に音楽的な探求に没頭できているので、聴く方もそういう視点で聴けば楽しく勉強になります。しかし中後期は、彼のなかで、音楽が必然性を欠いていき、疑問や否定や戦いの対象が不分明になっていきます。それは彼のレコードのあらゆるところに出ていますから、聞き間違えるようなことはありません。バド・パウエルとビル・エヴァンズでは十年ほどの世代の違いがありますから、まったく同列に論じることはできません。パウエルも50年代末から60年代は完全に病んで、ほとんど音楽になりません。生きた屍(しかばね)そのものです。しかし彼らが音楽界に切り込んでくる時代の、彼らの精神と社会的な態度、姿勢には似たものがあり、また比較することもできると思います。
さてバド・パウエルに没頭していった僕は、40ぐらいのときにパウエルの [クレオパトラ] などをレコードからコピーしました。[クレオパトラ] で彼は3カ所ぐらい大きなミスをしています。隣の鍵盤を一緒に弾いてしまったりとか、明らかな間違いです。でもそれはコピーしてみて初めて判ることで、レコードを聴いているとまったく気づきません。なにしろ素晴らしい演奏で、彼は興奮しまくっていますし、聴くものだれもが圧倒されてしまいます。同じレコードのほかの曲では、AABA-32小節のところ、あるコーラスだけ40小節やっています。コピーしてみて判ったんです。どうしてもそこだけ40小節あるんです。それでそこを何度も何度も聴いてみてやっと判ったのは、Bへ行くべきところをパウエルがもう一回Aをやっているので、ベースのポール・チェインバーズが2、3小節いったところでウッと詰まって止まり、2、3拍休んで気を取り直してAをやりそれから合わしてBへ進んでいる事実です。チェインバーズが詰まって止まっていなかったら、僕にも判らなかったかもしれません。つまりパウエルはそこだけAを3回やりBAといき、そのコーラスだけ40小節やるという素人みたいなポカをやったわけです。
でもそのレコードは彼の演奏のなかでも最大の名盤と言われていて、僕もそれに異存ありません。まさにその通りです。僕も何度も何度も聴きました。今でも聴いていて退屈しません。しかし本当のところ彼の演奏はいたるところ間違いだらけです。そこで僕は考えこんでしまいました。どうしてこれほどまでに雑で乱暴で間違いだらけの彼の演奏が素晴らしいのか? そしてエヴァンズの演奏がひどいとは言わないものの、あの繊細で美しく完璧とも言える非の打ち所もない演奏が、どうして僕には聴けなくなってしまったのか? いったいどうやってこれを説明すればいいのか? その頃毎日毎日このことを考えました。それで到達した答えは、それを説明しうるものは唯一「精神」しかないということです。
音楽は精神であり、また精神的態度である、ということです。そこには明るくたくましく強く戦っている精神があるように思います。それはある意味では、1950、60年代のジャズと現在のジャズとの違いをも説明してもいるでしょう。50、60年代のジャズはいまどれを聴いてもなにか惹きつけられる強い魅力を持っていますが、現代のジャズ・ミュージシャンがすごい技術で卓越した演奏を聴かせても、そこには当時のような飢えたどん欲でしたたかな精神がかけているからか、どうも惹きつけられる魅力が感じられません。今という時代が、飽食の時代だからなんでしょうか? 飢えもなければどん欲さもなく、技術の誇示以外に演奏がなんら必然性をもたず、精神も精神的態度もとくに必要ないからかもしれません。話し始めると全部明確に説明し終わるまでは、僕はやめられません。この程度でもとてもすべて説明しきったとは言えませんし、舌足らずで不十分な解釈と言われても仕方がないでしょう。でもこういうことを考えることは重要ですね。みなさんもいい演奏を聴いてこういう点について考えてみてください。
このあいだ1937年の [They All Laughed] などジョージ・ガーシュウィンが最後の方に書い曲を調べていて、あれこれ厚い参考書をひっくり返していましたら、ジョージはラヴェルやシェーンベルクなどとつきあっていて、彼らの名前があちこちに出てきます。それで少し逸れてラヴェルのことを書いたものを読んでましたら、驚きの事実が指摘されていました。ラヴェルは1932年にタクシーの事故で、頭を打つんです。それで最初はたいしたことないと思われていたものが、どうも段だんと悪化していったようで、5年ほど廃人同様の生活をして37年に亡くなってしまいます。ところが昨年4月8日のニューヨークタイムズに載った記事では、どうもラヴェルの病状は自動車事故の結果ではないかもしれないと言うんです。彼は1928年53歳の時にすでに前側頭葉損傷認知症(frontotemporal dimentiaの拙訳ですがどこまで正しいか判りません)にかかっていた可能性がある、とその新説は指摘しています。その年彼は有名な [ボレロ] を書きますが、彼にしては単調なあの繰り返しの多い曲調はその認知症ゆえだと言うんです。これにはまさにビックリです。
確かに [ボレロ] はほかの彼の曲とはかなり違っていて、僕も聴くたびになにか不思議な印象を持たざるを得ませんでした。つまり事故はほんの偶然で、本当の死因は認知症の進行だと言うんです。もちろん本当かどうかはもう判りませんけど、事故のあとの最後の5年間は植物人間のようになってしまって、よく謎のように言われてきましたから、そうだとすると辻褄が合います。それは事故以前の彼の神経科での診断記録などを洗いなおしてみて出てくる、論理的な帰結だと記事は言います。同時期に書かれた [左手のためのピアノ・コンチェルト] にも同じような兆候が見られると・・・いやいや面白いですね。興味津々です。しかしやはり死因は事故で認知症ではないという説もあります。ラヴェルの晩年は判らないことが多いです。まあこういった研究がこれからもっとなされていくんでしょう。僕なんか期待に胸が膨らんでしまいます。
ジョージ・ガーシュウィンはラヴェルにもストラヴィンスキーやシェーンベルクにもレッスンを申し込んで、悉く断られたということは以前書きました。でもラヴェルとはニューヨークのクラブへ一緒にジャズを聴きに行ったりしてます。シェーンベルクとも親しいつきあいをしていたようです。シェーンベルクは、アインシュタインもそうでしたが、1933年にヒトラーが政権を取ったときにナチドイツから逃げ出してアメリカに来ます。彼はUCLAキャリフォルニア州立大学ロスアンジェルス校に教職を得て、36年にはLAに住んでいました。ガーシュウィン兄弟ももっぱら映画に音楽を書いていたので、ハリウッドに住んでいて、近かったのでシェーンベルクとは親しくしていました。ジョージはテニスが好きで、自分のコートを持っていて、36年にはシェーンベルクとよくプレイしました。できないときでもシェーンベルクにコートを貸したりしていました。
彼らは音楽的な相違を超えてつきあっていたんですが、たった一度だけそれが浮かび上がったことがありました。あるときジョージはシェーンベルクの弦楽4重奏のコンサートに行き、翌日テニスのときに二人の話しは前日のコンサートのことに及びました。そこにいあわせたピアニストのオスカー・レヴァントの話しによると、ジョージが「僕もいつか弦楽4重奏を書きたいな、でもモーツアルトみたいに単純なものだけど」と言ったんです。するとシェーンベルクはジョージのいつもの気ままな発言を自分の作品への批判ととったらしく、「僕は単純な人間じゃあないよ。それにモーツアルトだって彼の時代には単純にはほど遠かったろうよ」と言いました。
そのジョージは37年1月あたりから激しい頭痛を感じ始めます。2月11、12日のLA交響楽団との演奏では、倒れそうになり、しかもゴムが焦げるような匂いを感じたと述べています。彼の脳腫瘍は進行していきます。今だったら放射線治療かなにかで死なずにすんだところでしょうが、当時はどうしようもなっかったのでしょう。そして最後の1、2ヶ月は意識もなく、7月11日に亡くなります。ここらへんは彼の伝記映画『アメリカ交響楽』にも描かれていました。ところで植物人間だったラヴェルも、たぶんジョージの死なども判らずにでしょうが、この年12月28日にパリで亡くなります。奇しくも1937年は音楽界の巨星が二つ落ちた年になりました。
数日前に韓国のインターネット事情について報道番組が伝えていました。韓国のブロード・バンド普及率は非常に高く、そのためにネット犯罪も高度になってきていると言うんです。全国に支店網を造りネットで注文を受けて配達するやり方で大成功した花屋さんが、ある日大量の注文やアクセスが殺到してサーヴァーがパンクしてしまいました。でもそれは調べてみると意図的な破壊工作で、たぶん競争相手の花屋かどこかが"業者"にやらせたようです。しかも脅迫電話がかかってきて「金を払え、さもなくば事業はおしまいだ」みたいなこと言います。よくよく調べると、その破壊工作は中国のどこかからなされていて、脅迫電話は韓国人の声なので、韓国のだれかが中国の業者にやらせたようです。すると警察権が及ばないですから、韓国の取り締まりはなにも手出しができません。しかもこういうものは必ずネットカフェのようなところから発信されています。
もう一つの例では、検索順位を上げる業者がどこかから依頼を受けると、そのURLにアクセスをするウィルス・ソフトを大量にばらまいてどこそこ構わずに送りつけ、そのウィルス・ソフトがURLにアクセスをし、それでアクセス数が増えてそのURLは検索順位のトップに躍り出て、業者は収入を得るというわけです。もちろんそのアクセスは嘘で、なにも意味を持ちません。前例もそうですが、これも発見すること自体非常に難しく、取り締まりは困難を極めます。また時間もかかり、取り締まりも後手に回ってしまいます。ようやく突き止めた頃には、犯人は消え失せているかもしれません。しかし日本でもそう違うわけではないです。日本のなにか悪徳サイトを取り締まろうとしたら、それがアメリカやカナダのプロヴァイダーから立ち上げているということが判って、なにもできなかったという話しも聞きました。彼らは日本語が判らないし、顧客が何人だろうと金さえもらえればそれでいいわけです。
インターネットは国際的な通信網で国境がないですから、そもそもこういうことは不可避のことです。僕は店のも含めて4つもアドレスをもっていてHPにも出していますから、合計で500以上の内外からくるゴミメイルを僕は毎日捨てています。それで捨ててはいけないメイルを捨ててしまうということも何度もやっています。それらのメイルには日本語や英語でセックスの勧誘やヴァイアグラを買えなどと書かれていますね。またミクスィのようなアメリカの交友サイトでは、セックスの相手を求むなどと堂々と書かれています。それも本名ではなくバンドル名でやりとりして、匿名性に守られていますからできるんでしょう。
近ごろは個人情報を守るとか尊重するとか言って過剰に神経質になってますが、それは必ず両刃の剣となり、個人情報を秘匿することからくる匿名性は道徳や社会規範を一気に破壊します。科学の進歩とともに人間社会も確かに進歩してきましたが、それで人間も進歩しているとわれわれはなんとなく思ってやってきました。でも人間はもしかしたら進歩どころか退歩しているのかもしれません。つい20年くらい前までわれわれは個人情報も匿名性もとくに気にすることなくやってきたんですが、そういう向こう三軒両隣的、相互監視体制のような社会がじつは人間の堕落を防いでいたとも言えます。人間はどこまでいっても弱く愚かですね。個人情報秘匿と匿名性は人間の抑制を取り除いてしまい、悪いことを好き放題にやる自由を与えてしまうんでしょうか?
従って、インターネットでどこかになにかを書きこむ、あるいはメイルを送るといった作業には、パスやIDカード(身分証明書)を提示することを義務づける時代が間もなく来るのではないですか? 僕はまじめにそう思っています。名前と住所の上半分ぐらいまでと写真を画面上に提示するようなカードです。それをパソコンに挿入して初めてインターネットとメイル機能は使えるというようなシステムです。それが厭な人はいままで通り手紙と電話ですませばいいんです。それはプロヴァイダーが発給し、プロヴァイダーもときにはライン業者もそれにたいして責任を負うことになります。どうぞ犯罪に使ってくださいと言っているようなプリペイド携帯電話を業者が売って儲けだけ手にし、あとのことは責任を負わないなどというビジネスが許される方がおかしいんです。インターネットもメイル交換も、プロヴァイダーもライン業者も、なにも例外ではありません。自分の家のパソコンであっても、IDカードをパソコンに差し込んで仕事をする、残念ながら僕には、そんな時代が間もなくやってくるような気がします。
4/14/2009
- by ジャズクラブFAROUT-ファーラウト-
- at 2007年05月08日

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