マスコミの堕落

7月のご案内。

先だって共同通信の記者の石山永一郎さんから取材の申し入れがあり、彼にファーラウトに来ていただいて質問にお答えし、キャメラのかたも来て僕の写真を撮っていかれました。ジャズ詩大全が全22巻で一応完結したということで、それゆえの「時の人」というタイトルの記事にするそうで、まあ筋は通っているんですがどうも僕自身にはピンときません。僕のなにが「時の人」なんでしょうかね? こんなに実感のわかない「時の人」も珍しいかもしれないです。それで先週でしたかやっとそれが新聞記事になったと石山さんから連絡があり、また知人から東京新聞24日付け朝刊で僕の記事を見たという臨時ニューズみたいなメイルが飛びこんで来て、ほう、そうかいと、やっとそれが実を結んだわけでした。それはこんな内容です。

-----ジャズナンバーを翻訳した「ジャズ詩大全」全20巻を完結させた村尾陸男さん

 ギタリストとしてジャズの世界にのめり込み、1966年に、大学を中退して米国に渡った。「多少は自信があった英語がほとんど通じず、がくぜんとした」。帰国後はギターからピアノに転向し、実力を知った英語の勉強を真剣に始め、「詩の意味をどこまで理解しているかで演奏は全く違ってくる」と確信するようになった。90年、ジャズナンバーを斬新な日本語に翻訳した「ジャズ詩大全」第1巻を出版。古いレコード、雑誌など英文資料を徹底的に調べ、作品誕生の経緯から時代背景まで加えた解説も付けた。日本在住の米国人が「こういう本がほしかった。英訳したら」と「逆輸出」を勧めるほどジャズファンに支持された。
 以来、20年書き続けた同書は今春出た第20巻(他に別巻2)でようやく完結。ジャズ歌手、演奏家の必読書と言われるだけでなく、英語教材としても使われている。
 「大全」を読むと、恋愛から政治、哲学までジャズ詩のテーマの広さをあらためて知らされる。
 ジョニー・バークの47年の作品で、今も歌い継がれる「But Beautiful」の村尾訳は「でも、いいのさ」だ。「"しかし、美しい"は文脈からは誤訳。"美しい"という元の意味はここでは消えている」
 言葉にこだわりつつ、68歳の今も横浜のジャズバー「FAROUT」でプロとしてピアノを弾く。店名は「イカれてる」「すげえ」などの意味の俗語、もともとはジャズの前衛派を指す言葉だったという。北京出身。

今回は共同通信が記事を売ったというかたちなんでしょうか、よく判らないんですが、全国の多くの新聞に載ることになりました。宮崎日々新聞「ひと」6/16日、南日本新聞「かお」6/16日、新潟日報「きょうの人」6/16日、山陰中央新聞「顔」6/16日、琉球新聞「ひと」6/16日、佐賀新聞「ひと人」6/16日、京都新聞「時のひと」6/16日、高知新聞「ひと」6/18日、といった具合で、掲載はまだまだほかの地域で続くそうです。いやホントに不思議ですね。驚きました。僕は今までにもう何回か新聞記事になっています。記事というと大げさですが、まあちょこっと隅の方にコラムとして載っかるわけです。ジャズ詩大全関連では、日本経済新聞、東京新聞、朝日ジャーナル、赤旗などで、それ以外の著書でも東京新聞に載ったことがありました。それもほぼ1頁全面を割いて記事にしてくれたこともありました。だからといってそれで生活が向上するなんてことも特別ありません。

でもこんなにあちこちの地域に掲載されるのは、べつの意味で嬉しいですね。僕は東京とか都会を忌避しているところがありますから。なお北京出身というのは変ですね。北京が一時期でも日本の県だったというのなら判りますが、そうではなく、たんに北京で生れたにすぎません。ついでに言えば、生後すぐに日本に帰り、東京に少しいて四国へ行き10歳までいて、また東京に来て30歳まで生活し、以後はずっと神奈川ですから、どこの人間か、出身かと問われれば、30歳まで20年間過ごした東京の人間だというのが一番正確かと思います。東京を避けている東京人、まそんなところです。

ファーラウト代表 村尾陸男

6月ご案内
先日バンドマンたちと話していたら、「ジャズの店はどこも潰れそうだけど最近じゃジャズに関係ない店もみんな潰れそうだよ」なんて言ってました。依然として根強い不景気がつづいているようですが、一方で日本の海外資産が増加などと25日のニューズが報じていました。「底を打った」とかいう経済担当の大臣の発言はいったいいつから始まったんでしたか? いつまでたってもどこまでいっても「底を打った」を臆面もなくくり返すのは、政治家の特権なんでしょうかね。ここのところ「景気が上向き」などというニューズと惨憺たる不景気の実態とがせめぎあっていて、これは全然変わる気配がないです。とりあえず海外資産が増加などという遠くの数値よりも、われわれの周囲の悲惨な現実の方を信じるしか、庶民には選択肢がないです。これだけは確かで動かせないところですね。

また長らく日本人向けに焦点を絞っていた韓国の観光事業が、人数と落としていく金額とで日本人を超えた中国人に最近は全面的に方向転換したと、やはりニューズが報じていました。世界的不況のなかでは最近の中国は唯一の例外で、急激で大規模な経済成長が世界の経済地図を書き換えつつあります。これはホントに凄いの一言ですね。中国は台湾にミサイルをぶち込むなんて脅してきたわりには、そんなことする気配がないですし、香港もほぼそのまま存続させていますから、経済に力を注げば民主化路線をとらざるを得ないのかもしれません。もちろんこれは当然で歓迎すべきことなんですが、どうも僕はなにか違和感のようなものも感じてしまいます。周知のように社会主義、共産主義国家は過去に悉く経済破綻かそれに近い停滞を経験してきました。変な話しですが、社会共産主義国家と経済的繁栄はどうも似合いませんね。

だいたいが社会共産主義にあらゆる悪いイメージをつけたのは、20世紀のソ連でした。ソ連がいい例ですが、社会共産主義国家は強圧政権による締めつけでしか、国家を維持できない歴史を刻んできました。言うまでもないですが、強圧政権は自由選挙と相いれません。というわけで多くの社会共産主義国家はまるで世襲制かと言わんばかりの政権委譲をやってきています。まったく皮肉なもんで、社会共産主義とはどこまでいっても人間の手には届かない、絵に描いた餅のようなものだと言っているかのごとくです。きっとそうなんでしょう。社会共産主義国家の過去を振りかえれば、その態勢を維持できる要素は二つしかありません。一つは強圧締めつけ政権で、もう一つは極端な貧困です。いま共産主義態勢を維持できるのは、この二つの条件を満たしていなければなりません。僕が中国が危ないと感じているのは、中国がこの二つめの貧困を維持できなくなったからです。北朝鮮はまだこの二つをしっかり維持しているので、しばらくはつづくでしょう。しかし中国は共産主義国家の歴史上でも初めて貧困から脱しつつあります。いえ脱出どころか、中国は間もなく世界一の経済大国になるのではないでしょうか。

社会共産主義国家が世界一の経済的繁栄を謳歌する、これは人類が初めて経験する異常事態ですね。経済的繁栄はいいですが、懸念されるのは、中国の共産主義態勢がどうなるかということです。僕はその共産主義態勢が崩壊するのは、時間の問題ではないかという気がしています。僕がそう望んでいるわけではないですし、つづいていて欲しいと思っているんですが、そんなことには関係なく、おそらく流血革命などなしに底辺からなし崩しに壊れていくんではないでしょうか。なぜなら貧困が飛び去り衣食足りると、基本的には、人間は主義主張などどうでもいいからです。イギリスの評論家、哲学者ジョン・グレイJohn Grayは「21世紀は気晴らしdistractionの時代だ」と最近話題の本《Straw Dogs》で書いています。21世紀の人間は衣食足りて、いい車を買い、高級テレビやゲーム機を買い、旅行や買い物や遊びにうち興じ、映画にコンサートにスポーツ観戦に、どうやって時間を潰そうか気晴らしを見つけようかと、そんなことばかりに執心する、というわけです。

なにしろ今はテレビのチャンネルに買い物専用局があるのが当たり前ですから、それはかなり当たっていますね。ファーラウトのすぐそばの扇町1丁目のバス停にはいつも体格のいいホームレスの男が寝ています。彼は90キロくらいはありそうで、背も高く屈強な体躯です。その彼が小さなMP3かラジオのような機械を持っていてイアフォンでなにかを聴いています。今はホームレスでさえ衣食足りていて、気晴らしを求めている、そんな時代なんです。社会共産主義にとって苦難の時代だなんて思うのは僕の偏見かもしれず、だいたいどうでもいいことですが、でもなるほど気晴らしの時代だというのなら、音楽を聴かせる店が潰れるのはおかしいじゃないか、と僕は最近思ったりします。もしそうならそれは経営が下手だからであって不景気のせいではないだろうなんて、ここのところ僕は自分に言い聞かせています。気晴らしの時代こそ、ジャズじゃないかと・・・
  ファーラウト代表 村尾陸男


 先日、電車の中の週刊誌の吊り広告に目をやったら、酒井法子の子供が偽名を使ったとか、彼女に母親の資格なしとか書かれていた。そして家に帰って夜12時のニューズを見ていたら、彼女が介護の仕事に就く意思を示し、創造学園大にオリエンテーションを受けるため登校したところを映し、横から記者が質問を浴びせていた。また子供が学校へ行ったとか、行っても保健室にこもっているとか、そのほか子供に関する多くの報道が見られた。日本人のこういうときの興奮ぶりはまさにバッシングと言えるほど凄まじい。酒井法子の報道になると、日本人は狂ったように興奮し、ニューズも最初の方に大きくとりあげ、全体に緊張感がはしる。マリファナや覚醒剤にしろ、個人の使用は個人の問題で、他人にはほとんどなにも関係がない。少なくとも彼女は他人にこれといった迷惑はかけていないはずだ。それを社会に迷惑をかけたという感覚で大犯罪者扱いにする。マリファナや覚醒剤を売って商売をしたのなら、犯罪者扱いでいい。だが個人の使用は個人の問題で、社会は関与していないことだと理解しておかなければ、社会自体が下らないことに振りまわされるだろう。いやむしろ社会は最初からこんなことに関与すべきでないのだ。個人の薬物使用などまさに些末なことで、社会はそんなことに拘泥していてはいけないだろう。騒ぐのなら彼女に対してではなく、マリファナや覚醒剤を売って商売をしている犯罪者に対してである。
 オランダ、ベルギーではマリファナ喫茶店がある時代である。スペインではすべてのマリファナや覚醒剤や麻薬類の使用が合法化された。なにを服用しようと個人の責任でするべきことだというのだ。もちろん有名女優がそういうことをすれば、新聞やTVニューズの記事にはなるだろうが、小さく隅っこに載るだけで終わりだろう。アメリカですらたぶん同じだろう。こういった日本の報道で喜ぶ人たちは、彼女は子供たちにも顔を知られている有名人で、公的な立場にいるから社会的な責任がある、などと必ず言う。だが有名人もスターも人間であり、ときには犯罪も犯すしあれこれ窮地に陥りもする。それだけだ。相手が有名人やスターやタレントだから、われわれが彼らになにをしてもなにを言っても、彼らはそれに耐えなければならないわけではない。われわれは彼らを公平に扱わなければならず、こんなことで彼女を社会に迷惑をかけた犯罪者として扱うのは、むしろわれわれの犯罪である。
 こういう事態をもたらすのは、日本人がまだ個人の権利を理解していないからにほかならない。個人の権利がなんたるかを理解していれば、他の個人がマリファナや覚醒剤や麻薬を使用して破滅しようとしまいとどうでもいいし、少なくともそれはその個人の問題で、他の個人にとっては問題ではなく、つまり社会が関与すべき問題ではないと判るだろう。個人の選択の自由に関して日本人が良識をもっているならば、そういう選択の自由を保証してもらいたいと日本人個々人が思っているならば、他の個人の選択の自由をも尊重しなければならない。犯罪は許されざるものだとしても、他人の個人的自由に容喙するのは、個人的自由が理解できないと言っているようなものであり、それがゆきすぎればそれも一つの犯罪になるだろう。ましてや社会はその程度のことを理解していなければならないし、マスコミは社会の道標としてそれを理解していなければならない。
 彼女の子供のことなどもっと触れるべきでないし、マスコミは彼女の子供のことを根掘り葉掘り報道する権利すらないだろう。それこそ恐ろしい犯罪だ。彼女が犯罪者だとしても、それが彼女の子供をマスコミが記事にしてもてあそぶ権利を保障するわけではない。マスコミはその程度の良識も持てないほどに堕落している。堕落どころか、腐敗していると言った方がいいかもしれない。マスコミの腐敗は彼らが視聴率にしか関心がないからで、そういう記事を日本人大衆が望んでいるということをマスコミはよく知っていて、彼女だけでなく子供まで笑いものの対象にして大衆の好奇心におもねる。マスコミは堕落しているが、そうさせているのは日本人大衆である。美人スターの破滅を見るのが楽しく、警察に追いつめられていくのをドキドキしながら注視し、あげくはその子供の動静まで偽名を使ったなどと笑いものにし、彼女に母親の資格なしと言う。いま彼女に母親の資格なしと言える人間が、いったい日本にどれほどいるのだろうか? 彼女の子供を記事にしてもてあそぶマスコミと大衆のどこに、母親の資格を云々する資格があるのだろうか? 本当に不快でやりきれない思いにさせられる、そしていつも通りの、日本のマスコミと大衆の茶番である。2009/11/20

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