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      <title>神奈川県横浜市、生演奏が楽しめるジャズクラブFAROUT-ファーラウト-村尾陸男</title>
      <link>http://www.jazz-farout.jp/murao_rikuo/</link>
      <description>神奈川県横浜市、JR関内駅最寄の生演奏が楽しめる、ジャズクラブFAROUT-ファーラウト-です。ジャズの生演奏を聴きながら、アルコールやお食事を楽しめます。</description>
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      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>マスコミの堕落</title>
         <description>7月のご案内。

先だって共同通信の記者の石山永一郎さんから取材の申し入れがあり、彼にファーラウトに来ていただいて質問にお答えし、キャメラのかたも来て僕の写真を撮っていかれました。ジャズ詩大全が全22巻で一応完結したということで、それゆえの「時の人」というタイトルの記事にするそうで、まあ筋は通っているんですがどうも僕自身にはピンときません。僕のなにが「時の人」なんでしょうかね？　こんなに実感のわかない「時の人」も珍しいかもしれないです。それで先週でしたかやっとそれが新聞記事になったと石山さんから連絡があり、また知人から東京新聞24日付け朝刊で僕の記事を見たという臨時ニューズみたいなメイルが飛びこんで来て、ほう、そうかいと、やっとそれが実を結んだわけでした。それはこんな内容です。

-----ジャズナンバーを翻訳した「ジャズ詩大全」全20巻を完結させた村尾陸男さん

　ギタリストとしてジャズの世界にのめり込み、1966年に、大学を中退して米国に渡った。「多少は自信があった英語がほとんど通じず、がくぜんとした」。帰国後はギターからピアノに転向し、実力を知った英語の勉強を真剣に始め、「詩の意味をどこまで理解しているかで演奏は全く違ってくる」と確信するようになった。90年、ジャズナンバーを斬新な日本語に翻訳した「ジャズ詩大全」第1巻を出版。古いレコード、雑誌など英文資料を徹底的に調べ、作品誕生の経緯から時代背景まで加えた解説も付けた。日本在住の米国人が「こういう本がほしかった。英訳したら」と「逆輸出」を勧めるほどジャズファンに支持された。
　以来、20年書き続けた同書は今春出た第20巻（他に別巻2）でようやく完結。ジャズ歌手、演奏家の必読書と言われるだけでなく、英語教材としても使われている。
　「大全」を読むと、恋愛から政治、哲学までジャズ詩のテーマの広さをあらためて知らされる。
　ジョニー・バークの47年の作品で、今も歌い継がれる「But Beautiful」の村尾訳は「でも、いいのさ」だ。「&quot;しかし、美しい&quot;は文脈からは誤訳。&quot;美しい&quot;という元の意味はここでは消えている」
　言葉にこだわりつつ、68歳の今も横浜のジャズバー「FAROUT」でプロとしてピアノを弾く。店名は「イカれてる」「すげえ」などの意味の俗語、もともとはジャズの前衛派を指す言葉だったという。北京出身。

今回は共同通信が記事を売ったというかたちなんでしょうか、よく判らないんですが、全国の多くの新聞に載ることになりました。宮崎日々新聞「ひと」6/16日、南日本新聞「かお」6/16日、新潟日報「きょうの人」6/16日、山陰中央新聞「顔」6/16日、琉球新聞「ひと」6/16日、佐賀新聞「ひと人」6/16日、京都新聞「時のひと」6/16日、高知新聞「ひと」6/18日、といった具合で、掲載はまだまだほかの地域で続くそうです。いやホントに不思議ですね。驚きました。僕は今までにもう何回か新聞記事になっています。記事というと大げさですが、まあちょこっと隅の方にコラムとして載っかるわけです。ジャズ詩大全関連では、日本経済新聞、東京新聞、朝日ジャーナル、赤旗などで、それ以外の著書でも東京新聞に載ったことがありました。それもほぼ1頁全面を割いて記事にしてくれたこともありました。だからといってそれで生活が向上するなんてことも特別ありません。

でもこんなにあちこちの地域に掲載されるのは、べつの意味で嬉しいですね。僕は東京とか都会を忌避しているところがありますから。なお北京出身というのは変ですね。北京が一時期でも日本の県だったというのなら判りますが、そうではなく、たんに北京で生れたにすぎません。ついでに言えば、生後すぐに日本に帰り、東京に少しいて四国へ行き10歳までいて、また東京に来て30歳まで生活し、以後はずっと神奈川ですから、どこの人間か、出身かと問われれば、30歳まで20年間過ごした東京の人間だというのが一番正確かと思います。東京を避けている東京人、まそんなところです。

ファーラウト代表　村尾陸男

6月ご案内
先日バンドマンたちと話していたら、「ジャズの店はどこも潰れそうだけど最近じゃジャズに関係ない店もみんな潰れそうだよ」なんて言ってました。依然として根強い不景気がつづいているようですが、一方で日本の海外資産が増加などと25日のニューズが報じていました。「底を打った」とかいう経済担当の大臣の発言はいったいいつから始まったんでしたか？　いつまでたってもどこまでいっても「底を打った」を臆面もなくくり返すのは、政治家の特権なんでしょうかね。ここのところ「景気が上向き」などというニューズと惨憺たる不景気の実態とがせめぎあっていて、これは全然変わる気配がないです。とりあえず海外資産が増加などという遠くの数値よりも、われわれの周囲の悲惨な現実の方を信じるしか、庶民には選択肢がないです。これだけは確かで動かせないところですね。

また長らく日本人向けに焦点を絞っていた韓国の観光事業が、人数と落としていく金額とで日本人を超えた中国人に最近は全面的に方向転換したと、やはりニューズが報じていました。世界的不況のなかでは最近の中国は唯一の例外で、急激で大規模な経済成長が世界の経済地図を書き換えつつあります。これはホントに凄いの一言ですね。中国は台湾にミサイルをぶち込むなんて脅してきたわりには、そんなことする気配がないですし、香港もほぼそのまま存続させていますから、経済に力を注げば民主化路線をとらざるを得ないのかもしれません。もちろんこれは当然で歓迎すべきことなんですが、どうも僕はなにか違和感のようなものも感じてしまいます。周知のように社会主義、共産主義国家は過去に悉く経済破綻かそれに近い停滞を経験してきました。変な話しですが、社会共産主義国家と経済的繁栄はどうも似合いませんね。

だいたいが社会共産主義にあらゆる悪いイメージをつけたのは、20世紀のソ連でした。ソ連がいい例ですが、社会共産主義国家は強圧政権による締めつけでしか、国家を維持できない歴史を刻んできました。言うまでもないですが、強圧政権は自由選挙と相いれません。というわけで多くの社会共産主義国家はまるで世襲制かと言わんばかりの政権委譲をやってきています。まったく皮肉なもんで、社会共産主義とはどこまでいっても人間の手には届かない、絵に描いた餅のようなものだと言っているかのごとくです。きっとそうなんでしょう。社会共産主義国家の過去を振りかえれば、その態勢を維持できる要素は二つしかありません。一つは強圧締めつけ政権で、もう一つは極端な貧困です。いま共産主義態勢を維持できるのは、この二つの条件を満たしていなければなりません。僕が中国が危ないと感じているのは、中国がこの二つめの貧困を維持できなくなったからです。北朝鮮はまだこの二つをしっかり維持しているので、しばらくはつづくでしょう。しかし中国は共産主義国家の歴史上でも初めて貧困から脱しつつあります。いえ脱出どころか、中国は間もなく世界一の経済大国になるのではないでしょうか。

社会共産主義国家が世界一の経済的繁栄を謳歌する、これは人類が初めて経験する異常事態ですね。経済的繁栄はいいですが、懸念されるのは、中国の共産主義態勢がどうなるかということです。僕はその共産主義態勢が崩壊するのは、時間の問題ではないかという気がしています。僕がそう望んでいるわけではないですし、つづいていて欲しいと思っているんですが、そんなことには関係なく、おそらく流血革命などなしに底辺からなし崩しに壊れていくんではないでしょうか。なぜなら貧困が飛び去り衣食足りると、基本的には、人間は主義主張などどうでもいいからです。イギリスの評論家、哲学者ジョン・グレイJohn Grayは「21世紀は気晴らしdistractionの時代だ」と最近話題の本《Straw Dogs》で書いています。21世紀の人間は衣食足りて、いい車を買い、高級テレビやゲーム機を買い、旅行や買い物や遊びにうち興じ、映画にコンサートにスポーツ観戦に、どうやって時間を潰そうか気晴らしを見つけようかと、そんなことばかりに執心する、というわけです。

なにしろ今はテレビのチャンネルに買い物専用局があるのが当たり前ですから、それはかなり当たっていますね。ファーラウトのすぐそばの扇町1丁目のバス停にはいつも体格のいいホームレスの男が寝ています。彼は90キロくらいはありそうで、背も高く屈強な体躯です。その彼が小さなMP3かラジオのような機械を持っていてイアフォンでなにかを聴いています。今はホームレスでさえ衣食足りていて、気晴らしを求めている、そんな時代なんです。社会共産主義にとって苦難の時代だなんて思うのは僕の偏見かもしれず、だいたいどうでもいいことですが、でもなるほど気晴らしの時代だというのなら、音楽を聴かせる店が潰れるのはおかしいじゃないか、と僕は最近思ったりします。もしそうならそれは経営が下手だからであって不景気のせいではないだろうなんて、ここのところ僕は自分に言い聞かせています。気晴らしの時代こそ、ジャズじゃないかと・・・
　　ファーラウト代表　村尾陸男

さて6月の演奏ご案内です。4日はオーディション11で入賞した3人の女性が晴れて歌います。6日(日)昼はヴァイオリンの鈴木不尽子と服部まり(p,vo)で注目の演奏ですし、夜はマシュー・フリーキーのギターが鳴り響きます。11日は平田志穂子(vo)のR&amp;Bの数々、13日(日)昼は西村明子(p)グループ、よるはMeg(p)のグループです。17日はなおこ(vo)が清水万紀夫のフルート、クラリネットと歌い、18日は市川美鈴(vo)が、19日はKwija(vo)が歌います。22日は高橋三雄のアルトサックスがうなり、23日はAaron Blakeyのピアノ、24日は浅野仁のハモンド・オルガンが響き、25日は加藤崇之(gt)の前衛的な音楽と彼の描いた数々の絵画が語りあう注目の日です。14日はソフィア(p,fl,vo)のタロット占いの日、28日はバイト嬢総出演の日です。ジャム･セッションは3、10、20、27(昼)、30日の5回です。
　　　　　　ファーラウト代表　村尾陸男

ジャム･セッション報告春版
5/31日楽器歌フリー/ジャム・セッション5は
Matthew Fricke(gt)村尾(p)光田(b)で開始。と言ってもNathanが風邪で熱があるとかで4時頃電話してきてなんと休み。それであれこれ電話して代りのコックを探してはみたものの成果なく、ついに時間切れ。ありゃりゃ、僕がコックをやるしかないではないか。それで平井さんが早々と来てくれて、そのあと7人の団体客が来て、なんとか格好はついたものの、キッチンが大忙しでピアノを弾けず。注文がドカドカ入り、途中でマシューが僕抜きで見切り発車。
　結局、歌5、ドラム2、ピアノ1という寸法。まゆみさんが来てくれたので、後半は半分以上彼女にピアノを任せて、少し楽できました。でも今まではほんのまねごとくらいで、こんなに料理を作ったのは初めてかしら？　おかげで少しはうまくなったかも。音楽であれ料理であれ、なんでもプロになると手を抜くことがうまくできるようになる、とまあこれが僕の金科玉条?!?　なんとか5月が終わりました。

5/21日女性トリオのジャム･セッション3は恒川ひろこ(p)程嶋日奈子(b)末成みねこ(dr)で開始。来るはずの根本久子さんがなんとギックリ腰だとか。そんな歳じゃないだろ、なんて電話で言っちゃいました。早速男女3人ずつの音楽家組が来て、若い男性が二人がたくましく弾きましたけど、なんと二人ともソロで題目はショパン。しばらくファーラウトが全然違う雰囲気に。そのあと女性たちは譜面がないとか言って尻込みして弾かなかったのが残念でした。
　ロニーやオノヅカさんやフジタさんが来てまあいつも通りのジャム･セッションらしく。ピアノ4うち一人がフルートも、テナーサックス1、ドラム2、見物8と、見物が多く参加者が少なかったわりには最後までにぎやかにやってました。

5月4日連休真っ只中のヴォーカル･セッション1はテリー保谷(mc,vo)広田豊暁(p)天笠克己(b)で開始。連休にどこも行けなかった可哀想な人たち集まれ、楽器に歌に、ガンガンジャムって、天国に昇ろう、なんてヤケクソ気味に書いたんですが、まあまあ多くの人たちが来てくれて一安心。木内さん以下、歌の方が17人。ギター、ピアノ、ベースと楽器の方が3人。ベースの鈴木さんはドラムも兼任。見物の方が1人。

キョウコちゃんが来てくれて「この前風邪を引いて歌うはずの日を休んだから」と菓子折を持ってそれを謝りに。判ったからもういいよ、と言うのに、手伝うと言ってきかず、結局最後まで手伝っていってくれました。これには恐縮でした。ブルさん、リュウさんも来て、あれこれ話しました。連休にしてはにぎやかで活気のあるジャム･セッションでした。

4月30日ジャム・セッション5はMatthew Fricke(gt)マシュー・フリーキー、村尾陸男(p)、光田将也(b)というメンバーで開始。ニューオルリンズからやってきたギターのマシュー・フリーキーが主役です。男みたいな名前だけど女性のサトシさんが早々と来てくれて、木内さんやトニーも。サトシさんはオーディション11で入賞し6月4日に出演するので、練習もかねて。結局、歌ばかり8、ドラム1、テナーサックス1、ギター1、見物4という塩梅。トニーはマシューと二人きりでRose Tatooを歌い、これはどちらも一度も遭遇することのない宇宙遊泳みたいでした。ピアノもベースも誰も来なくて、途中10分休憩しただけで、11時過ぎまでぶっ通しで、僕と光田くんは疲れました。

4月10日ジャム・セッション2 は二人のなおこと村尾、光田で開始。&quot;恒例の月半ば思い切り発散ジャム&quot;なんて書いたんですが、シーンとしてひどく低調。ピアノのイクミちゃんが面接に来てくれてついでにお客になってと言ったんですが、お金がないと言うから、じゃピアノだけでも弾いていきな、とピアノを弾いてもらいました。ピアノも勢いがあるしなにしろ可愛いから将来が楽しみです（全然関係ないか！）。それでもポツポツあるいはポチポチという感じで参加者が来てくれて、久保さん、北国さん、ジイナベさん、佐藤ギターさん、喜美子さんら。イクミちゃんを入れてピアノ4、ドラム2、ギター1、歌1、計8名、見物7名。土田さんが練馬から車で来てくれて、春日町のLady Dayで僕が弾き歌ったYou are the sunshine of my lifeが素晴らしかったのでそれを聴きに来ましたなんて言います。sunshine of my lifeはやったかもしれないけど、すべて忘れてしまって忘却の彼方へ…。それで代わりにNew York state of mindをやりましたが、キーは間違えるし、ブリッジではコード進行が出てこなくてウロウロ、さんざんなできでした。でも遠くから来てくれたので嬉しかったです。そしたらべつのお客さんから、良かったです、ビリー・ジョエルの大ファンです、とか言って挨拶されました。これまた良かったです。見物客の方が飲んで食って楽しんでくれていた、なにかそんな一日でした。

31日月末ジャム・セッションは7時50分に [Lollaby of Birdland] で開始。清水万紀夫(fl,cl)村尾陸男(p)光田将也(b)という布陣。マキオことチョロさんを迎えて、不景気を吹き飛ばし、ジャム･セッションで鬱憤を晴らそう、なんて！　その割には静かで沈滞気味。坪内君、吉岡さん、谷川さん、齋藤さん、アキコさんなど。でもそれっきり増えずシーンとした展開。ヤレヤレ。加藤君、平地さん、小野塚さん、コウタ君、ジイナベさん。90分くらいぶっ続けにやって少し休憩して、ついにチョロ/ジイナベ二人足して150歳-夢のデュオが実現。そのあとギタートリオ+管でドラムを次々と交代させたりして、80分くらいやって最後のブルース。と思いきや達也/トニー組が到着。達也すぐにブルースに参加。全部終了してからもう一回村尾-光田で伴奏して、トニーが [When I fall in love] を歌う。歌2、ギター2、ピアノ1、フルート1、テナーサックス2、ドラム4、見物1、計13。会計年度末セッションは静か目に終わりました。

3/28日昼版ジャム･セッション。前の日遅くなり、起きてすぐに店に行き、鍵を開けるともうつぼうち君がギターを持って到着。岐阜から藤沢に引っ越してきたばかりですることもないしなんて言って、一人で店のなかをうろちょろ。やっとたかしくんが来て楽器を並べ始めても、ベースのヒナコさんが来ない・・・
1時を過ぎた頃やっとヒナコさんが到着、20分過ぎに音が出る。ゆっくりゆっくり一人ずつ来て、トニー、タツヤ、ミワコ、ララでなんとか8人。低調、じつに低調。タツヤがケーキを三つも・・・なにかジャム･セッションの雰囲気にあらず。でものんびりとなごやかなジャム･セッション風景でした。

3/22日は女性トリオによる楽器歌フリー/ジャム･セッション3で、酒井順子(p)程嶋日奈子(b)川口弥夏(dr)というメンバー。

7時半になっても全然その雰囲気にならず、森閑として先行きが危ぶまれる。そこへトランペットの山口さんが来店。それからギターの塚田さん、ピアノの洋子さん。でもそれっきり。そのあとは暫くしてポツポツと一人また一人と現れ、まあなんとかなったという感じでした。ロニーやジイナベさんなど。

トランペット1、アルトサックス1、ギター1、ピアノ3、ベース1、見物4、計11。連休の最後とあってかなり少なく静かなジャム･セッションでした。

面白かったのは見物していた野呂さんで、僕に話したいことがあるというので、話しに行くと、彼の妹さんがサンニョゼの近くのクーパーティノという街にいて、どうやら僕の娘の近所に住んでいるらしいということでした。彼女の話しからファーラウトを知って今日訪ねてきたと言うんです。いや驚きました。それでしばらくクーパーティノの話しをしました。まあ静かでしたけど、参加者たちはのんびりと楽しんでいた一日でした。


3/16日二人のナオコがお相手するとびきり上等のジャム･セッション2が開始。僕と光田将也(b)が伴奏。フルートのナオコは切れ味良く、鋭く甘くやさしく。歌のナオコはやんわりと包んでまとめてくれる。最初に女性が二人。僕はマサヤと練習を終えて彼女たちのところへ。なんと僕の兄と早稲田の理工科で同級だった人の奥さんだそうで、僕の兄に聞いてファーラウトへ来たと。なんとなんとびっくり。そんなこともあるのかいな。それでしばらくその西島さんと兄の話しとかその娘で逗子で動物病院をやっている僕の姪のこととかをあれこれ。

それでボチボチ開始。メグとキジャのコンビが到着。恒川さん、早苗さん、細野さん、山本くん、ロニーなど。ピアノ2、ベース1、ギター1、ドラム1、テナーサックス2、歌5、見物8。西島さんと一緒にに来た長渡さんがピアノを弾くのにしりごんでいたから、なんとか押して弾かせたら、これが結構うまくてみんなびっくり。あとから西島さんの娘さんも来て、和気藹々。美大に行ってるけど、美大を卒業すると今は音大卒よりも就職先が見つからないとか、そんな話しで一致。ジャム･セッションに関係ないか。

11時過ぎにブルースをやってお開きに。メグちゃんがカード払いにするか現金払いにしてポイントカードに点をつけようか迷って、結局カード払いに。そのあとまだ飲みたいとか言って玉井さんがねばりナオコちゃんも（フルートナオコはさっさと帰宅）残って12時過ぎまでお喋り。

やっと鍵を閉めて帰ろうとしたら、玉井さんが戻ってきて電話を忘れたとかで、もう一回戻ってやりなおし。それで結局彼を送って帰ると12時半を過ぎていました。まとまりは全然無かったけど、和やかで楽しいジャム･セッションでした。

長渡さんから投稿あり-----西嶋さんにお供しましたピアノの長渡です。先日は貴重な体験をさせていただきまして、ありがとうございました。一度してみたかったのですが、行き成り、背中まで押していただき、良い経験ができました事に感謝しています。すっかり味をしめ、帰り道には、次回の曲目まで決定。また、お邪魔させていただきます。3/18/2010

2/28日ハイブリッド昼ジャムはいつも通り、福永貴之(p,org,dr)程嶋日奈子(b)のジャム･セッションでした。タカシがピアノ、オルガン、ドラムと一人でたくさん担当する欲張りジャム･セッション。歌でも楽器でもなんでも面白いセッティングを作ります。で夕方4時すぎ頃アメリカジンのリチャードとフランス人のベルナルドと日本人の奥さんと3人組が来ました。ノートパソコンを持っていて、それで横浜駅の近くで検索してファーラウトを探し当てたんですって。しかも電車がメチャクチャになってて、桜木町で降ろされて、そこから歩いてファーラウトまで来たんですって。僕なら確かにそうするけど、初めて来るのだし、外国人だからこれはまさに驚き。

それで昼ジャムが終わっても懸命に彼らを引き留めて、やっとネイサンが来て紹介し、それからマシューが来て彼も紹介し、イギリス時のトニーもいるし、中国人のソウホウもいるし、なにか国際的でとっても面白い変な日でした。

結局最後まで休憩なしの演奏しっぱなしで、疲れてクタクタになった一日でした。歌の人よりも楽器の人が長く、歌の人には少し迷惑をかけたかもしれません。でもなにか充実感のあるジャム･セッションでした。みんな楽しそうにやってくれていたので、それがなによりも良かったです。

ジャム･セッション3は、二人のなおこがmcとフルートで仕切ってくれました。村尾陸男(p)光田将也(b)というメンバー。早々とマオ組4人と喜美子組3人が来てくれて7時35分開始。

スタッフはNathanとユミ、カオリ。ユミ、カオリは初対面だったので僕が紹介。同じような年頃でどちらも毎日せっせとアルコール消毒をするタイプ。ユミはここのところアルコール消毒を控えめにしたのがたたって風邪を引いたとか。そらいかんな。そういえばフルートのナオコちゃんもメチャアルコール消毒が好きなタイプでしかも同じ年頃で話しが合うよね。

ギター3、ピアノ3、テナーサックス1、歌7、見物3で、計17人。マユミさん、トニー、タツヤも来てくれてにぎやかに。最後の方にモデルのような素晴らしい美人が笑顔で入ってきて、よくよく聞いたら向かい側のマンションの住民で、ウクライナから来たんだって。それに酒の飲み方が変わっててラムとコーヒー。

それと早くからカウンターに色黒の男が坐って黙々と呑んでるのは目にしてたものの誰か判らなかったんですけど、なにかの用でカウンターに入ったらハッと気づいて、石崎くんではないですか。

なんと北海道から沖縄まで歩いて3年つぶして、一昨年夏だったか帰りに横浜を通ったときに、ファーラウトに寄ってくれた若者です。その後、9月にいま福島の山の中だとかいうメイルが来たりして、北海道に帰ったというメイルが来たのが10月末ごろだったかしら。そのあとすっかり忘れてましたけど、今度はお父さんが亡くなって松戸に来ているとか。

それで彼と話しているうちに、トニーとタツヤも加わって、ジャム･セッションはとっくに終わり誰もいなくなっても、まだ延々と話していました。トニーは彼が気に入ってあれこれ質問攻めにしていました。南北大東島で船の荷下ろしとかサトウキビの収穫とかの仕事をやってしばらく住んだとか。タツヤが本に書かなくちゃいかんねなんて言って。やっとお開きにしたのは1時近かったでしょう。石崎くんと話していると時間がいくらあっても足りません。
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大晦日/楽器歌フリー/ジャム･セッション5/朝まで死ぬまで楽器と歌で暴れるぞ！/は7時40分頃、待たせていたお客さんをもう待たせられないからと開始。メンバーは長崎ヒサコ(vib)小田島伸樹(gt)村尾陸男(p)光田将也(b)でコード楽器ばかりの変な編成。ヒサコさんはヴァイブを運んでいるせいか力がありそう。全然関係ないか。

この日は見物のお客さんが多く、参加者が少ない変な展開でした。細野さんが早々と来て歌って、また早々とハシゴで次の場所へとそそむさと出て行かれました。モモちゃん、マチコさん、ミエコン。あとは見物にカプルが数組。5人の見物団体組はボトルを2本も開けたりして盛り上がってましたけど、演奏組はあまりパットせず。

12時過ぎにすいてしまい、なにか拍子抜けしましたが、2時過ぎにタカシちゃんがシホコちゃんを連れてきてくれて俄然なにかホットになりました。シホコちゃんは可愛くて歌がうまくてゴキゲン。ホントに素敵！

歌5、テナーサックス3、アルトサックス1、ギター1、ベース1、ピアノ1、オルガン1、ドラム2で計15、見物15の合計30人でした。夜中の部はタカシさんがオルガンやらドラムやらやってくれて、ロニーもピアノ、ベース、ギターともちかえ、最後はヴァイブも敲いて、俄然活気が出てきました。でも2008年末は46人来ましたから、なんとなく静かな感じの大晦日ジャム･セッションでした。

1/3日昼1時開始、た、た、大変だ、新春ジャム･セッションは参加者1300円、見物1000円とお安くなっていまして、お菓子パックのおまけもつきます。ぜひ覗いてみてください。
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12/10日テリーのジャム･セッション1。出だしは少なくてハラハラ。寛丸さんが練馬から来てくれて一頻りお話しを。マスミさんが来てブルが来てなんとなくにぎやかに。そしたら少しずつ来はじめて、結局、ベース1、ピアノ1、歌12、見物4、計18人に。明治学院大の女学生が3人来て、3人とも日本人だけど英語ばかり喋って、話したら一人はアメリカからの留学生だそうで、楽しそうでした。ジャズについて論文を書くとかで、あれこれ質問されました。客と演奏者にもインタヴューをと言うので、寛丸さんやブルに僕が話しをつけて彼女たちがインタヴュー。なにかよく判らないけど、ホンワカムードの楽しい一日でした。リク
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11/30日は晦日セッションで、楽器歌フリー/ジャム･セッション5/Mathew Fricke(gt)村尾陸男(p)光田将也(b)というメンバーでやりました。キミの一族が4人で早々と来て戦闘開始。久しぶりにカマドンが来て、モモ/まちこ組、ゆい大学ジャズ研組など。佐藤堀江組のあとは英治親子組。なかでは佐藤＆Mathewの2ギターの組み合わせが、二人ともうまくて面白かったです。
　ピアノ弾き語り1、ピアノ1、ギター1、ベース1、ドラム3、歌8、見物1、計16人でした。なにかいつもより和やかで、雰囲気はとても良かったです。英治くんのお父さんがついてきて、どんなとこかと思ったけど、ここなら安心して息子に行かせられる、みたいなことを言って上機嫌で帰っていきました。見た感じは日本人ですけど英語を喋り日本語はほとんどだめという英治くんは、来春アメリカの音大に留学するんだそうです。11時前まで結局休憩なしで演奏しまくりました。

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11/23日1--5pm ハイブリッド昼ジャム4でした。参加者1500円、福永貴之(p,org,dr)、程嶋日奈子(b)というメンバーです。

1時ごろ参加者4人でひっそりと開始。でもゆっくりとポツポツと増えてきて、最後はまあまあでした。ピアノ1、ピアノ弾き語り1、オルガン1、ギター2、ドラム1、歌2、計8人でした。オルガンの参加者がいくらか来てくれるようになったのは、いいことですね。キミさんは12月用に練習に力が入ってきました。トニーもそんな感じです。


11/21日は女性トリオによるジャム･セッション3でした。恒川ひろこ(p)、程嶋日奈子(b)、末成峰子(dr)というメンバーです。
　参加者はピアノ1、ベース1、テナーサックス1、ドラム1、歌3と少なく7人、でも見物の方が14人とへんな日でした。湯島カスターのママが、22日来られなくなったからと来てくれて、連れの清水さんが歌っていってくれました。
　参加者が少なかったのでのんびりとやれて、でも見物が多かったので寂しくもなく、いい雰囲気でした。峰子さんの旦那さんとお子さんが久しぶりに来てくれ、いつものように旦那さんはベースを弾き、お子さんは絵を描いていました。

11/15ジャム･セッション2
この日は風邪その他で人手がなくなり、トモミちゃんに頼んで午後1時頃なんとかOKがでて、夕方レッスンをやったカオリさんがヒマだというので、じゃあこのまま残れよと説き伏せてなんと夕方6時半に二人目をゲット。まさに綱渡りみたいな感じの生き方。
　最初の方はヒマそうだったんですが、だんだん入ってきて結構忙しかったです。MCのナオコさんとフルートのカナさんがいたので、雰囲気は柔らかく、ちょい色気も（？）ありました。トランペット1、フルート1、アルトサックス1、ピアノ3、ベース1、ドラム1、歌6、見物2という塩梅。カオリさんも1曲歌いました。キミコさんたち一派は12月のファーラウト出演の練習もかねて小手ならし。
　カオリさんが本郷三丁目のグーのジャム･セッションをやっていて、客が来なくて取りやめになったという話しを7時頃してたから、お客さんが次から次へと来て彼女が「すごい、すごい」を連発。そこで僕は「こんなの全然凄くない、凄くない」をお返し連発。これを彼女と僕で三回くらいリピート。まあ、いつも通りのジャム･セッション風景でした。
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09/11/16--------11日は澄淳子の歌とスティーヴ・ウィップルのベースで、前の日に英語でお客さんから問い合わせがあり、アメリカ人が何人か来るのかなと思いました。その電話の主は来てみると風貌はまったくの日本人、なのにほとんど日本語は喋れず、英語ばかり。もう一人風貌はまったくの日本人で日本語は喋れず英語ばかりの若い男の子も来て、ドラマー志望とかで少し話しました。スティーヴは来てみると、英語もペラペラですけど日本語もぺらぺらでした。ファンの方々が来て、なごやかでいい雰囲気の一日でした。

12日のジェイコブ・コラーは少し日本語は喋れる程度で、まだ日本に来て半年だとか言ってました。彼は非常にテクニカルで巧妙なアレンジの演奏をします。ピアノトリオですが、とても複雑で、聴いていて少しも飽きさせません。コルトレインのGiant Stepを、コードもリズムも大きく変化させて演奏してくれ、これはなかなか良かったです。次回彼が出るときはぜひ皆さんも聴いてみてほしいです。
　トリオで自分のオリジナルなどを混ぜて思いっきり弾けるのは、ファーラウトだけだと彼は言ってました。オリジナル以外のスタンダード曲も、すべて自分独自のアレンジを施して、完全に自分の演奏に作り上げているところがとてもいいと思いました。彼はこれからの期待のピアニストです。--------------------------------------------------------------

09/11/1----------
10/31日晦日ジャム･セッションはマシュー・フリーキーMatthew Fricke(gt)、村尾陸男(p)、光田将也(b)というメンバーでお贈りしました。マシューはルイズィアナ州出身で、メンフィスやニューオーリンズでも演奏していたというから、いわば本場の血統書付き名馬みたいな感じです。早く来て楽器をおいてどこかへ行ったらしく、ピアノのそばに楽器だけあったので見たら、ケイスにMemphisとプリント字で貼ってあります。それがダテじゃないところが格好いいですね。

さて始まるとマシューのプレイはとてもよく、まさに本物でした。アマチュアでうまいというような、そんなものではなく、彼はジャズのメッカでプロで数年やっていたというだけあって、プロの確かな腕前でした。やはり格が一段違います。マシュー・フリーキーは夏頃ファーラウトのジャム･セッションにフラッとやってきたんですが、彼はこちらにとっては本当の発見、みっけものでした。棚からぼた餅みたいなもんです。しかも話してみると、彼は英語の先生をやっていて、どこも演奏する場所も仲間もなく、まったく演奏していないと言います。驚きました。

そういうことからかギターが5人も来て回すのに大変でした。ピアノ4、ドラム1、歌5、見物3で、みんなソロが長いので回すのが大変。途中でマシューがドラムも敲いてくれました。ベースはだれも来なくて、光田くんが長時間弾きっぱなしになりましたけど、まあ、問題なかったようです。

マシュー・フリーキーは11月30日、12月18日とファーラウト・ジャム･セッションに参加してくれますから、どうぞ皆さんお見逃しなく、いらしてください。また来年からもファーラウトに常時出演してくれる予定ですし、ジャム･セッション以外にも彼の演奏をフィーチュアした日を作ろうと考えていますから、皆さん楽しみにしていてください。　村尾陸男より報告！
ました。



　先日、電車の中の週刊誌の吊り広告に目をやったら、酒井法子の子供が偽名を使ったとか、彼女に母親の資格なしとか書かれていた。そして家に帰って夜12時のニューズを見ていたら、彼女が介護の仕事に就く意思を示し、創造学園大にオリエンテーションを受けるため登校したところを映し、横から記者が質問を浴びせていた。また子供が学校へ行ったとか、行っても保健室にこもっているとか、そのほか子供に関する多くの報道が見られた。日本人のこういうときの興奮ぶりはまさにバッシングと言えるほど凄まじい。酒井法子の報道になると、日本人は狂ったように興奮し、ニューズも最初の方に大きくとりあげ、全体に緊張感がはしる。マリファナや覚醒剤にしろ、個人の使用は個人の問題で、他人にはほとんどなにも関係がない。少なくとも彼女は他人にこれといった迷惑はかけていないはずだ。それを社会に迷惑をかけたという感覚で大犯罪者扱いにする。マリファナや覚醒剤を売って商売をしたのなら、犯罪者扱いでいい。だが個人の使用は個人の問題で、社会は関与していないことだと理解しておかなければ、社会自体が下らないことに振りまわされるだろう。いやむしろ社会は最初からこんなことに関与すべきでないのだ。個人の薬物使用などまさに些末なことで、社会はそんなことに拘泥していてはいけないだろう。騒ぐのなら彼女に対してではなく、マリファナや覚醒剤を売って商売をしている犯罪者に対してである。
　オランダ、ベルギーではマリファナ喫茶店がある時代である。スペインではすべてのマリファナや覚醒剤や麻薬類の使用が合法化された。なにを服用しようと個人の責任でするべきことだというのだ。もちろん有名女優がそういうことをすれば、新聞やTVニューズの記事にはなるだろうが、小さく隅っこに載るだけで終わりだろう。アメリカですらたぶん同じだろう。こういった日本の報道で喜ぶ人たちは、彼女は子供たちにも顔を知られている有名人で、公的な立場にいるから社会的な責任がある、などと必ず言う。だが有名人もスターも人間であり、ときには犯罪も犯すしあれこれ窮地に陥りもする。それだけだ。相手が有名人やスターやタレントだから、われわれが彼らになにをしてもなにを言っても、彼らはそれに耐えなければならないわけではない。われわれは彼らを公平に扱わなければならず、こんなことで彼女を社会に迷惑をかけた犯罪者として扱うのは、むしろわれわれの犯罪である。
　こういう事態をもたらすのは、日本人がまだ個人の権利を理解していないからにほかならない。個人の権利がなんたるかを理解していれば、他の個人がマリファナや覚醒剤や麻薬を使用して破滅しようとしまいとどうでもいいし、少なくともそれはその個人の問題で、他の個人にとっては問題ではなく、つまり社会が関与すべき問題ではないと判るだろう。個人の選択の自由に関して日本人が良識をもっているならば、そういう選択の自由を保証してもらいたいと日本人個々人が思っているならば、他の個人の選択の自由をも尊重しなければならない。犯罪は許されざるものだとしても、他人の個人的自由に容喙するのは、個人的自由が理解できないと言っているようなものであり、それがゆきすぎればそれも一つの犯罪になるだろう。ましてや社会はその程度のことを理解していなければならないし、マスコミは社会の道標としてそれを理解していなければならない。
　彼女の子供のことなどもっと触れるべきでないし、マスコミは彼女の子供のことを根掘り葉掘り報道する権利すらないだろう。それこそ恐ろしい犯罪だ。彼女が犯罪者だとしても、それが彼女の子供をマスコミが記事にしてもてあそぶ権利を保障するわけではない。マスコミはその程度の良識も持てないほどに堕落している。堕落どころか、腐敗していると言った方がいいかもしれない。マスコミの腐敗は彼らが視聴率にしか関心がないからで、そういう記事を日本人大衆が望んでいるということをマスコミはよく知っていて、彼女だけでなく子供まで笑いものの対象にして大衆の好奇心におもねる。マスコミは堕落しているが、そうさせているのは日本人大衆である。美人スターの破滅を見るのが楽しく、警察に追いつめられていくのをドキドキしながら注視し、あげくはその子供の動静まで偽名を使ったなどと笑いものにし、彼女に母親の資格なしと言う。いま彼女に母親の資格なしと言える人間が、いったい日本にどれほどいるのだろうか？　彼女の子供を記事にしてもてあそぶマスコミと大衆のどこに、母親の資格を云々する資格があるのだろうか？　本当に不快でやりきれない思いにさせられる、そしていつも通りの、日本のマスコミと大衆の茶番である。2009/11/20</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">社会</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Nov 2009 14:05:57 +0900</pubDate>
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         <title>《発声研究》第１巻〈呼吸〉をファイルで販売中</title>
         <description>以下に掲載した小文は、村尾陸男著《発声研究》第１巻〈呼吸〉の冒頭の27頁の原稿です。この本は通常の四百字詰め原稿用紙で約280頁、1600字詰めA4原稿で約70頁です。呼吸の理論に関心のある方、この本をお求めになる方は、第一巻〈呼吸〉をインターネット経由でお買い求めいただけます。

価格は1800円となります。これはPDFファイル原稿で、メイルに添付して送付します。プリンターにて印刷したもの（A4原稿で約72頁）を希望される方には、ファーラウトに取りに来られる方には2000円で、送ってほしい方には送料込み2200円にて販売、送付しています。購入を希望される方は、このHPのご予約・お問合せ頁から eメイルにて村尾陸男までご連絡ください。支払い方法、原稿送付方法などについてお知らせします。

なおこの本〈呼吸〉は《発声研究》全五巻の第一巻となり、以下の続刊は、一年に一冊くらいのわりで、おって出していく予定です。

《発声研究》　第１巻〈呼吸〉　梗概
序 1.腹式呼吸と胸式呼吸 2.呼吸のための筋肉＝横隔膜 3.腹式呼吸 4.胸式呼吸 5.横隔膜 6.腹筋 7.分業 8.胸式呼吸 9.胸式呼吸の非定型性 10.肩凝り、感情、神経 11.上胸部のうごき 12.首の付け根、肩のうごき 13.呼気と発声の練習 14.鎖骨 15.喉頭、顎 16.舌 17.声帯 18.折衷型 19.共鳴 20.呼吸の過去と現在 -計280頁

では読んでみてください。2008/10/24 村尾陸男</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">呼吸発声</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 24 Oct 2008 12:40:51 +0900</pubDate>
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         <title>日本人ジャズ歌手と英語</title>
         <description>日本人のジャズ歌手にとって英語は難しく大変ですね。たぶん文化的な問題からでしょうが、日本人は世界でもっとも英語の下手な国民のような気がします。中東やアジアの毎日戦争に明け暮れているゲリラ集団の連中でさえ、記者に囲まれると上手い英語ではなくともなんとか通じる英語でアピールし始めますね。日本の政治家や官僚には東大卒が多いですが、ほとんどが英語は喋れません。日本人がそんな状態なのに、ジャズ歌手はさらにジャズを歌うんですから、その大変さは並大抵ではないです。日本人一般の英語力も日本の英語教育もなにもかもダメなところへもってきて、ジャズ歌手だけ完璧に英語の歌を歌えと言われても、まあ無理には違いないです。だったらジャズ歌手をやめればいいんですけど、やめずにジャズ歌手をつづけるなら、どうするか？　やるしかないですね。

そこで、もしなによりも先に結論として一番簡単な上達法を一言で言えと言われたら、「話すこと」と僕は答えるしかないです。話せば通じないので、通じるような発音になっていき、通じるような発音になれば、今度は聴きとることも容易になってくるでしょう。話すことを敬遠していては上達はないですね。でもこれでは通り一遍の答えで、よくある英語入門みたいな本に書いてあることとあまり変わらないです。従ってここでは少し違う角度から考えてみましょう。「話す」と「聴く」は質的には同じなんです。「話す、聴く」は「読む、書く」とはまったくべつです。「話す」と「聴く」をやらないと本当の上達は望めないですが、やらないにしてももし「読む」、「書く」だけでもしていれば、それはそれでなにもしないよりはずっといいです。しかしさらに「読む」、「書く」もしないのなら、すぐジャズ歌手をやめるしかないですね。それは少なくとも社会に迷惑をかけないということで、最低限度必要なことです。

さてジャズ歌手をやめないでやっていくのなら、なにかをしなくてはならないですね。「読む、書く」をしないで、「話す、聴く」だけをするのは、怠惰で図々しいやりかたですけど、まあジャズ歌手として最低限度必要なことはクリアしていると言えそうです。「読む、書く」のとくに「読む」を怠ると教養や知識が狭まって、どうしても歌やその歌手自身の人間性やあれこれのハバが拡がっていかないもんです。しかしビリー・ホリデイやチャーリィ・パーカーみたいに天才だったら、それはべつです。彼らは酒をのんで麻薬を打って引っ繰り返っていても、起きるとうまくなっていて、教養もへったくれもないわけです。天才はまったくべつです。天才はあっという間に昇りつめて次の日心臓麻痺で死んでいるかもしれないですが、どっちにしろ凡人には関係ないことです。天才とは、自分の人生について一顧だにせず、凡人たちに理想を示してくれているのかもしれません。

それはともかく、自分が天才ではないと悟っていて、しかもジャズ歌手をやめないのなら、勉強しなければなりませんね。「読む」、「書く」をし、「話す」、「聴く」をするわけです。それ以外に楽なずるい方法などあるわけがありません。僕がこういうことを言っているのは、僕は天才ではなく凡人で、こういうことで苦しみ抜いて、自分にむち打って「読む」、「書く」、「話す」、「聴く」をやってきたからなんです。その意味では少なくとも僕はこういうことを言う資格があると思っています。僕は35年くらい英語の本を読み続けてきました。今でも英語の本を読まない日は1年中1日もありません。大げさでなくそうです。便所には英語の本が何冊か積んでありまして、忙しくて遅く帰ってきて朝起きてすぐでかける日もありますけど、最低でも便所は行きますから必ず読むわけです。それからカバンやリュックには読みかけの本が入れてあり、乗り物に乗ればすぐに本を読みはじめます。書くのは、たまに知りあいにメイルを打つぐらいで、あまり書いていません。読むのは簡単で、最初のうちは辞書片手に読んでましたけど、そのうち辞書など面倒でもたなくなり、判らないところはそのままに通り過ぎて読んでいました。それが習慣になり、今はほとんど辞書は使いません。どっちみち字が小さくて見えないんですが。でも皆さんも読めない漢字や知らない言葉があっても新聞や雑誌を辞書なしで毎日読んでますから、それと同じでどうってことはありません。それはとくにすごいことでもなんでもないんですよ。まあ慣れですね。

さて、僕がこの文を書いているのには、一つの目的があります。つまり天才ではないとして、凡人でしかもジャズ歌手をやめないで、そのうえ「読む」、「書く」、「話す」、「聴く」を完璧にやれ（ら）ないとすれば、どうしたらいいか、そういうずぼらな人に答えなり助言なりをするにはどうしたらいいか、難しいけどなんとか名案をひねり出してみたい、それがこの小文の目的です。一見して無謀な試みで、もちろんその答えはやさしくないです。でもなにかしらうまくやっていく方法は、そのコツは、そんなものがないかと考えてみました。まずダメ歌手にも簡単に楽にやれるように、これら「読む」、「書く」、「話す」、「聴く」に順位をつけてみましょう。「書く」は4です。一番最初に省きましょう。綴りなんか間違っていてもいいし、今ファーラウトにいるコックのNathanなんかアメリカ人のくせして判読不能の字と滅茶苦茶な綴りで野菜や肉など買い出しリストを僕によこしますから、それほど気にする必要もないでしょう。彼は綴りは違っていると思うよ、と言い訳しますが、もちろん違っています。アメリカ人のそういういい加減なところも、まあ魅力の一つと考えましょうか？

「書く」ことは重要には違いないですが、英語を書く機会はあまりないですし、今はなくてもどうということはないですね。最近ではメイルなんか打っていると、メイラー・ソフトが綴りの間違いを赤線を引っぱって教えてくれますから、便利な時代です。でも近頃は携帯でメイルを送ることが多くなって、ill be there asap なんて謎みたいな返事が来たりします。これは&quot; I&apos;ll be there as soon as possible できるだけ早く行くよ&quot;なんていう意味の短縮形です。大文字一切なしのメイルもその特徴です。最初は驚きましたけど、慣れればなんてことはないです。手紙なんか滅多に出しませんから、書き方も判らなくなってきましたし、携帯メイルだって年とってくると小さくて見えなくてやっぱり出しません。でも「書く」ことの良さは構文を作るという作業にあります。文を組み立てるというのはとても重要で、そうやっていると話すことや考えることの練習にもなるんですね。それから忙しい日常のなかでは一種の精神的冷却剤になってくれます。「書く」ことによって細かく正確にものごとを考える機会が得られ、いろいろと反省することができます。もしあなたが英語の勉強を毎日真剣に多くやっているのだったら、とくに「書く」ということを取り入れた方がいいでしょう。その方がいい加減で上っ面だけの勉強に陥りがちな英語習得を、しっかりとした実のあるものにしてくれるものです。

それで次は「話す」の順位3です。冒頭で上達法を一言で言えと言われたら「話すこと」と言ったのに、省くとしたら2番目にくると僕はおかしなことを言っていますね。英米人の友達がいない、英会話スクールに通う時間と金がない、以前通っていたけどNovaみたいなところにアブク銭を儲けさせて終わった（僕が教えていた歌の生徒で1年分だかの授業料70万円を払って途中で行かなくなってそれっきりにしたというOLがいました、その70万円を俺によこせよと僕は叫びました）、たまに話す機会があっても片言の挨拶ぐらいで終わってしまい自分の英語力アップなどにはつながらない、そういうジャズ歌手は多いでしょうね。だいたいNovaみたいな英会話スクールが大きくなってのさばるのは、日本の英語教育がでたらめで腐りきっているからです。英語教育がいかれているので、みんな苦労して英会話スクールにいくわけです。英語教育がいいものであれば英会話スクールはみんな潰れて成り立たないでしょう。旧文部省、現文部科学省は英会話スクール繁栄の立役者で最大の功労者ですね。彼らは英会話スクールの名誉顧問かなにかで天下りできるでしょうし、高額の生涯年金かなにかをもらっても文句はでないかも・・・いやいや、英会話スクールはあいつらを重役なんかにしたら潰れちまうから、恐くて入れられないか、まあ、どっちでもいいや。

いや、話しを戻して、話すのはいつもたいへんですね。歌手が歌うのを聴いていて、かなり発音のイロハを守っていても、結局あちこちで英語らしい発音になっていないのは、話さないからだと判ります。ごく普通の平凡な日常会話でも多くの頻度でやっていれば、発音というものは整ってきます。難しい語彙などなく知的な会話でなくても、それでいいです。ポイントは母音はいい加減でも子音をきちんとふまえて発音することです。それがアジアやアフリカ、アラブ、それから中南米やヨーロッパなどの、英語国民でない人の守る最低限の約束ごとです。つまり子音だけが最後のよすがとなるんですね。子音さえきちんと発音できたら、どんな下手な英語でも聴きとってもらえるものです。先ほど触れたアジアや中東のゲリラも、発音はひどいですが子音だけは守っているから通じるわけです。

よくアメリカへ行けば英語が上手くなる、話せるようになると思っている人がいますね。それはほんの少々は正しいですけど、たいていはそうは運ばないですね。英米人と結婚していたって英語を話していなければダメですし、アメリカで生活していても、日本人に囲まれていたり、日本の会社などで働いていたりすると、全然うまくならないものです。たしかにものを買ったり、バスやタクシーに乗ったり、道を訊いたり、食べ物を注文したりとかは、当然できるようになりますけど、いつまでもその程度でそれ以上に上手くはなりません。そういうものを超えて、人との会話が政治や科学や細かな人間関係やその人の心の奥深くまで及ぶようになるには、自分から率先してそういうことを話さなければ話せるようにはなっていきません。アメリカの音楽大学に留学して帰ってくる日本人ミュージシャンは増える一方ですが、彼らの音楽的力量はともかく、いったい彼らの何人が英語を喋れるんですか？　彼らの何人が英語の本を読めるんでしょうか？

僕がアメリカに行っていた1966年10月でしたか、ときどき僕が顔を出していたサンフランスィスコの日本人バー「富士」のバーテンが徴兵に取られてしまいました。ヴィエトナム戦争が激化し始めた頃で、彼はアメリカに13年いてグリーンカード（永住権）を持っていたから徴兵を拒否できなかったんです。みんなで送別会をやって生きて帰って来いよなと笑って励ましました。お通夜みたいに送り出すわけにもいきませんから、笑うしかなかったんです。それで彼はワシントンDCに行ったと聞きました。しばらくして67年の1月でしたか、「富士」へ行くと、アレッ、なんと彼がカウンターの中にいるではないですか。おい、いったいどうしたんだい？　すると彼は答えません。なにかもじもじして反応が悪いんです。よくよく問いただすと、英語力不足で追い返されたと言うんです。いやいや、これには、みんなで大笑い。戦争だから命令もなんもかもパッパパッパと伝わらないと困るわな。ホント世の中なにが幸いするかは判らなんもんじゃ。ウワッハッハッハ！

でもジャズ歌手はそうはいきません。やるっきゃないです。「聴く」のも「読む」のも受動的なんで、自分さえその気があればできますし、「書く」のも同じですね。でも「話す」のだけは違います。これだけは相手がいて、話し相手になってくれないとうまくいきません。そしてある程度、話しの内容がお互いに伝わらないと、どちらも面白くないですから長続きしませんね。話すということは、日本人同士が話している場合も同じですが、なにか通いあうものがないと続きません。日常の会話の95％くらいは、ただ会話する恰好をとり繕うために、仕事やなにかの関係を維持する必要から話しているだけで、なにかが通いあうなんてことはほとんどありません。ときには友達でも恋人同士でも夫婦でもそうです（おっと余計なことか！）。英語の場合、やはりなにかしら意味のあることが話せれば、話し相手としての関係だけだったとしても、あんがい続くもんです。そういうとき I enjoyed talking with you very much. なんて英米人は言いますね。われわれは「あなたとの会話はとても楽しかった」なんて言うことは、日頃まず絶対にありませんね。とにかく会話が楽しめるようになればしめたもんです。楽しめるようになる、それはポイントです、非常に重要なことです。

でも話す機会がうまくもてないジャズ歌手は多いでしょう。そこでそういうジャズ歌手には特別サーヴィスで「話す」も省いてさしあげます。これは、また、大盤振る舞いですね。時間も金もないジャズ歌手くんの立場に立って僕は最大限努力しています。さて次は「読む」で順位2です。ということは順位1は「聴く」で、ニューズ、スポーツ、ドラマ、漫画、自然探訪、なんでも見て聴くことが一番ですが、それに付随して読むことが、あなたの英語の知識を強化してくれます。英語の新聞、週刊誌などを読んでいると、たいていの記事は載っていますから、ニューズを視聴していても判りやすく、大きな助けになります。英語のニューズを視聴する前にこういう記事を読む、またニューズを視聴したあとにこういう記事を読む、これはとても効果的です。「読む」、「聴く」両方が相互に補強し合ってくれるので、判りやすいんです。僕が毛沢東（モウタクトウ）をMao Tse Tung マオ・ツォートン（英語の綴りは違う場合もありますが）と発音し読むのだと知ったのは、アメリカに行って読んだ新聞、週刊誌、ラジオのニューズからで、日本の教育からではありませんでした。英語のニューズを聴いてもモウタクトウしか知らない日本人は最初は聴きとれません。先日もオリンピックを見ていると、いまだに中国名を日本読みしていて、英語の場内アナウンスと日本語中継の大きな落差にゾッとすることがありました。なぜああいう無駄なことをするんでしょう？　中国名は最初から教育で中国式に読めば、われわれの勉強は一回ですむのに、どうしてこんな無駄な苦労を強いるんでしょうかね？　日本の教育のおかげで僕はアメリカへ行って、ずいぶん恥をかきました。日本の英語教育はずっと腐ってますが、まだまだ続きそうですね。あるいは数年前でしたかアメリカのキャンターCantor通商代表の名前を日本のマスコミはカンターと発音して統一していましたが、あれはなんのためなんでしょう？　キャンディ、キャンプ、キャンセルはもうすでに立派な日本語ですから、キャンターをカンターと発音して統一する理由は何なんでしょうか？　

「読む」ことは、思いのほか英語の知識を豊かにしてくれます。それに本や新聞、週刊誌はいまとても安く簡単に手に入りますから、とりあえず電車の中などで目を通すのは楽な方法です。僕は一時はどこへ行ってなにをしてても、5分ほど時間が空くのなら本を出して読んでました。僕は30代に茅ヶ崎に住んでいて、赤坂や銀座まで夜ピアノを弾きに、毎日東海道線で往復していました。ちょうど10年間茅ヶ崎に住み、ほぼ1時間の電車の中で、最初の3年は日本語の、あとの7年は英語の本を、59分ぐらい読んでました。途中で読み終わって、次の本をカバンに入れてなかったりすると、そういう愚かな自分にカッカするほど時間を惜しんで読んでました。演奏の合間の休憩時間に、歌手がいると話しをして本が読めず、いらいらして落ちこんだりしましたし、歌手を無視して話しをせず本を読んで歌手に嫌われたことも何度もあります。「読む」ことは、本当は一番に来る課題かもしれません。それほど簡単で、お金がかからず、乗り物や待ち時間やお茶を飲む時間を利用して読めるので、そのために時間を取らなくても毎日ある程度は確実に読めるからです。勉強するうえで確実に消化できる課題ほどありがたいものはないですからね。

でも「読む」にしてもいつもうまくいくとは限りません。難しくて読めないようなものもいっぱいあります。そういうときその本を諦めたり、歯を食いしばって最後までいったり、途中でやめてしばらくして再挑戦したりと、いろいろです。でも気持ちよく読めていい気分で次へ進めるのはいいことですから、僕はいつもそういうものを慎重に選んでいました。とくに30代から40代くらいは僕は好きなものしか読まないようにしていました。ジャズ、麻薬、マフィアなどの実録もの、ポルノ、哲学思想、自然散策紀行文など。19世紀イギリスの古典ポルノなど電車の中で目をランランと光らせて読むなんてこともありました。ジャズ、麻薬関係も多く読みました。30代半ばくらいから小説は一切読まなくなりましたね。一度だけ「チャタレイ夫人の恋人」を原文で読みましたが、どこが猥褻裁判で大騒ぎしたのか判らないくらいにおとなしく退屈で、それからほとんど小説は読んでません。『110番街』なんていう映画がはやった頃にハーレム犯罪シリーズという連作があり、ジャズ、麻薬、犯罪などでグチャグチャになるやつですけど、それは何冊か読みました。そもそも僕は16歳ぐらいから30代半ばまで（日本語の本で）重度で重症の文学漬けになっていましたが、英語の本を読み始めてからは、どういうわけか僕の読んだ小説、文学作品は非常に少ないです。それは英語とは関係なくて、僕のなかで関心が変わり、文学離れが起きたということにすぎません。とにかく読む意欲というのは大切で、そのために自分の関心の強いものを選んでいくということはとくに重要です。その代わり、僕は案外ジャンルに制限がなく、学術的なものから発禁になるような最低のものまですべて読みます。固いものが続くと、あとはドロドロ猥褻文献などを読んで、調整（？）しましたね。そういう体質は今でも少しも変わっていません。

さて次に、もし最大限省くとしたら「読む」も省いていいかもしれないですが、順位1「聴く」は省けないということです。この場合「聴く」はレコードを聴くではないです。英語の映画、ドラマ、ニューズ、その他の番組などを「聴く」という意味です。もう一度言いますが、これはもっとも怠惰でずぼらなジャズ歌手が、省けるものはすべて省き、それでも英語が上達する方法がないか、もしあればそれを伝授してあげようと、無理な試みをしています。断っときますが、これは無理で無謀な試みです。でも大変重要ですから、しっかりと頭にたたき込んでください。「聴く」は省けません。とはいえ昔と較べて今は天国みたいにいい時代です。TV番組なんか二カ国語でやってくれますし、衛星放送やケイブルTVなどと契約しておけば、一日中英語番組を聴き見られます。まさに素晴らしい時代ですね。フランス語やドイツ語などほかの言葉はこうはいきませんから、ホントにありがたいです。やろうと思えば一日中自分を英語漬けにすることができるんです。

松本道広さんという英語の先生がいます。彼は大阪（たしか）にいて米軍放送が聴けなくて、30、40年前に上京したときに小さなラジオを買い、一日中イアフォンを差したまま電車に乗ったり歩いたりしていたと本に書いてました。東京に来て英語の放送を聴けるのが、心の底から嬉しくて夢のようだったと書いていました。ではいま関東にいるジャズ歌手がどれほど米軍放送を聴くか、あるいは英語のTV番組を見るのか？　いや無駄な問いは省いて、先を急ぎましょう。「聴く」というのは受動的な行為なので、ラジオでもいいですね。ラジオには、文化放送の夜中などにとてもいい英語番組をやっていますし、ほかにも英会話番組など少なくないです。僕は自分の生徒に「そういう英語番組をすべて録音しておいて、それを通勤や車の運転中や便所や風呂の時間に聴け」とよく言いました。それならお金がかからないし、会話スクールに通う手間も省けるし、時間もかなり節約できて、いいことずくめです。でもそれを実行した生徒は一人もいません。実行すると言った生徒は少しいましたが。でもたとえこういうことをしてもその番組の内容を100％解釈し吸収するなんてことはできません。それでいいんです。半分くらいしか頭に入らなくても、30％しか入らなくても、それでもいいんです。元々こんなもの全部入るわけないです。20％でもすごい量で大収穫です。それから最近は英会話CDなどをかけて、声の高さはそのままに速度を落とすことができる機械も出ています。本当にいい時代です。勉強しないと罰が当たるほど至れり尽くせりの時代です。

最初のうちはドラマは難しいですね。ニューズが一番手っ取り早いです。なによりも内容をたいていは日本の新聞やTVニューズで知っているものが多いですから、英語のニューズは聴きとりやすく解釈しやすいです。それから大リーグの野球中継なんかいいですね。判りやすいし、あまり多くを喋りませんし、難しい言葉が少ないです。もちろんサッカー中継でもいいです。映像がついていると解釈しやすいですから、英語を聴いていても楽ですね。衛星放送やケイブルTVではいろいろな番組があり、飽きません。子供番組でも漫画でも、自然探訪のような番組でも、スポーツでも、とにかく自分の好きなジャンルを見るのがいいです。その方が関心が保てますし楽しいですし、なによりも長続きします。英語の勉強における、この「長続きさせるために関心が強いもの楽しいものを選ぶ」ということは最重要です。これは絶対に忘れてはいけません。自分の怠惰さと勉強の難しさを甘く見ないために絶対に必要なことです。自分がだらしないこと、怠惰なこと、飽きっぽいことなど、僕はそういう自分を誰よりも良く知っていて、それだからこそ自分が好きで関心が強く楽しいものを選ぶわけです。これは勉強の鉄則です。

今の人間は二言目には時間がないと言うんですが、時間がないというのは嘘です。時間がないと言いながら、ほかのやりたいことはすべてやっているわけですから、もちろん嘘です。だから最低でもなにかをしながらこういう番組を聴くのがいいですね。僕はTVニューズやその他の番組を一年中英語に設定して、家にいるときぐらいは自分を英語づけにするようにしています。それじゃ意味が全然判らなくてイライラしてしまうから、やっぱり日本語に設定してという人は、はいご苦労様、歌手をやめる方法を考えてください。僕は、偉そうなことを言っていても、英語は恐ろしく下手です。アメリカ人と話すといつもがっくりさせられますね。いまファーラウトのキッチンに入っているNathanの英語は、非常に癖のある聴きとりにくい英語です。僕が会ったことのある純然たるアメリカ人では、彼はもっとも聴きとりにくい人だと思います。僕は彼の言っていることの6、7割しか判りません。僕も下手でどもりながら、つっかかりながら話します。最近は少し彼の英語に慣れてきました。やはりアメリカ人のMinahは彼の英語を「独特のアクセントのある英語」という言い方をして、もちろんけなしたり、下手だなどとは言いません。この「アクセント」は日本人が言う「訛り」とは少し違うかもしれません。だから英語は大変です。アクセントが多種多様で、世界中のアクセントに対応しなければならないです。

つまり、英語を喋る聴く感覚というのは、どんなアクセントにも対応し、相手にどんな変なアクセントだと思われても気にせず、意味を伝える、言いたいことを相手に言う、それだけのことに恥も外聞もなく専念できる、そういう心、態度のことなんです。どもってもつっかかってもなにも問題なし。とにかく恰好なんかかなぐり捨てて、話したいことを相手に伝える、（上手い下手なんかどうでもいい）それが「英語をしゃべる聴く感覚」なんですよ。もしそれができたら、相手の英米人は、その英語がどんなに下手でも、文法が滅茶苦茶でも、「きみはなんて英語が上手いんだい！」と褒めるでしょう。下手な英語で喋るとき恥ずかしいと思うのなら、あなたはまだこの「英語をしゃべる聴く感覚」をもってないんです。

ジャズ歌手にはたくさんお目にかかりますけど、そのなかで、この「英語を喋る聴く感覚」をもっている人は10％もいないでしょう。5％以下かもしれません。90％以上がはっきり言ってダメです。この「英語をしゃべる聴く感覚」をもっている人も、べつに上手いわけではないんです。上手くはないけど「英語をしゃべる聴く感覚」をもっていると感じさせるんです。ジャズ歌手ならば、最低でもそう感じさせなければならないでしょう。ファーラウトに出演したこともあり、ときどき客として来るTonyはもちろん英語を話しますが、英米、インド、香港などとも、オーストラリア、ニュージーランド風ともまた違うアクセントで、なにか不思議な印象を僕はもっていました。よくきいたら、彼はマレーシアで育ったと言います。英国風でもなく、英国植民地風とでも言うんでしょうか、これまた独特のアクセントです。彼は歌うんですが、失礼ながら聴いていてその歌はお世辞にもうまくないです。しかしやはり英語はよく聴きとれました。素朴で言葉の意味を直接語っているような歌で、聴いているとなにか楽しくなります。歌としては面白く楽しいし、気持ちがよく伝わる、そんな雰囲気です。それが「英語をしゃべる聴く感覚」でしょうかね。もう一度言いますが、下手な英語で喋ってそれを恥ずかしいと思うなら、あなたは「英語をしゃべる聴く感覚」がないんです。なんと思われようと話したいことを相手に伝える、上手い下手なんかどうでもいい、そういう気構えになれたら、それはあなたが「英語をしゃべる聴く感覚」を身につけてきたということです。ジャズ歌手に必要なことはただそれだけです。

さて4「書く」、3「話す」、2「読む」、1「聴く」と順位をつけて、ずぼらで勉強が苦手なジャズ歌手が英語を勉強するとしたら最小限度やるべきことを話してきました。最低でも1「聴く」はやらなければなりません。最初のうちは英語でテレビが鳴っていてもなにも判らなくて、すぐに面白くなくなりますし、イライラしてきます。でもガマン、ガマン！　とにかくガマンして聴いていると、あるときニューズなんかで「littleリトル」という単語が良く聴きとれ、リではなくあとの方のルのL音が鮮明に聴きとれる自分に気づき、ドキッとするほど嬉しくなる、そんなときが来るでしょう。まさにそういうときがあなたの本当の英語の旅の出発点になるんです。僕も米軍放送を聴いていて、あるとき「littleリトル」のルのL音を聴いて、初めてL音に気づいたんです。それは、学校や本で習う発音や理屈ではなく、実際の音としてL音を初めて自分で認識したという意味でです。R音でもなく日本語のラ行でもなく、本当のL音です。というわけで最後に少し専門的で難しい話しをしてみましょう。

L音はやや周波数が高いです。日本語の特徴は、その言語音の周波数が低いことにあります。もっと正確には、言語の周波数を高域、中高域、中域、中低域、低域と五段階に分けると、日本語は中域から中低域に集中し、中高域も少しはあるけれど、低域と高域はほとんどない、そういう特徴をもっています。厳密には、昭和前期以前の昔の日本人が喋る日本語は、もう少し周波数域が広く、高域、中高域も現在のわれわれが話す日本語よりは多く含んでいたでしょう。それだけ現在の日本語音は無味乾燥になり、美しさを欠き、実用的な意味伝達にのみ集中し、音としての美しさの多くを失ったと言えます。それに対して英独仏語のような西洋語は低域から高域まで満遍なく使い、その音としての表現力が多様なはばをもっていると言えます。L音は日本語にはない高い音の子音です。そしてこの「高い」という意味は、高い倍音が多く積み重なっているということを言っています。L音の日本語にはない高い子音としての音を、本に書いてある理屈や解説としてではなく、中高校などの日本人の英語の先生の発音としてではなく、本当の音として自分の耳で捕らえられたとき、それがあなたの長い長い英語の旅の出発点になるんです。そしてもしそういう自分の聴くという感性に、驚きや喜びを感じたら、あなたは「英語をしゃべる聴く感覚」の最初の一片を自分のものにしたと言えるでしょう。勉強を苦痛だと思っているあなたは、まだ勉強が足りないだけです。まだ勉強が何たるかは判っていないんです。勉強はいったい何ですか？　勉強は喜びなんです。なぜなら勉強をして得られた成果は、すべてあなたの血となり肉となるからです。もしあなたがある時、勉強をしていて勉強が喜びだと感じられたら、それこそあなたの勝利の瞬間です。

2008/10/23　　村尾陸男


受験英語の時代から苦労の種。試験では特に母音の相違を問う設問多く、此れにばかり気を取られて来ました。しかし子音がカギとの鋭い指摘に思わず唸って仕舞いました。オイラの英語が通じぬ訳だ。英語は子音が2,3字連続するのがザラでしたね。これは我が国語では経験してません。「マッカーサーの犯罪」を書いた西鋭夫氏が米国留学体験を語っていて、とくに英語に関してナルホドと感じました。教授が予習すべき本を挙げ、次回学生達の討論。西さん全く付いて行けず沈黙。所がレポート提出では、米人学生よりも文法・単語の綴りが正確で素晴しい文章を書き、教授に「西、こんな立派な英語を書くのになんで喋らんのか」と言わしめたとか。どの位経ったか、忘れましたが、ある日　西さん討論に突如参加、米人学生を圧倒（このクダリには私不覚にも落涙）。一同、仰天。「西、何があったんだぁ」。彼曰く、ある日突然、頭の中で脳の何処かと何処かの配線がスーッと繫がったのだと。私の様なゼロからの jazz入門者にヒントは無いかとこのページを読んでました。有難う御座います、有りました。上手い下手を気にせず、ジャス語を歌い続ける事ですね。文法であるコードまたその他に就いての本をつい　読みますが、此れがいつの日か脳の何処かで配線が繫がり、怒涛の如くアドリブソロ。てな具合には・・・行かないもんでしょうか。夢のなかででも良いからソロ弾きたいんです。 吉村満09/10/7

英語がダメ、と村尾さんに2度ほど言われて、どのへんかなと自分なりに考えていました。多分、thの発音とか語尾の発音がいい加減なところとか、イントネーションかな、と思っていたのです。

子音の発音、それに、もっともっと深いことでしたね。ありがとうございました。話すチャンスはほとんどありませんので、もっと英語を聴くように心がけます。10/27/09岩橋百合</description>
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         <pubDate>Thu, 23 Oct 2008 13:40:33 +0900</pubDate>
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         <title>発声研究 1 序</title>
         <description><![CDATA[はじめに

僕は呼吸や発声を教えていますが、もうこういうことをはじめてから30年近くたちます。呼吸を教えるというのは難しいですね。発声の勉強も難しいことですけど、呼吸さえ良ければ発声なんて自然についてくるものですから、発声は本来そう悩むことではないんです。呼吸さえ良ければいいわけです。ところが呼吸さえ良ければといっても、それがなかなかどうして簡単にはいきません。太極拳の全国優勝の名人は「コツは何ですか？」と訊かれて「呼吸ですね」と答えていましたし、ヨガの神髄も一にも二にも呼吸だと言われますね。昔、将棋の順位戦でA級まで昇った広津八段という方が、将棋盤の上に歩を一枚逆さに立てて、その上に王様を横に平らに載せて、さらにその上にもう一枚の王様を載せ、あと二枚ずつの飛車角から四枚の金銀と上へと積んでいき、そうやって40枚の全将棋駒を積み上げるという、たいへんな芸当を見せていました。将棋界でもこれができるのは広津八段ただ一人でしたが、その「極意は何なんですか？」とたしかNHKのアナウンサーに訊かれて、彼も「呼吸ですね」と答えていましたね。たしかに呼吸が乱れれば、自分の吐息で将棋の駒は崩れ落ちてしまって、とても最後の駒までいかないでしょう。呼吸、呼吸、ああ呼吸。でも呼吸なんてみんな生れてからただやってきているわけだし、悪いなんて言われたって、どうしようもないですよね。でもそれが悪い人は悪いわけです。じつを言うと赤ん坊の時はみんな腹式呼吸で、悪くないんですけど、三、四歳ころから親や周囲の人の悪い呼吸を真似たり、抑圧された環境などの影響をうけて、腹式呼吸を忘れていくんですね。そして気がつくと胸式呼吸になっているというわけです。では生来の腹式呼吸を胸式呼吸にしてしまう、その真犯人とはいったいなんなんでしょう？　それは文化なんです。

発声研究 1 序

呼吸についての学問や研究はかなり多くなされてきているが、それでいて、案外その成果は豊かなものとは言えないようだ。 なぜそうかというと、その簡単な説明としては、呼吸が生命体のなかのもっとも生きている部分だからだと言えばいいだろう。 言いかえれば、もっとも生命の神秘ないしはその真髄に近い部分だから、とでも言うしかない。もちろん生命体の各部分はすべて生きているから、この説明はとくに素晴らしいとは言えないが、かかとも髪の毛も皮膚や爪やイボもやはり生きているか ら、そういうものと較べてみれば、呼吸や血液の循環に従事している器官がより活き活きと生きているという意味は、だれでも理解できることと思う。それは、かかとも髪の毛も皮膚や爪やイボもない小さく単純な生物も呼吸と血液循環の器官だけは最低限そなえているという事実をあげれば、さらによく理解できるだろう。つまり生命体にとってもっとも基本的な営為であるから、判りにくいということになる。

しかし成果が豊かでないのならなおさらのこと、呼吸についての学問や研究はなされなければならないことになる。それも正確で深くひろい研究が早くなされなければならない。従ってこの本が「発声研究」という名であるにもかかわらず、発声よりも呼吸に主眼をおき、その点に多く頁をさいていくことになることをまずは最初に断っておきたい。もちろん発声について触れないわけではない。声を出すのはだれでもやることだから、呼吸に関連して研究していて発声について触れないというこ とはありえない。ただ「発声」という言葉には二つの意味があって、たんに普通の人間が声を出す意味での発声と、音楽上の声を出す専門技術としての発声と、ふつうは両様に使われる。この二つの意味の「発声」はまったく違うとも言え、たいてい の発声専門家はそういう立場をとる。私は少し違って、この二つの発声はまったく同じではないけれども、そう大きくは違わないという考えかたに立ちたい。もちろん私はこの両方の発声について触れることになるが、後者の意味の発声については、 他の発声研究書にくらべれば、この本で私はあまり多く触れないだろう。

その理由の一つは、呼吸と前者の意味の発声こそが人間にとっての最重要課題であって、この本はその最重要課題を扱うか らである。そして後者の意味の発声とは、これらの最重要課題がある程度解決されたあとに、考えればいい問題だからでもあ る。そしてもう一つの理由は、後者の意味の発声に関してはイタリーやドイツの発声の先進国で過去に多くの重厚な書物が出されていて、もちろんそういうものの幾ばくかは邦訳もされていて、率直に言えば私がいまさらそういう発声についていい加 減なことを言う必要はさらさらないからである。

ただ発声ではなく、呼吸に関しては、「まったくべつの問題である」と言っておこう。というのは、たとえばイタリーやド イツなどの発声、歌唱の先進国では全国民的に呼吸がよく、あちらの発声の本には呼吸に関する言及が驚くほど少ない、とい う事情があげられる。なかには呼吸に関してほとんどなにも言及せずにすましている発声の本もある。だから、ヨーロッパは全体に呼吸がよすぎるために逆にあまり呼吸に関心をもっていない、とすら言えなくはない。反対に、東洋ではヨーロッパの 国ぐにに較べれば呼吸がわるいために、あるいは少なくとも呼吸になんらかの問題があるために、むしろ呼吸に関してひろく人びとに関心が高いと言っていいかもしれない。ヨガや太極拳などは明らかに最良の呼吸法を身につけることを最終目的とし ているし、ひろい意味では東洋の武道や宗教はすべて呼吸法修得を大前提としている、と考えて間違いない。

では東洋では呼吸に関する研究がさかんかというと必ずしもそうでもない。たいていは武道や宗教とむすびついて抽象的な 修業論や精神論かなにかにすり替えられてしまい、具体的で科学的な呼吸の学問として、あるいは学問でなくとも方法論とし て、結晶しているとはどうも言いがたいのである。もともと東洋のわれわれは呼吸がよくないのだから、それもある意味では 仕方のないことかもしれない。呼吸に関心が高いといっても、修業論であれ、精神論、学問、方法論なんであれ、そういうも のが実効あるものになっていたのなら、われわれの呼吸はヨーロッパ人のそれに匹敵するかあるいはそれよりもすぐれたもの にすらなっていたはずだ。ところがそうはなっていなくて、東洋人の呼吸は依然として西洋人の呼吸に遅れをとっている。こう言いきってしまうことには問題があるが、ここではこの少々乱暴な東西比較論を許してもらって、先に進ませてもらおう。

というわけで具体的な科学としての呼吸の学問は、ヨーロッパでも東洋でもそれぞれ独自の理由によって、あるいはそれぞれにとってかなり皮肉な理由によって、結局ほとんどなにもできあがっていないのである。ヨーロッパの発声の本のなかには恐ろしいほど緻密に細やかに声の共鳴について論じているもの（先にふれた音楽的発声の本）があるが、あれは呼吸ができあ がっている、呼吸の問題が解決されているという前提のうえで成り立つ論であって、言うなればすべてが呼吸以後の問題なの である。アメリカの声楽家リーザ・ローマは「・・・正しい呼吸法こそ科学的歌唱法の95パーセントを占める重要な要素であ る・・・」(注1)と述べているが、これには私もまったく賛成だ。が発声のなかで呼吸が95パ ーセントの比重をしめるということは、けして世界のどこでも確と認識されているわけではない。

注1《発声の科学と技法The Science and Art of Singing》リーザ・ローマ著、鈴木佐太郎訳、音楽之友社、1966年



さてここで言う呼吸とはもちろん腹式呼吸のことであって、ほかのなにものでもない。だから腹式呼吸さえ身につければ発声の問題は95パーセントが解決したと考えていいわけである。あとの5パーセントの高度な共鳴論など習おうと習うまいと好きずきだと、そんなふうに考えて一向にかまわないと私は思っている。クラシックの声楽家になるのならその5パーセントを徹底的にやらなければならないが、そうでないのなら5パーセントなどまったく気にする必要はない。が日本の発声の本には、欧米の声学や発声学の受け売りで、くどくどと高度な共鳴論を展開しているものがかなり多くある。と言うよりも、日本では、声楽を勉強する人は、呼吸の勉強などそっちのけで高度な共鳴論に引きずられ振りまわされ、ついには腹式呼吸すら手に入れることなく終わるという悲惨な結果になる人も非常に多い。それは、そういう高度な共鳴論が、欧米と違って日本人の呼吸の水準が低いために、おおむねなんの役にも立たないからだ。必要なのは呼吸の勉強であり、それも高次元の精神論ではなく低次元で具体的な腹式呼吸修得の術なのである。

私は、音楽学校出だが腹式呼吸ができないという生徒を、実際にいままでに何人か教えてきた。私の経験では、巷のジャズ学校や歌唱教室などに習いにくる生徒の腹式呼吸ができる度合いというのは、多分1割ていどではないかと思う。そしてこの1割という腹式呼吸度は日本人全国民の腹式呼吸度でもあるかもしれない。まあこの数字はもう少し譲歩して、 1-2割と言っておくべきかもしれない。また音楽学校で声楽を習う生徒の腹式呼吸度はそれよりいくらか高いかもしれないが、それでもせいぜい2割ていどだろう。そして彼らが声楽科を卒業しても、その腹式呼吸度は、つぶさに調査したわけではないけれども、多分3割になるかならないかといったところだと思う。こういう現状にある日本人にとって本当に必要なのはなにかというと、もちろん腹式呼吸の修得術であって、高度な共鳴論、発声論ではない。

国民全体の腹式呼吸度なるものが低いということは、生徒の質の悪さだけでなく先生の質の悪さをも招来してしまうが、それは仕方がないことである。先生のなかにも腹式呼吸ができない人が結構いるし、たとえ腹式呼吸ができても、腹式呼吸を教えるとなるとまたこれが非常に難しいので、当てずっぽでいい加減なことを教える教師も少なくない。ほとんど腹式呼吸ができない生徒ばかりの教室で、高尚な共鳴論や重箱の隅をほじくる博識を披露することにかまけるとか、空気を吸ったとき腹がふくれるべきではなく横っ腹や背中がふくれるのが正しいと教えるとか、声の焦点を額のまえのほうで結ばせろとか肛門から脳天まで線をつきとおすようになどと教える人、骨や筋肉は太く長いほど発声に有利だと乱暴なことを言う先生もいれば、肛門をしめろなどと無理なことを生徒に強いる人もいる。もちろん歌手でも腹式呼吸ができない人が多くいる。なにしろ民族全体の腹式呼吸度が低いのだから、これも仕方のないことだ。

ただ腹式呼吸ができない歌手というのは日本だけでなく世界のどこにもいるもので、腹式呼吸について考えはじめれば、ちょっと見よりもはるかに複雑でややこしい問題にふみこんでしまうことを覚悟しなければならない。腹式呼吸ができない歌手は、日本にはもちろん、アメリカのポップ歌手、ジャズ歌手にもいるし、ヨーロッパのシャンソン歌手にも、クラシック歌手にもいるし、アナウンサーにもやはりいる。驚くべきことだがそうなのである。そしてそういう歌手やアナウンサーがまた非常に有名で成功している人だったりする。だからそれが呼吸の問題の難しさであり、ある意味では、歌唱やアナウンス業と呼吸の問題はまた少しべつの問題だということも、深く念頭においておかなければならない。

さてここでは問題をひろげすぎないようにして、まずこの本の全体の構成について触れておこう。最初に、1、2巻で純粋に呼吸について焦点をしぼって考えを進めていきたい。1巻では呼吸の原理、論理について考え、2巻では腹式呼吸の修得、訓練について書いていく。その過程の随所で声楽的発声や共鳴についても考えるが、この点はヨーロッパの専門書に詳しいし、クラシックの声楽家になるのでなければそれほど必要ないと私は考えるから、普通の人に必要な発声と共鳴について考えるにとどめておきたい。そしてつぎは3巻で歌唱へと進んでいき、実際の古今の有名な歌手の発声に触れて、呼吸の善し悪しと歌や声との関連をレコードなどをとおして耳で把握する勉強をしたい。とにかく発声はこの本の主題であり、呼吸、共鳴、歌唱などどれを考えていても、やはり発声が主題であることには変りない。それから、いままでの呼吸、発声の本がまったく触れようとしなかった点として、管楽器吹奏と呼吸の問題について4巻で考える。管楽器の吹奏法は呼吸に関する問題のなかで、重要さにおいてなんら劣るわけではないので、絶対に欠かすわけにはいかない。そしてこれは発声や吹奏という人間の表現行為と呼吸との関連に、新たな視点を当てることになるだろう。さらにそのあとに、最後になるが、呼吸と文化について、発声と文化について考える。おおざっぱに分ければ、この本《発声研究》は1=呼吸、 2=訓練と発声、3=歌唱、4=楽器吹奏、5=文化の五つに視点を分けて考えを進めていくが、最初に断ったように、発声の本であるものの、これはとくに呼吸について重点を置いている発声の研究書だということを、もう一度ここで明記しておきたい。

1　腹式呼吸と胸式呼吸

さて腹式呼吸とはなにかという問題から入っていこう。結論から先に言えば、腹式呼吸とは横隔膜と腹筋でする呼吸である。なぜ結論からさきに言うかというと、ほかに言いようがないし、とくに前提だとか条件といったものもないのだ。結論にたどりつく前にいろいろな前段階の理論とか事実とかがあるわけでもないし、そういったものを組たてて最後に�腹式呼吸�という結論に達するというわけでもないのだ。腹式呼吸がじつは横隔膜呼吸で、胸式呼吸が肋間筋などの胸の筋肉でする呼吸だというようなことは、多くの解説書、理論書で述べてられてきた。が正確には、腹式呼吸は腹筋と横隔膜でする呼吸であり、胸式呼吸はそれ以外の（おもに胸の筋肉だが）筋肉を代用してやる呼吸だと言えば、いいかと思う。

腹式呼吸とは腹筋と横隔膜で肺の下部を上下にうごかす呼吸である。上下とは、腹部から頭部にむけてとその逆の、からだのなかの上下ということだ。哺乳動物の場合も腹式呼吸の原理はまったく同じであって、やはり腹部から頭部にむけてとその逆の方向へと、上下にうごくわけである。動物の四つ足歩行の姿勢ならこれが前後になるが、ここでは腹部から頭部にむけてとその逆のうごきを、すべて姿勢に関係なく�上下�とみなして話しをすすめていく。つぎに胸式呼吸は、おおざっぱに言えば肺を上下ではなく前後にうごかす呼吸で、さらに肩や鎖骨を上げて肺の上部を上にもふくらまそうとする呼吸である。ただしこの肺の前後のうごきも鎖骨や肩のうごきも人によってかなり異なり、そのうごきの厳密な定義はしにくい、ということはとくに頭に入れておいてほしい。簡単に言えば、腹式呼吸は肺の下部（に重点をおく）呼吸で、胸式呼吸は肺の上部（に重点をおく）呼吸という言い方ができるかもしれない。もちろん空気を大量にとり入れようとすれば、どちらの呼吸もできるだけ肺の全体を使おうとするのは同じだ。

そしてさらに、腹式呼吸は肺の下部の上下のうごきであり、胸式呼吸は肺の上部の前後のうごきである、という言いかたも可能だ。腹式呼吸は肺の下部の上下のうごきが主体だが、肋骨が前で割れていて肺の下部は左右と前にもふくらむことができるから、いくらか前にも左右にもふくらむと定義するともっと正確になる。一方、肺の上部は肋骨や鎖骨や肩で囲まれていて上や左右に大きくふくらむことが難しく、もちろんうしろの背中側にも肋骨や背骨があり、大きなふくらみは望めない。が肋骨の前方へのうごきはやや自由があるので、胸式呼吸は肺を前方へふくらませる、と定義することができる。また肩や鎖骨を上げれば上へもいくらかふくらむので、胸式呼吸にはそういう動きも加わる。この肺を前方にふくらませるうごきは、腹式呼吸で生活している人にはできない人もいる（かくいう私もその一人だ）。それから胸式呼吸では、一般に肺のうごき（肺には自前の筋肉がないので正確には肺をうごかす筋肉のうごきということになるが）は、各人各様ぐらいにみな細かなところでは異なるものなのだ。だから胸式呼吸の場合に肺を左右後方よりも前方にうごかしやすいと言っても、その度合いは人によって違うし、うごく場所も胸の真ん中だったり両翼だったりと、これも人によって少しずつ異なる。

全体に、腹式呼吸のほうが合理的なので（その理由はこれから述べる）そのかたちははっきりしていて定義しやすいが、胸式呼吸はそれ自体がきわめて不合理なので、その亜種や擬似的なものがすこぶる多く、ときには判断に苦しむほど奇怪なかたちもある。奇怪などと言うと、人の呼吸がまさか、と思う人もいるかもしれないが、じっさいそうなのである。従って、ある意味では、胸式呼吸の定義はあまり細かに厳密にやっても意味がないとすら言える。むしろ胸式呼吸とは胸の上部でする定型がない呼吸とでも言ったほうが正しいと思う。まあここでは、腹式呼吸は肺の下部の前後、左右、下への拡張で、胸式呼吸は肺の上部の前と上への拡張だと定義して、つぎへすすもう。

2　呼吸のための筋肉＝横隔膜

では肺をうごかす筋肉について考えてみよう。肺自体にはそれ自身をうごかすための筋肉がない。どうしてないのか不思議なことだが、とにかくそうなのである。これは、心臓や胃のような臓器はうごきが特殊なせいもあって、造物主がやむをえず筋肉をつけたが、肺をうごかすためにはかなり大きな力を必要とするので外部の運動のための筋肉で代替しようとの、生物体のなかの経済性、合理性の論理のしからしむるところではないかと、私は思っている。肺をうごかす筋肉は大きく分けて二種類あり、横隔膜（厚さ一センチくらいの膜状のもので筋肉と腱でできている）とその下にあってやや間接的に肺に働きかける腹筋群とがその一方で、他方は肋骨から喉頭にかけての胸筋などの諸筋肉群である。しかし厳密には、前者が呼吸の動力源としての筋肉であり、後者はたんに補助としての意味しか担っていない。こういうと胸式呼吸の人から喧々囂々の抗議をうけそうだが、私はこういうふうに考えている。そもそも内外肋間筋は、内肋間筋が呼気を、外肋間筋が吸気を担当して活動はしているが、それは肺の動力源としてではなく、あくまで肋骨を縮めたり拡げたりする補助の仕事としてうごいているのだ。腹式呼吸の人でも内外肋間筋はうごかしているが、それは、腹筋と横隔膜による呼吸を助けて、空気を入れる場所をつくるために、肋骨を（ということは肺を）ひろげる仕事をしているのである。しかしそれはほんの軽い仕事で、そういう使い方をしているかぎり、内外肋間筋はとくに疲れないし痛むこともない。しかし胸式呼吸をやって内外肋間筋を酷使しつづけている人は、慢性的に内外肋間筋が疲労していて、ひどい人は外肋間筋を指で突っつくと苦痛で顔をゆがめる人もいる。二十代の男性の私の生徒の一人は私がこれをやるととても痛がり、あるとき彼が仲間の若者たちにこれをやったら、みな痛がり、しつこくみなでやりっこしていたらあげくは一人が怒りだしたと言っていた。これはとくに激痛ではないものの、厭な痛みを伴うもののようだ。

ほとんどの哺乳動物と多くの人間は横隔膜と腹筋を呼吸の動力の筋肉にしていて、胸の筋肉（内外肋間筋ほか）を動力筋肉として使っているのはおそらく 1-3割くらいの人間のみと思われる。胸の筋肉で呼吸している人間の正確な割合は、正直なところ、私にも判らない。たぶん全地球上の人間の2割前後というところだろう。哺乳動物の呼吸を観察してみるとわかるが、必ずといっていいほど腹式呼吸をしていて、おそらく百パーセント近くが腹式呼吸をしていると思われる。その理由にはあまり深入りできないが、神がそのようにお創りになったとでも言うしかない。爬虫類の時代には横隔膜がなく胸呼吸をしていたから（そしてそれは爬虫類が滅びた理由の一つかもしれないし、隕石落下はそのきっかけにすぎなかったかもしれない）、哺乳類への進化とともに、より合理的な腹式呼吸を身につけるにいたったのだろう。爬虫類の体格や造りは哺乳類のそれとはかなり違っているから、その呼吸筋を胸筋と呼ぶのは無理があるかもしれず、厳密にはその呼吸を胸呼吸と言えるかどうかも判らない。ここでも、胸呼吸とは、腹筋と横隔膜でやる腹式呼吸以外のものと、解釈してほしい。結局、推論でしかないとしても、哺乳類は、地球上に現れて以来すべて腹式呼吸でやってきたということになるだろう。ただ人間のみが、直立して二足歩行をはじめてから腹式呼吸ができない種類（つまり現代人の一部だが）をうみだしてしまったのだ。

どうして直立二足歩行が腹式呼吸をできない人間をつくってしまったのかは、かなり難しくこみいった問題である。それは動物の進化とも重要な関係をもっている。動物の進化の歴史のなかでは、とくに哺乳動物にとって、頭の重さがいつも悩みの種だったと言えるだろう。ライオンやチーターのような狩猟動物は、進化の過程で歯の強さか脚の速さかの選択を迫られることになった。脚の速さを選べば頭を軽くせねばならず、頭を軽くするということは顎を小さくつまり歯を小さく弱くするということを意味し、そういう種は脚は速いがあまり強くなく小さな獲物しかとれない種になっていった。それはチーターが選んだ道だ。ライオンは強い武器となる大きな歯を選び、それは大きな顎と重い頭を意味し、結果として遅い脚を意味した。ライオンは強いが脚が遅く、群で生活して共同で狩りをして、その欠点をおぎなって生きつづけてきた。そうやってそれぞれの動物は種としての長所を伸ばしながら、存続し生きのび、また自然界のなかをいろいろな種と住み分けてきたわけだ。ただし呼吸に関してはどの種もほぼ同じで、いずれも前脚は歩く、走る、頭の重さをささえるという大きな負荷を課せられ、肩、胸、首、鎖骨などの前脚の周辺の筋肉や腱はそれにかかりきりで、呼吸のためにエネルギーを費やす余裕を与えられなかった。だから横隔膜が呼吸の仕事を担当し腹式呼吸をするようになっていった、あるいはそういう選択を余儀なくされたと言えるだろう。だが人間が直立したことによって、前脚は歩く走る行為から解放され、頭の重さからも解放されることになった。人間は手で道具を使いはじめ、道具でものを切ったりすることができるようになって、歯を小さくしていくことも可能になった。また脊髄と背筋などが頭の重さを真下から支えるようになってもっと重い負荷にも耐えられるようになり、脳味噌の量を大幅に増やすことができたわけである。

だから呼吸は依然として横隔膜が担当していてなんの問題もないはずだった。しかしどういうわけかその直立二足歩行のために、逆に横隔膜が使えない人間が出てきてしまった。それはいかにも皮肉なことだった。手が解放されたのは素晴らしいことだったが、肩、胸、首、鎖骨の周辺の筋肉や腱は歩き走ることや頭部の重量を支える大変な仕事から解放されたために、なにかしていなければ落ちつかないとでもいいたげに、今度は発声や呼吸にかかりあうようになり、いわば容喙し口出しするようになってしまったわけだ。横隔膜以外の筋肉で呼吸すること、つまり胸式呼吸だが、胸の周辺の筋肉で呼吸することは、人間が直立したために支払った最大のつけ、代価だったと言えるかもしれない。胸式呼吸をするのはほんの2割前後の人間にすぎないが、やはりこれは大きなたいへん高い代価だったと言えるだろう。人間は人間になることによって多くのものを失った、あるいは人間であることを選ぶ代償としていくつかのものを捨てざるを得なかった。人間の手や脚の筋力は猿やゴリラと較べれば6分の1か7分の1くらいに減ってしまい、人間は木から木へ飛び移ることなどできなくなってしまった。歯も動物とは較べものにならないほど貧弱なものになってしまった。このように人間が直立して文明化したとともに失ったものはいくつかあるが、呼吸の問題はなんといっても一番大きな代価であり、まったくもって皮肉な結果だった。もちろんこれらの推論は私の想像であり創造でしかないが、一応こんなふうに解釈することが可能だ。

哺乳動物への進化とともに手に入れたこの横隔膜はまず第一に呼吸筋だが、同時に胃や肝臓以下の内蔵群と肺との隔壁でもあり、人間の場合はラグビーやサッカーや格闘技などで速く走ったり体当たりをしたりするときに内蔵を押さえつけて安定させる（内蔵が踊ってしまうことをさける）役目をもっている。というか、それよりも本来は、動物が走ったり素早く方向を変えたり、あるいは木からぶらさがる猿のように逆さになったり、といったからだの俊敏なうごきを、内蔵を保護し安定させて可能にしたわけである。また排便やお産のときに下方に圧力をかける動力として働くし、専門家の意見では、まだほかにも内蔵の静脈血をよく絞り出すとか心臓を上下にうごかして運動させその血流を活発にするなどの機能があるようだ。呼吸は自律神経によって操縦され営まれているから、もちろん呼吸の主役である横隔膜は自律神経の安定ともとりわけ密接な関係をもっている。横隔膜の機能は非常に多くしかも重要なものばかりで、その正確な全体像はまだつかめていないと言ったほうが正しい。横隔膜に関しては、発声や声楽の先生はおろか医者ですらろくに知らない人が多いが、判りにくいものだからある意味ではそれも仕方がないのだろう。その重要さは昔の人が横隔膜を<第二の心臓>と呼んだことからも判るが、とにかく奥行きの深いはかり知れないものがある筋肉である。



bass上達に呼吸術が絡むと思い込み、古武術の本を読み、その感を強めました。虚無僧尺八の密息と言う呼吸法に目が止りました。古来日本人はこの呼吸法を自然と身に付けてた由。和服しか着ない人は帯を緊くせずとも着崩れないと申します。これは腹圧と帯で着物を内外から固定するからだと思いました。この為には横隔膜は下がっていなければいけません。この状態は精神集中に良いのでは。天正少年使節団や岩倉具視の欧州使節団も白人の前では物怖じせず堂々たる様子だった由。ザビエルも日本人のそんな様子に感銘したと読んだ事あります。白人は表層筋が立派です、故に横隔膜の助けは不要なのかも。ブレスはブレスト、ブラジャーなどと音が近く、胸と呼吸の関係が深いのか？ヨーロッパの言葉に詳しければ掘り下げられるのですが。　金鎚の僕は呼吸が上手になったトタン千、２千と長距離が幾らでも楽に泳げる様に成りました。コツはしっかりと吐く事です、その反動？で吸気は瞬時に意識せずとも入って来ました。これは五輪選手のアドバイスでしたが。３年程前のTVに遠藤郁子さんが着物で出演、ヨーロッパ生活で体調崩してから、全てを和式に変え、今はショパンが上手く弾けると語ってました。これも呼吸に関係あったのかなと感じました。「呼吸」。奥が深いことは確かです。村尾さんの話が面白いので、迷い込んだまま当分出られません。吉村満09/10/7]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">呼吸発声</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 13 Jun 2007 14:10:31 +0900</pubDate>
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         <title>村尾陸男演奏スケジュール</title>
         <description>村尾陸男演奏スケジュール　2010/8--10月

村尾陸男のファーラウト以外の出演スケジュールを掲示しておきます。ファーラウトに関してはファーラウトHPの演奏スケジュール欄を参照してください。ファーラウトのリクソロや&quot;すべらんトーク&quot;は例外でこの欄にも掲示します。

9月9日（木） 8pm
銀座ぶしょん 03-5537-6031
銀座5丁目松坂屋裏
村尾陸男(p,vo)弾き語りソロです。

9月14日（火）
阿佐ヶ谷マンハタン 03-3336-7961
東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-2-7喜楽ビル3F
http://www.ateliermw.com/manhattan/index.html
松岡恭子(vo)
村尾陸男(p,vo)
光田将也(b)

9月15日（水）7:30pm 1000円女性800円
関内ファーラウト 045-226-2278
231-0027横浜市中区扇町1-1-25キンガビ2Ｆ
faroutjazz@ybb.ne.jp 　info@jazz-farout.jp
村尾陸男(p,vo)
弾き語りソロです。

10月4日（月）8pm
川崎ピアニシモ 044-222-8422
藤倉めぐみ(vo)
村尾陸男(p)

11月4日（木）Organ Jazz 倶楽部
中野区沼袋1-34-4 B1F TEL : 03-3388-2040
西武新宿線高田馬場より各駅停車利用4つ目沼袋駅北口より徒歩20秒 距離100m
http://www.organjazzclub.org/
藤倉メグミ(vo)
村尾陸男(p,vo)
光田将也(b)

11月9日（火）
阿佐ヶ谷マンハタン 03-3336-7961
東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-2-7喜楽ビル3F
http://www.ateliermw.com/manhattan/index.html
小泉ちよ(vo)
村尾陸男(p,vo)
光田将也(b)

----------------------------------------------------
/（木）湯島カスター　03-3836-1841
〒113-0034 東京都台東区湯島3-35-10ソシアル広小路ビル7階　http://www.custer.jp/
かおり(vo)
村尾陸男(p,vo)
光田将也(b)

月日（金）Jazz Inn L-5　池袋
豊島区東池袋1-23-13第一岡村ビルB1
電話 03-3981-8787
http://jazzinnlfive.blog113.fc2.com/
村尾陸男(p,vo)


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         <link>http://www.jazz-farout.jp/murao_rikuo/2007/05/post_10.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">スケジュール</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:28:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>マーニ・ニクソンの自伝から！</title>
         <description>　マーニ・ニクソンの自伝は09年6月にネットで見つけ、アメリカから取り寄せて買いました。面白かったので、夏頃あっという間に読んでしまいましたが、そのなかにとくに忘れられない一節がありました。

　それで先日その部分を、12月1日&quot;なおことリクのジャズ放談&quot;の日と6日&quot;オーディション10&quot;の日にファーラウトでお客さん方に読み上げてみました。とても評判が良かったので、ここに掲載しておきます。マーニは1965年秋にピアニストのリバラーチェとラスヴェガスのホテルに出演し、そのときのことを彼女は語っています。


　リバラーチェの客は主に中年のご婦人たちで、彼女たちはたいていは一緒に旦那さんたちも連れてきました。当然ですが彼女たちの年齢は年々増えていきました。彼は平均的なご婦人方の感性をうまくつかむのが得意でしたし、自分のイメージが彼女たちにどう写っているかということを感じとる本能と、最高にドラマティックにそれを演じる聡明さをもちあわせていました。彼はときにはママに認められたがっている少年みたいに見えたもんです。彼もそうだったように、全人生をほとんど観客の前で過ごしていると、私的な自分自身という部分はなくなってしまうのかもしれないですね。彼はステイジの上の自分のイメージになっていき、個人的な生活があることを外の世界には否定していきました。こういう姿勢から1960年に同性愛をほのめかした新聞を訴え、彼は勝訴しました。でもそれから何年もあとに彼が亡くなって、その生活が暴露されると、新聞社は彼の遺産管財人に訴え返し、勝訴しました。

-----とてもハンサムで、いつも最高にめかしこんでステイジに出てきてピアノを弾いていましたが、リバラーチェはホモだったようです。1919 年生れで、1987にエイズがはやったときにやはりそれにかかって亡くなりました。そのニューズは当時日本にも伝わってきました。（村尾注、以下同）

　しかしリバラーチェが私にしてくれた話しは、劇場での演奏者、演技者たちの自我が現実と演技との境界線をぼかしてしまうということについて、いつも私に考えさせました。彼は若いとき偉大な歌手ヘレン・モーガンの伴奏をしていたんです。ヘレンはピアノの上に腰掛けて歌うのと、ソプラノの素敵な声で涙に濡れたバラードを歌うので有名でした。1927年にミュージカル【ショウボウト】のなかでジュリーの役を作り上げましたし、彼女は1936年の映画版でもそれを演じましたけど、アルコール中毒で若くして悲劇的な死を遂げました。その歌手生活の終わりごろのあるとき、彼女とリバラーチェはミルウォーキーのあるクラブに出演していたんです。
　「He&apos;s just my Bill...an ordinary guy. あれが私のビル。ただの普通の男よ」

-----これはその中の Bill という曲で、不朽の名作と言っていいような曲です。ヘレン・モーガンの Bill は大変有名になり、1950年から60年ごろには、レコード・マニアの垂涎の的になっていました。僕は1962年くらしでしたか、それが日本でEP盤で発売されたことがあり、それを買いに行き、どういうわけか今でもそれを持っています。またHelen Morgan Storyという映画も（邦題は忘れましたが）来ました。それは今でも検索すれば出てくるかもしれません。

　そして毎晩彼はヘレンの伴奏をしていて涙をこぼして泣きました。でもしばらくして彼はそういう自分を恥ずかしく思い、この曲をやるときは気持ちと涙を抑えようと自分のなかで決心したんです。とうとうある晩、彼は自分の感情を抑えることに成功し、ポーカーフェイスでピアノを弾くことができたんです。ショウのあとステイジ裏に下がると、苛ついたヘレンが彼のところに急いできて、「なぜ泣くのをやめたの？　いったいなにをしようってわけ？　私のショウをぶち壊す気？」とどなったんです。
　私はこのことが忘れられなくなり、それ以来ステイジの上で気持ちをはき出して泣くことを恐れないようになりました。これは私にとってもとても役に立ちました。のちの1990年代にミュージカル【ジェイムズ・ジョイスの死者】で合図に会わせて二年間私は泣き続けたもんです。
　西部の大きな劇場のいくつかで演奏したあと、私たちはラスヴェガスに出演しました。なんて言ったらいいんでしょう？　それは月で演奏するような奇妙な感じでした。
　私たちはリヴィエラ・ホテルのヴェルサイユ・ルームに出たんです。リヴィエラは、50年間もテイブルとスロットマシーンでみんなのお金を巻き上げてきたのに、まだ健在でした。最近ではリヴィエラは大きなショウを手がけるようになりましたね。半裸かときには全裸の女性たちを出して、大仕掛けのビックリするようなショウを見せています。でもその頃はヴェガスはスペシャルのSがつくようなスターを出していて、リバラーチェはその主要メンバーの一人でした。
　あのころはどの大きなホテルもトップクラスのスターを一人、二人出演させていました。私たちが出ていた1965年の秋にも、ディーン・マーティンがサンズに、メル・トーメがトロピカーナに、ゴードン・マクレエとシーラ・マクレエがフラミンゴに、コニー・フランシスがサハラに出ていました。そしてこれらは大会場でやっていて、こぢんまりとして入りやすい小さいラウンジではトランペッターでバンド・リーダーのハリー・ジェイムズや、歌手のデラ・リーズ、お笑いのシェキー・グリーンらが出てました。それからその後に来る予定になっていた人たちは、トニー・ベネット、ドナルド・オコナー、ヴィッキー・カー、ケイ・スターなどまだまだたくさんです。黄金時代のラスヴェガスはそんなふうでしたね。
　私たちは一晩に2ステイジを短い休憩を挟んでやりました。彼はバーブラ・ストライザンドとやっていたのと同じように、観客の期待を高めるためにも、とても派手に私を紹介してくれたもんです。
　「さあさあ、やってきましたよ、最高のスターたちの影武者歌手、ミス・マーニ・ニクソンです」
　そうやって私を紹介したあとも、よく彼はステイジに残ってさらに客をあおり立てました。私がMy Fair Ladyからの曲を集めてやるときは、彼はこう言います。
　「さて、イーライザ、今日は母音の練習をしたんだろうね？　なにか私に聴かせておくれ！」
　そこで私が [Rain in Spain] のなかから適当に言葉を拾って言います。すると彼は喜びいさんで観客の方に向きこう言うんです、「I think she&apos;s got it! I think she&apos;s got it! やったね、できたよ、この子はできたじゃないか！」と。

-----リバラーチェが言ったこのセリフはいずれも My Fair Lady のなかのDolittle博士がすれっからしのイーライザに言う言葉。

　それから私が歌うために舞台をゆだね　てくれます。ときには私の歌が終わると、また戻ってきて私自身としてのマーニに話しかけてくれることもありました。
　「マーニ、ところでああいう曲を歌って、自分の声がスクリーンの違う人の口から出てくるのを聴くのはどんな気持ちなんだい？」
　そういうとき私は笑わせたりふざけたりせずに、できるだけ正直に答えたもんです。でも私が細ごまとしたことを話しすぎたりすると、彼は巧妙にさりげなく私を引き戻してくれました。彼は私たちがなによりもエンターテイナーであり、真面目で直接的な答えを望んではいても、まず私たちが観客に受けるほうが先だということをよく判っていました。観客はこういう即興のインタヴュー的会話をいつも大好きなものです。こういうときの後に、ステイジの裏で彼は私の言った面白い話しや言葉を思い出させてくれましたし、それによって次のショウのレパートリィになにか手を加えたりもしました。なにもかも、ホントに素晴らしく楽しい時間でした。こういうふうになにが効果的かをつねに計りながら、即興でショウを作っていく彼の姿勢は、のちに私がいろいろなエンターテイナーと仕事をするときにとても役に立ちましたね。今日でも私はそれにたいへん助けられています。ステイジ上のどんな状況にも敏感に反応する気持ちを持つということは、最良のエンターテイナーでも計算ずくの展開で自然さを失なってしまうことがありますから、そんな事態を救ってくれるんです。
　ショウのあいだの休憩では、空調がのどをカラカラにしてしまうので、私は更衣室の外に出なければなりませんでした。こういう経験は私だけじゃありません。歌手たちはみな&quot;ヴェガスのど&quot;と呼んでいました。砂漠の熱とひっきりなしの空調は声を出すものにとってはひどく有害でした。
　ラスヴェガスのある晩、ショウのあいだの休憩に彼は更衣室に私を呼び、手を取って私の目を真っ直ぐに見すえて話し始めました。まもなく彼は南部をワンナイト・スタンドの仕事で回る予定で、私に一緒に行ってくれと言うんです。それはかなりきつい仕事で、ラスヴェガスや私たちがやり慣れている大きな劇場の便利さは望めないと彼は言いました。でも同時にとても楽しいから、ぜひ一緒に来てくれとも言いました。それでそれまで聞いたこともない腰を抜かすような高額のギャラを私に払うと付け加えたんです。私はよく検討してみますと、でももういろいろな出演とリサイタルの予定が組まれてしまってますと、彼に言いました。

-----ワンナイト・スタンドの仕事は、地方を一日ずつ移動して、田舎のクラブや劇場などを巡回する仕事で、アメリカは広いから、音楽家や芸人にとってもっともつらく大変な仕事。

　本当のことを言うと、もう私は彼とはこれ以上やらないと心に決めていました。私は、歌手が成長していくために必要な、オペラや交響楽団とのいくつかの大切な契約を断りたいとは思っていませんでしたから。それから家族にも会いたかったし、私の時間を子供たちに割いてあげたかったんです。
　次の日のショウのあいだに私は心を決めて、心臓をドキドキさせながら、リバラーチェにその仕事には同行できないと告げました。彼は真剣な目つきで私を見つめ、椅子にドッカリと腰を落として、説き伏せにかかりました。この仕事を一緒にできないというほどの、私が契約している次の仕事の内容を、彼は知りたいと言いました。
　ストラヴィンスキーとのコンサートの仕事です。おお、それはすごいね、彼は言いました、でもそれできみはいくら稼げるって言うんだい？　それからキャリフォルニアのレッドランズ・ボウルでの小さなリサイタル。僕のショウを見に来る観客数の規模をきみは判っているだろうね？　

-----マーニはとても譜面が強くて、音域が広く、高音が見事に出て、ピッチ（音程）が確かでした。従ってストラヴィンスキーやシェーンベルクのような難しい曲を書く人にとっては、彼女はいつも、歌い手の選択肢のNo.1に位置していました。

　「マーニ」彼はおだて、そして説得にかかりました。「きみは僕が本当に信頼している数少ない歌手の一人だってことを判ってるかい？　僕らは一緒にやってどれほど楽しんできたか、どれほどうまくやってきたか、きみは判ってないのかい？」
　私が答えるよりも前に、彼は私への出演料をさらにつり上げてきました。
　私の頭のなかはお世辞と高額の報酬とでグルグルと回っていましたが、私の痛む心は私の子供たち、可愛くて素敵なよく笑う妹メラーニと、育ち盛りの兄アンディと、彼らが見つけてきた子猫を飼いたいと私に告げる優しい末娘マーサとともにありました。私がノーと言えば言うほど彼は掛け金を釣り上げてきました。私はまず一番に母親ですからこれ以上子供たちを放っておくことはできないんですと言いました。夫のアーネストはうちにいて助けてくれていますけど、でも私の気持ちはこのけばけばしい場所でドンドン萎えていきます。彼は笑って判ったと言い、またしても価格を上げてきました。結局、ひとしきり押したりかわしたりしたのちに、私は静まり深い息をしてから、私が滅多にしないことですが小さくボソッと最後につぶやきました、ノーと。
　リバラーチェは椅子に深く寄りかかり、眉毛のあたりを手でぬぐい、かなり長い間私をジッと見つめていました。そしてなんと涙に濡れて泣き始めたんです。
　私はとても感傷的な人間ですから、私も同じようにグシャグシャに泣き始めました。私はホントにすまない気持ちでいっぱいでした。ここに本当に寛大で私のことを好きでいてくれるピアニストがいて、それなのに私が彼の要求をはねつけるなんて。泣いている彼の顔を私は見ることができませんでした。彼は、まるでいつも思い通りにやってきて突然私に拒絶された、小さな子供みたい見えました。いざはねつけられると、彼はどうしていいか判らないようでした。私も人にノーと言うことができないたちですから、彼の気持ちはよく判りました。彼を傷つけるということが、私自身をもひどく傷つけました。私たちは、ラスヴェガスの贅沢で華美な更衣室で、魂の抜け殻みたいになっていました。それでも決定はくだされ、賽は投げられたんです。
　残り数回の彼とのショウでは、表面上はステイジの上の態度はなにも変わりませんでしたけど、ステイジ裏の彼は傷ついている様子で、私の心も同じように痛みました。最後のショウが終わった後で、私は彼の衣装係がいつものように彼がスモウキング・ジャケットを着るのを助けているのを見ていました。それから彼はシャンペンを出してきて、サインを求めて群らがり待っている人たちに注いでいました。いつもの夜もやっているように彼はそうやって二時間も坐って、ファンたちにそれぞれ個人的なサインをしてあげて、さらに彼のショウのどこが良かったかを一いち訊いていました。ある白髪頭の小柄な女性がそのなかにいて、彼は46歳でしたけど、彼女は70歳は超えていたでしょう。彼女が「あら、リバラーチェさん、私は小さい頃から、いつもあなたの演奏を聴くのが大好きでしたよ」と言ったんです。彼は私の方を見てウィンクし、それでまた私は彼と気持ちが近いのだと感じさせてくれましたけど、そのご婦人に素晴らしい笑顔を注いでいました。
　「もちろん、そうでしょうとも。ありがとうございます」と彼は言いました。
　彼は&quot;ショウマンシップそのもの&quot;でしたけど、そのうえ根っからの紳士でした。
2009/12/8
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10月28日の午後外国のニューズを見てましたら、最近の研究で、カレーの成分がガン細胞を殺すことが判った、と報じられていました。なるほど、そうなんですか。（日本のではなくインド周辺の）カレーはたくさんの香辛料をミックスして作ります。唐辛子、レモングラス、ニンニク、エシャロット、コリアンダー、オールスパイス、カルダモン、クミン、クローブ、こしょう（黒・白）、シナモン、スターアニス、ターメリック、フェンネル、メース・ナツメグなど、まだありますが、料理によって家庭によって材料もミックスの仕方も違うようです。さらにタイへ行くとココナッツミルクやコブミカンの葉も入れます。元もとインドにもタイにもカレーという名称はないんです。インドの料理をイギリス人がカレーと名づけて、19世紀にカレー・ルーやペイストのようなものをイギリ ス家庭向けに売り出したのが、カレーという名称の始まりです。

このたくさんの香辛料のなかのなにがガン細胞を殺すのかは判りません。でも長い間の生活の知恵で、これら香辛料が殺菌力をもっているということは体で感じてこういった料理ができてきたんでしょう。日本でも虫の多いカツオには必ず殺菌力の強いショウガをつけますし、肉を多く食べる韓国ではキムチに唐辛子をたくさん入れます。インドは暑いです。気温50度にもなる地方があります。殺菌してくれる香辛料は、そもそもなによりも欠かせなかったでしょう。その昔ヨーロッパでは腐りかかった肉でも胡椒をかけて食べていました。胡椒の値段はだんだん高くなっていって、一時期イスタンブールあたりでは、同じ重さの金と胡椒が交換取引されていたと言います。そんな時代もあったんですね。余談ですが、ファーラウトにはインド・カレーのメニューが、ラム肉のカレー・ベンガル風、ケララカレー、と二つありまして、皆さんのご好評をいただいています。どうぞお試しください。

1947年か48年かもう記憶が定かではないんですが、四国の高松のはずれに住んでいた僕は、父が当時善通寺市に駐屯していた英連邦軍の基地のマネジャーをやっていた関係で、ある日基地に招待されごちそうになりました。イギリス軍、オーストラリア軍の宿舎でもごちそうを振る舞われましたけど、インド軍の宿舎ではカレーを振る舞われました。食うものがろくにない時代でしたから、当時の僕はひどい欠食児童で、なにもかもとてつもなくうまく目を白黒させてました。カレーは香辛料が多く、わずかな塩分だけで、甘みは皆無です。でも初めて食べるものですから、驚きの方が勝って細かいところは憶えていません。最後にチャパティが出ました。小麦粉を煎餅状にして焼き、ほんのわずかに塩分が感じられる、ただそれだけのものです。これはカレーの辛みを取るのだ 
とそのとき説明されたような気がします。しかしこのチャパティのなんとうまかったことよ！　不思議でした。なにもしていないただ軽く焼いただけのチャパティがほんとに素晴らしくうまかったです。

聞くところによると、インドでは食事の時奥さんがそばに侍ってチャパティを焼くんです。従って奥さんは食事できません。あとで一人ですることになります。ですがチャパティを焼くのには全神経を注いでやらなければならず、それしかないのでしょう。大きな甕のような釜に火を入れて、甕の内側の壁にチャパティを貼りつけて焼きます。ちょうどいい頃合いでそれを出さなければなりません。少しでも遅れるとチャパティは壁からはがれて落ちてしまいます。焼けてなくても焼けすぎてもいけません。それといいチャパティを焼くというのは、奥さんの大きな評価基準でもあるそうです。イギリスでも紅茶の入れ方は奥さんの大きな評価基準と言われていますね。やれやれいろいろとたいへんです。ガン細胞を殺すと言えば、松の木から発散する気体にもガン細胞を殺す作用があるそうですから、松林に囲まれたところに住めば効果があるでしょう。こういう素朴な自然の植物の力をわれわれは忘れてはいけないということだと思います。


10/31日晦日ジャム･セッションはマシュー・フリーキーMatthew Fricke(gt)、村尾陸男(p)、光田将也(b)というメンバーでお贈りしました。マシューはルイズィアナ州出身で、メンフィスやニューオーリンズでも演奏していたというから、いわば本場の血統書付き名馬みたいな感じです。早く来て楽器をおいてどこかへ行ったらしく、ピアノのそばに楽器だけあったので見たら、ケイスにMemphisとプリント字で貼ってあります。それがダテじゃないところが格好いいですね。

さて始まるとマシューのプレイはとてもよく、まさに本物でした。アマチュアでうまいというような、そんなものではなく、彼はジャズのメッカでプロで数年やっていたというだけあって、プロの確かな腕前でした。やはり格が一段違います。マシュー・フリーキーは夏頃ファーラウトのジャム･セッションにフラッとやってきたんですが、彼はこちらにとっては本当の発見、みっけものでした。棚からぼた餅みたいなもんです。しかも話してみると、彼は英語の先生をやっていて、どこも演奏する場所も仲間もなく、まったく演奏していないと言います。驚きました。

そういうことからかギターが5人も来て回すのに大変でした。ピアノ4、ドラム1、歌5、見物3で、みんなソロが長いので回すのが大変。途中でマシューがドラムも敲いてくれました。ベースはだれも来なくて、光田くんが長時間弾きっぱなしになりましたけど、まあ、問題なかったようです。

マシュー・フリーキーは11月30日、12月18日とファーラウト・ジャム･セッションに参加してくれますから、どうぞ皆さんお見逃しなく、いらしてください。また来年からもファーラウトに常時出演してくれる予定ですし、ジャム･セッション以外にも彼の演奏をフィーチュアした日を作ろうと考えていますから、皆さん楽しみにしていてください。　村尾陸男より報告！
2009/10/29</description>
         <link>http://www.jazz-farout.jp/murao_rikuo/2007/05/we_three.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">雑談</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:28:37 +0900</pubDate>
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         <title>執筆中の本について</title>
         <description>現在ジャズ詩大全20巻を書いているところです。時間的に苦しいので、なかなか進みません。それから《ピアノ・フィンガー・ウェイトトレーニング》という既刊についても、今再校の段階で、秋頃に大判で出る予定です。

以下の文はこれらの本とは関係ありませんが、空欄を埋める意味でここに掲載しておきます。読んでみてください。

　ブタインフルエンザにかからないためには豚肉を食べないこと、トリインフルエンザにかからないためにはトリ肉を食べないこと。でも少なくとも食べなくなって5年以上たっていないと効果はないでしょう。ブタを食べたらブタ菌が入るとか、トリを食べたらトリ菌が入るとか、そんなことを言ってるんじゃありません。ブタやトリを食べているうちに、ブタやトリがうつる病気にうつりやすくなる、そういう体質に人間もなっていくという意味です。どっちみち僕の自己流の説ですから、おそらく誰も信じないでしょうね。この僕の説を嘘だと思う人は、完全に肉類を断って5年経過しそれでもインフルエンザにかかった場合のみ、ほらみろ嘘じゃねえか、と僕に言っていいです。それは大変ですね。お察しします。でももしこれを信じたいとか本気でインフルエンザにかからない方法を模索しているとかいう人がいたら、とにかくこれを信じてみてやってみてくださいな。昔から信じる者は救われるとか言いますよね。関係ないか。やる場合はトリだけ断ってもブタを食べていれば効果は半減ですから、どうせやるならウシもふくめて肉類全部断つのがいいですね。それで5年経ってみて、インフルエンザにかからないという絶対の保証はないですが、かかりにくくなることは確かですし、それよりも自分のからだの中の大きな変化に驚くことになるでしょう。そしたらあなたは心の底から僕に感謝するでしょうね。いやそれは判りませんが・・・

　ところで世界保健機関WHOは4月30日に、新型インフルエンザの呼称について、食肉産業に及ぼす影響などに配慮し&quot;豚インフルエンザ&quot;から&quot;インフルエンザA型(H1N1)&quot;に変更することを明らかにしましたね。まあ呼称はなんでもいいです。ウィルスはどっちにしろ変わり身が早いですから、これからも人間や家畜の変化に対応してまた新しい型を作ってやってくるわけです。それがなくなるとか廃れるとかいうことはどうやらないんですね。なせならそれは地球に生物が現れて以来の生物の進化や存続の根本原理だからです。だから今回のインフルエンザ騒ぎはほんの一例であって、これからも何度もやってくるでしょうし、もっと大きなものがくるのかもしれません。

　そもそもの間違いは、豚や鶏などの家畜を養殖生産にしたことから始まっていると思います。養殖生産とは、本来の自然のなかで飼育するのではなく、温度管理された厩舎で、エネルギーを消費しないように運動もさせず、柔らかく食べやすい飼料と薬品、薬剤漬けで豚鶏（とんけい）を飼育し、食肉化することです。これはもう飼育ではなくたんなる食肉生産、動物の食肉化と言うべきですね。食肉化は動物から動物性、生物性を奪ってしまうので、ちょうど現代人の虚弱化した体質と同じように、動物ももろく虚弱になっていくわけです。現代人は冷暖房と養殖生産による食料で育ち、エレヴェイター、エスカレイター、自動車を使い、薬品、薬剤漬けで生活しています。体格は良くなっても、体質自体はどんどん弱くなってきていて、たとえば裸足で泥の上を歩けばすぐに足の皮膚が破れて血が出るでしょう。最近では犬も砂利道を歩いて足から血が出るらしいです。だから動物も同じように弱くなっていき、その肉はどんどん質を落としてきているわけです。人間はそういう肉を食べるんですね。養殖生産によって動物が動物性、生物性を失うことは、インフルエンザどころか人間にとって全面的な終末を意味しているかもしれないです。

　ブタインフルエンザもトリインフルエンザも、本来は人間は滅多にかからなかったでしょうが、虚弱化、食肉化した豚、鶏を食べているうちに、人間の身体もそれらの豚、鶏と同じようなものに変質し、彼らと同じ病気にかかるようになってきた、というわけです。この人間の豚鶏（とんけい）化というのは現代の避けられない流れであり、もう簡単には変えられないでしょうね。牛にビールを飲ませ、満腹感を麻痺させてどこまでも食べさせ、筋肉に脂肪が混じる霜降り肉を作るのも同じことです。自然界では筋肉に脂肪が混じることはすべての動物に絶対に起きません。これはもっと恐ろしいことですね。そんなものを食べていれば、人間は牛化していき、ウシインフルエンザだかウシコレラだウシなんだかにかかってまた死ぬ。人間の豚鶏牛化は現代の人間の生活からすれば絶対に避けられない道です。

　本来、豚鶏牛らの動物は、それぞれに自然界のなかで医者にも薬品にも世話にならずに健全に生きていく動物性、生物性をもっていたんです。それは当たり前のことで、改めて強調すべきことではないでしょう。動物はみな過去にインフルエンザにかかって、ときには大量に死んできたはずですが、そのたびに抗体や免疫をつくって簡単には死なない体を維持してきました。彼らはときには半年くらい餌を食べなくても生きられる自然の力を具えているんです。それこそが動物性、生物性であり、彼らにとってはごく普通のことです。
　人間は冬は大根や蕪やネギを食べ、夏はトマトやキュウリやナスを食べて生きてきました。冬の食物は冬に強く大きく育つだけでなく、それを食べる生き物をも冬に強い体質にしてくれます。夏の食物は夏に強く大きく育つだけでなく、それを食べる生き物を夏に強い体質にしてくれます。骨を強くするには骨を食べるのが一番で、腱を強くするには腱を食べるのが一番だということと似たようなことです。冬の真っ盛りにも養殖生産したトマトやキュウリやナスを食べ、養殖生産したハマチや鯛やブロイラーを食べることは、不可避的に人体を弱くしていきます。養殖生産食物を食べて生きていくことを、私はここでは縮めて簡単に豚化（とんか）と呼びますが、人間の豚化は、20世紀後半からの飽食化に付随して必然的にやってきた社会の変化です。人間は豚化によって間違いなく破滅の道を邁進していると思います。しかも皮肉なことにこれは自ら招いた破滅の道ですね。
　その破滅がどういう道をたどるかは、容易に察せられます。ブタインフルエンザかトリインフルエンザか知らないが、××インフルエンザがやってきて、人間がバタバタと死んでいく。ガンでも心臓病でも糖尿病でもあまり変わりはないです。それが神の裁きだから、と言う人もいるでしょうね。だが私はそうは言いません。そうではなく、人間が自ら墓穴を掘る道を選んでいるだけなんです。空気や水を汚し、緑地を減らし、人口を激増させ、養殖生産食物を食べて人間自身の能力を減退し、人間の大量死の可能性を増やしているだけなんです。それを神の裁きと呼びたければ呼べばいいでしょう。神が安っぽくなるだけですよ。原因も結果もはっきりしていて、神をもちだすほどのことでもない、神の裁きと呼ぶにはあまりにも人為的で、低次元の問題です。
　人間の豚化を防ぐためには、養殖生産そのものをやめななければならないでしょう。しかしそれには時間がかかります。こんな簡単なことでさえ人間はなかなか理解しないから、養殖生産を禁止する法律が世界各国の国会を通らないかぎり、養殖生産はなくならないでしょう。たぶんそれには50年、100年か、もっとかかるかもしれません。もしすぐにでもこの事態になにか手を打ちたいと思う人がいるならば、そういう人は個人で対処するしかないですね。養殖生産物を一切食べないことです。いま養殖生産化していない肉類はないに等しいですから、まずは肉類を食べないのが第一ですね。私は肉類を一切食べなくなって10年くらいたっています。幸い、非養殖生産の魚と野菜を食べて生きることは、今のところまだ可能です。
　人体の組織は3年ですべて入れかわると言われます。養殖生産物を一切食べなくなっても最低3年はたたないと、組織は入れかわってくれないんです。しかし3年で入れかわっても、まだ体質はそうすぐには変わらないです。さらに数年はかかるかもしれないですね。だから私は養殖生産物を一切食べなくなって5年はたたないとあまり効果はないと書きました。多分そうでしょう。私はどういうわけか今までに一切のインフルエンザにかかったことがないです。養殖生産物を一切食べなくなって10年ぐらいたつ私はいかなるインフルエンザにもかからないと思っていますが、ホントにそうかどうかは判りません。

　確かなことは、人間が増えすぎていて、より見てくれのいい大きく安い食物をひたすら求め、そのためには不可避的に養殖生産に頼り、自らの身体を豚化させてきたということです。種の増えすぎは必ず種の激減を招き、そういうサイクルをくり返して生物は進化してきたんです。しかしこの場合は少し違いますね。人間の豚化は自らの手でなされたという点が、今までの生物の繁栄と衰亡の歴史とははっきり違うわけです。人間の豚化は人間を破滅に追いこんでいます。しかも自らの手で追いこんでいるところが、面白いと言うか、不可解と言うか、どうにも悲惨でバカバカしくやりきれない点です。

　人間の豚化と言うと、豚くんは怒るかもしれないですね。豚だって本来は自然でたくましく生きてきたわけですから。失礼な話しだ！　ではWHOにあやかって、僕も呼称を変えましょうか。人間の豚化ではなく、人間の養殖生産化でどうでしょう？　ちょっと迫力に欠けるけれど、人間の養殖生産化は間違いなく人間の終わりです。The End!</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">著書</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:27:52 +0900</pubDate>
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         <title>ジャズ詩大全</title>
         <description><![CDATA[やっとジャズ詩大全20が出版の運びとなりました。3月1日に都内の主な書店に出てきて、3日ぐらいまでには、全国の書店にも行きわたるでしょう。書き上げたのが昨年の7月あたりで秋には出版の予定でしたから、結局半年遅れです。まあ今としてはこれで普通なんでしょう、待ち望んでいた方にはご迷惑をかけましたが。それでも僕自身は20巻はいったい書けるんだろうか、出せるんだろうかなんてずっと思っていましたから、これでホッと一安心です。1巻を出したのが1990年ですので、計22冊に20年かかった勘定です。途中何度もやめようと思いました。やめないで最後まできた（まだ続けてくれという声はあちこちで耳にしますが）のが不思議なくらいです。

このあともう一冊、別巻扱いですが、索引集を出そうと考えています。各巻についている索引は、頁数に限りがあるので、ほんの少々の簡略版でしかありません。そこで全巻を通しての索引を出さなければならないのですが、全巻索引はとてつもない膨大な量になるので、これも出したとしてもやはりある程度は必要、重要項目に絞った簡略版になります。それでもかなりぶ厚い索引集になると思います。そしてそれだけではなにか魅力に欠けるので、索引集におまけとして僕自身のジャズ詩大全校了記とでも言うんでしょうか、後書きとか感想をつけようと考えています。ジャズ詩大全を書いていて苦労したことや感じたこと、また本には書けなかった僕自身の感想、印象のようなものです。そんなことでさえ悉く書いていけばまたかなりの量になるので、いったいどの程度のものにすべきか、それもまだ検討中です。

アメリカのネットでジャズ・スタンダード曲について調べたりしていると今は結構稚拙でひどい記述にぶつかりますが、それはスタンダード曲に関する事象はすべて1950年代くらいまでのもので、それらを演奏したり歌ったりしているレコードも新しくても60、70年代くらいまでのものがほとんどで、いずれにしてももうすべてが4、50年以前の話しになります。そしてネットに書き込みをしたり編集したりしている人たちは、ほとんどがそれ以後に生れ育ってきた世代なんでしょう。ですから作曲家、作詞家、演奏者、歌手の人名の綴りもしばしば違っていますし、映画やミュージカルへの言及も間違っていたりします。彼らはなにも知らないんでしょう。なにもかも遠くなりにけりです。日本でも今は有名なジャズ歌手が有名なスタンダード曲を歌って、その感想に「初めてこの曲を聴いたのは××のTVコマーシャルでした」なんてマイクで言います。僕は内心がっくりきますね。映画でもミュージカルでも有名なLPでも隣の局がクロスしてくるボロッちいトランジスタ・ラジオで聴く深夜放送でもなく、TVコマーシャルです。

逆に言えば、今の人たちは可哀想です。ジャズのいい曲や演奏、歌を聴くのに、TVコマーシャルしかないからです。昔はラジオでもジャズは多く聴けましたし、ときにはTVでもジャズ番組がありました。カナダのジーン・リーズGene Leezという音楽評論家が言ってましたが、昔はラジオでジャズからクラシックから、シャンソンやカンツォーネやラテン音楽など世界中の音楽をたくさん聴けて、子供が育ってくるときに自然にそれらの音楽的教養を身につけることができたが、最近の子供はTVコマーシャルでもコンピューター・ゲームでも駅のアナウンスでもあまり変わらないガラクタ電子音楽しか聴けないから、音楽的教養を身につける場所がまったくない、と言うんです。今はまさにそういう時代です。ならばファーラウトに来て、まずは生の音楽のなかに身を置きましょう。
ファーラウト3/2010のスケジュール案内より

　ジャズ詩大全を書き始めたのは1990年のことでした。それまで英詩解釈講座なんていうタイトルで小さな教室を開いて、英詩の勉強会みたいなことをときどきやっていたんです。それは歌手のマンションの一室を借りてやったり、クラブの昼間を使わせてもらったりで、細ぼそとやっていました。生徒が一人も来ないなんてこともよくありましたから、料金を払ってどこかの部屋を借りてやる余裕はなかったんです。
　あるとき知り合いが出版社の社長を紹介するというので、音楽関係の洋書を5冊ぐらいもって会いに行きました。僕はそのなかのどれかを翻訳出版したかったので、そういう出版社を探していました。その社長さんは吉開（よしかい）さんという方で、九州の人でした。家が神主で、吉（きち）を開くというお名前です。凄い名前ですね。それで僕の吉が開いたと言えるかどうかは微妙ですけど、そうとっておくべきかもしれません。彼はもっていった洋書に無関心ではなかったものの、パラパラとやって検討しましょうなんていう無難な返事をくれました。そのとき僕は、自分で作ってもっていた手製の英詩解釈講座のパンフレットをそばに置いていたんです。彼はそれに目をやり、それはなんですか、と訊いてきました。
　それでなにげなく、僕はそれについて一通り説明しました。あまり力は入りませんでした。英詩解釈講座は何度かやめようと思い、実際にやめたりし、また再開したりしてやっていましたが、とにかく儲からないし、ときには損をすることもあるうえに、なによりも時間がおしいです。彼が英詩解釈講座に興味を示したときも、僕はなにも感じませんでした。ところが彼はこれを本にしたらどうかと言い出したんです。僕は笑って、無理でしょうね、とそっけなく答えました。著作権など制約が多いし、第一そんなに売れないだろうし、労多くして益するところ寡少で、まあやめといた方がいいでしょう、なんて僕は言ったと思います。でも社長はひきませんでした。彼はその道のヴェテランで、出版のことには精通しています。しかもジャズや音楽関係の書物の専門家です。やめといた方がいいでしょう、なんてなんと失礼なことを僕は言ったんでしょう！　いま思うと少し恥ずかしいです。
　彼はひくどころか大いに乗り気で、結局そこから「ジャズ詩大全」なるものが実現することになったんです。タイトルを決める段階でいろいろなものが出されました。「英詩解釈講座」も一つの候補でした。でも彼がなかなか納得しません。僕はイギリスの釣りの本でThe Complete Anglerというのを思い出し、それを訳した昭和の初めか大正くらいの本のタイトルは「釣魚大全(ちょうぎょたいぜん)」というものでした。「大全(たいぜん)」は古くからある立派な日本語で、あるテーマを完璧に解釈、解説した本という意味です。全集という言葉に大をつけたものではありません。大全集といういい方はありますけど、「大全(たいぜん)」とは関係ありません。従って「大全」は必ず「たいぜん」と読まなければならず、だいぜんではありません。でも今の日本人は10人中9人ぐらいがこれを「たいぜん」とは読めませんね。僕は「ジャズ詩大全」はどうかと提案しました。やや大げさすぎて、僕自身はあまり乗り気ではなかったです。しかも僕はタイトルなどどうでもよく、出版できればそれでよしとしか考えていませんでした。吉開さんはこれに飛びついてきました。彼の古臭さと商売感覚とにピッタリ合ったんでしょう。こうして僕自身が考えてもいなかった「ジャズ詩大全」が誕生しました。
　ジャズ詩大全については、僕自身が考えてもいなかった意図してなかった結果、効果が、あんがいどこまでもつきまとっている気がします。ちょっと不思議なんですがそうなんです。英詩解釈講座は正直に言えば金儲けが動機で始めたんですが、もちろん金儲けにはならず、ほんの雀の涙ほどの生計の足しでした。それで今度はジャズ詩大全を始めましたが、これも金儲けが動機で始め、やはり金儲けにはならず、雀が鳩になったぐらいでした。最初のうちは張り切って書いてました。参考書は日本ではなかなか手に入らないので、それが一番苦労した点です。ナット・シャピーロウの《Popular Music》という年代記のような本がありまして、どうしてもこれが必要なので、あるとき伊勢佐木町の有隣堂から取り寄せてもらいました。1900-1919、1930年代、1950年代、1960-64、1965-1969の計5冊（あとは在庫切れ）を注文し、2、3ヶ月かかって届いたので取りに行きました。驚くなかれ、1冊19,800円です。1万円以上の本は何度も買っていますが、これはいままでで最高額ですし、こんなものを一度に5冊買ったのも記録です。売り場の女性店員が「1冊1,980円です」などとぬかしおって、コノヤロー、ムカッーときましたが「よく見てよ！」と言い、「あ、え、えー、い、い、1万・・・」という具合でした。計99,000円、目から火が出そうな高熱状態で払いました。
　洋書店は有隣堂と青山と丸善と銀座のイエナを巡っていましたが、イエナが映画や音楽やアートなどは一番よく揃えていたので、イエナへ行くことが多かったです。と言っても一回行くと10冊、20冊と買ってしまうので、お金がない身としてはそうそうは行けず、数ヶ月に一度くらいでした。どっちにしろ買うときは血の出るような思いで買いますから、買って帰るときは嬉しいような悲しいような複雑な思いでしたね。イエナもものによってはかなり高かったです。20ドルの本が安くて3500円くらい、高ければ4000円、5000円、あるいはそれ以上です。元の定価のドルと売値の円と計算してあまり高くないものを買いました。90年代の10年くらいは、本当に僕はイエナのいい客だったと思います。
　さてジャズ詩大全は、5巻くらいまではかなり一所懸命に書いていました。そのあと6巻から9巻くらいまでは、いろいろな理由が重なって、あまり気が入っていません。自分でこういうことを言うのもひどいですが、これが正直なところです。その間《スポーツ精神》だとか《ティ・フォー・トゥー物語》などのほかの本を書いていたことも影響しています。それが10巻あたりからまた少し気が入ってきます。それは自分のもっている資料が増えてきて、書きやすくなっていったことが関係しています。資料が増えてくる背景には、90年代の終わり頃からインターネットが普及してきたことがあります。具体的には、インターネットの普及でアメリカから直接古本を買えるようになってきたことです。ある本を古本サイトで検索し、それを見つけてクリックすると、アメリカ全土の古本屋から在庫がリストアップされ、値段順に並べられ（たいていは一番やすいものを買います）、カード払いで買い、当時は船便があってそれが1冊につき3〜5ドルくらいの送料で入手できました。それで僕はBarnes and Noble（のちにはAlibrisも）という古本屋サイトで古本を始終買っていました。そういう本は、たとえばアメリカの全土からBarnes and Nobleのニュージャーズィの本社だか支社だかに集められ、一括して船便で送られてきたんです。そういう荷は早くても1ヶ月半くらい、遅いものでは3ヶ月ぐらいかかりました。というわけでその頃わが家には常時、ほぼ定期的に段ボールの箱にぎっしり詰められた洋書が届けられていました。
　僕は本をたくさん抱えてきました。いつもいつも本の多さは僕にとって悩みの種でした。もちろんレコードも多いです。最近は買うのを控え、滅多に買わなくなりましたが、それでもLPレコード900枚、CD1300枚、カセット900本くらいはあります。ヴィデオ類もすごい数です。それに本。本は何回もおおはばに処分してきましたが、それでも多く、いったい何冊あるのかもう判りません。勘定する気にもなりません。日本語の本はもう15年くらい前からまったく買わなくなりました。洋書も5年くらい前から買うまいと決めてやってきてはいるんですが、やはりなにかいいものがあると買ってしまいます。今年になってからもアメリカに住んでいる娘に送ってもらうやり方で、50冊ぐらい買っています。そのほかに日本のアマゾンでもタップリと買っています。そんなに買っても読む量は限られていて、買った本の2割も読めればいい方でしょう。収集とか蒐集というのはだいたいバカのやることです。内容に興味のない奴が、見た目だけでものを集めるような病です。愚かでみっともない、やらずもがなの悪癖です。
　ところでインターネットの普及は、世界の壁を取り払ってしまい、距離を近づけてしまいました。それは同時に時間をも短縮したのかもしれません。つまり船便がなくなり、いまは航空便だけになってしまいました。それでBarnes and Nobleでは1冊3〜5ドルくらいの送料で買えたものが、1週間ぐらいですぐに届くものの、最近では1冊20ドルくらいに一気に上がってしまいました。2ドルの古本を買うのに20ドルの送料を払う、いまはそんな時代です。でもそのおかげで古本はおいそれとは買えなくなりました。アマゾンが送料をタダにする購入額を99ドルから49ドルに下げたときは全米のニューズで流れましたけど、日本に乗りこんできて、いまはなんとそれが1500円です。アメリカから1500円の重い分厚い本を買っても、その本のあるところからアマゾンの拠点（フロリダでしたか）まで運び、さらにチャーター機で日本まで運び、ウチまで配達してくれて、その三つの送料がタダという恐るべき戦略です。ほかの本屋が勝てないのは言うまでもありません。イエナに行くと店内にいつも人がびっしり埋まっていたのが、誰もいなくて僕ともう一人くらいなんてことが二回ほどあったのはたしか7年くらい前でした。次に行ったときはもう閉まっていて、50年の歴史に幕を閉じたと貼り紙がしてありました。アマゾンは本屋やCD屋をなんと多く潰したことでしょう。そしてそれ以来なんと多くの本を僕はアマゾン経由で買ってきたことでしょう。自分ながら呆れます。
　ただとにかくこのジャズ詩大全のためにこそ、1997、8年あたりから、僕はジャズや作曲家、作詞家、ミュージカル、映画関係の書物（たいていは古い絶版ものですが）を、買いあさってきました。おかげで僕にとっては夢のような素晴らしい資料が次から次へと揃っていきました。それに要したお金は大変な額になるでしょうが、まあ背に腹は代えられず、仕方がありません。それで最近は、ウチの中が洋書だらけで動きが取れなくなってきたのと、それら資料をどの程度読めるか、どの程度使いこなせるか、という点に問題は移ってきました。本もレコードも同じようなもんで、いくらたくさん買っても読めないですし聴けません。CD類は1時間弱で聴けますから聴くことはできますが、本当に隅々までくまなく聴くにはやはり何度も聴き、ときには楽譜に書き取ったりしなければならないですね。
　本は読むには時間がかかり、しかも英語でなかには歯が立たないくらい難しいものもあります。でも買った以上は読みたいですから、最近は東京方面へ行くときは電車で行くようにして、往復の時間で本を読んでいます。いやそんなことはどうでもいいです。ジャズ詩大全シリーズは、12、13巻あたりから、かなり内容が精密になって充実してきます。それはなによりもこれら豊富になって揃ってきた資料のおかげです。アーヴィング・バーリン曲集別巻のときは、バーリンの分厚い伝記を5冊ぐらい買いましたから、結果としてこの別巻はやや厚い巻になりました。クリスマス曲集別巻の改訂版も、50曲も網羅して、さらに分厚く精密なものになりました。でもこの僕の裏側での苦労を本当に判ってくれる人は少ないです。
　ジャズクラブ/ファーラウトを開店してから英詩解釈講座を月に2回やり、生徒があまり来ないので途中で1回にし、それでもなんとか続けていたんですが、生徒が一人も来ないことも多くなり、とうとうそれもやめました。なにせ生徒が来ないですし、来てもその講座の内容がお粗末で、退屈至極です。ジャズ詩大全に書いてないようなことを、鋭くグサッと質問してくるような生徒は全くいません。丁寧に講座をやっても反応があまりないですし、彼らがとくにありがたみを感じているようにも見えません。そして僕自身もたいていは苦痛です。それでもうやめるしかなくなりました。<私もいつもあの英詩解釈講座に行きたいと思っています>なんて僕に話しかける人は多いですが、そういう人はみんな、あのレッスンには生徒が殺到していて、いつも20、30人は来て活況を呈していると思っているようでした。<いつも行きたいと思っています>ととびきり上等の笑顔で振りまく社交辞令と、実際に来ることの間には、月とスッポンくらいの差があるんですね。最後の年2007年は年間（月ではなく）で来た生徒は10人くらいでしょう。
　あるときたまにお遊びで歌を歌っている女性が、僕に「村尾さんは店の雑事などせずに、英詩解釈講座で悠然と講義をしたり、研究を続けることに没頭してほしい」と言ったことがあります。店は死線をさまよっている状態で、彼女は英詩解釈講座に1、2度来ただけで、そんな夢みたいなことを言います。彼女が英詩解釈講座にいつも来ていて、絶対にやめてくれるなと言うのならすじは通りますが、そうではないですし、僕のこともほとんどなにも知りません。店はすれすれの状態ですが、彼女は店の経営や内部のことまで口出ししてきます。このときはよほど僕の虫の居所が悪かったんでしょう、僕はメイルで彼女に怒りをぶつけ、多分これが最後のメイルになるでしょうと書き、「あなたも残念なことに、僕が本当はなにをしようとしていて、なにを考えていて、次にどんな本を書きたいと思っているかなど、まったく無関心で考えたこともない、僕の回りにいる多くの人と寸分変わらない一人でした」と結びました。彼女はそれからメイルも寄こしていませんし、店にも来ていません。言っておきますが、お客さんにひどい態度で接するなんてことは、僕は一度もしていません。この場合だって礼を失しているというわけではないです。
　でも今までにジャズ詩大全のことでお客さんに言われて嬉しかったことがあるにはあります。一人は40歳くらいの女性で大阪で国語の先生している方、もう一人は僕の知り合いで70歳くらいになる音楽関係の仕事をしている男性です。二人とも、ジャズ詩大全を褒めてくれたあとに、なにげなく「なんと言ってもあのなかの日本語の文章が素晴らしい」と言ってくれたんです。それは僕が一番気にしていることでもあります。もちろんあのなかの個々の曲や論点について、いいとか悪いとか言ってくれたら嬉しいに越したことはないですが、そういうことを言ってくれる人はいません。たとえばアレック・ワイルダーの《American Popular Music》という著書から彼のアメリカ・ポピュラー音楽についての見解を、これは読んで解釈することすらおいそれとはいかない難解な代物ですが、僕は随所で紹介しています。そういう彼の意見、またそれに対して僕が述べている感想や見解など、そんな問題に触れて鋭い批判や質問を浴びせてくる人がいたら、僕は嬉しくなって1、2時間その人と話しこんでしまうでしょう。でもそういう人はいません。まったくいません。だから僕自身も周囲にそういう意見や批判をあまり期待していません。従って「あのなかの日本語の文章が素晴らしい」という感想は嬉しかったです。と言うよりも感想自体を、どんなものでもいいですからもっていてはっきりと述べてくれる人は、僕は好きになってしまいます。
　もう一つ言っておかなければならないことは、「日本語の文章が素晴らしい」ということは、ジャズ詩大全の内容と無関係ではないんですね。英語を解釈し訳す場合、英語を理解することがまず大きな課題だということは言うまでもありませんが、理解したことを日本語にすることも負けず劣らず大きな課題です。われわれは日本語で考えものごとを理解するわけですが、あることを日本語で理解できなければ、それは絶対に理解できていないわけです。ですからある英語の文を理解するには、英語の読解力がまず一つ、そして日本語でそれを論理として読解できるということがもう一つ、そして最後にそれを日本語で誰でも理解できるような綺麗で正しいものに仕上げなければなりません。たとえば The anger she had boiled in her mind was painstakingly sublimed into a song. という文章があったとしたら、これは僕なら〈彼女の心のなかで煮えたぎった怒りは、苦吟のなかで1曲の唄に昇華されていった〉と訳します。sublime〈昇華する〉は辞書を引けば出ていますが、昇華の意味はほとんどの日本人は知りません。ときには翻訳を業としている人でも知りません。〈苦吟〉も読めないし判らない人がいるかもしれません。ですから訳が読まれる層を考えて〈彼女の心のなかで煮えたぎった怒りは、苦しみつつ1曲の唄へと仕上げられていった〉と変えるかもしれません。
　ニーチェは〈人は自分の理解できる範囲内でしかものごとを理解できない〉と言っています。これは鋭く真実を射ていますね。ジャズを聴きはじめた頃にさんざ聴いた5、60年代のハードバップのレコードなど、20年位して聴くとかなり隅々まで判って、ああ彼はこういうことをしていたのかなんて再認識して僕は驚いたことがよくあります。コード、音、キー、奏法などいろいろなことが判るようになって同じレコードを聴くと、聴ける内容がガクンと増え、理解の度合いがぐっと増します。でも最近ファーラウトの有線放送がその頃のレコードを流すもんですから、聴いているとまたそれから20年以上経っていて、僕の聴く能力が変わっているのかいろいろと発見があります。一つのレコードをとってみても、聴く人の理解する能力の進歩に伴って、その理解の深さが変わり続けます。理解したと思うことは、ある意味では怖いことです。だから英文の読解とは、同時に英語と日本語の両方の読解であり、しかも訳となれば完成された見事な日本文に仕上げなければなりません。つまり英語を訳すという仕事の半分かときにはそれ以上が、日本語をどれほどしっかり組み立てられるかにかかっているわけです。数年前あるアメリカ人の学者の書いた水に関するベストセラー本を訳したものを出版社からもらったので読んでみました。アメリカで大変話題になった本です。しかしあまりの日本文の悪さに、途中で読むのをやめました。日本語の文がメチャメチャで意味が判らないんです。これでは売れないでしょうと出版社には返事をしましたが、やはりそれは売れていません。この訳者は日本文がまずいだけでなく、原文もほとんど理解していないでしょう。というわけで「日本語の文章が素晴らしい」ということは、僕には大きな褒め言葉になるんですね。
　さてジャズ詩大全にもどって、10巻から16、17巻くらいまでは力が入っていいものができていると思いますが、18、19巻、クリスマスなどの最近巻は、ファーラウトを始めたこともあって、どうも時間的に苦しい著述になっています。とくにクリスマス曲集はよくできていると思いますが、同時に非常に苦しんでいます。苦しんではいますが、いずれにしろその中の曲について誰かが細かい質問など浴びせてきて、僕が答えに窮するなんてことはほとんどありません。残念ことですが起きません。それは、ほとんど生徒が来なくなり、英詩解釈講座が立ち消えになっていったこととも符合します。そして僕はこの数年で、自分のなかでジャズ詩大全を書く意欲が急速に萎えていくのを、感じざるを得ませんでした。英詩解釈講座はやめましたが、ジャズ詩大全もそろそろやめるときがきていると思います。なによりも僕のなかに、書こうという意欲や闘志がもうありません。ですから計22冊（別巻2）のこの第20巻で終わるのは、ごく自然で妥当なところでしょう。
　つい最近も久しぶりにある女性が店に3人連れで来て、僕を連れに紹介するのに「ジャズ詩大全で財産を築いた方」と言います。そして彼女は冗談半分で、あれは高いから買えないとか、ただでちょうだいとか言います。それに対する答えとして、もし僕があれで財産を築いたのだったら、いま最初にやることはなにかということを、ここで言っておきます。

　それはなにかと言うと、すぐにファーラウトを閉めることです。すぐ迷わず明日にでも閉めます。金がないからやっているだけです。財産を築いていたのだったら、そもそも僕は商売なんか絶対にやりません。商売は僕のなかではもっとも遠いところにあるものです。

　そしてこういう馬鹿なことを言う者が周囲にうんざりするほどいるので、むしろその反動から、ジャズ詩大全は、いつのまにか僕のなかで、もっとも退屈でくだらないどうでもいい事象になってしまいました。べつに意識してそうしているわけじゃないですが、自然にそうなってしまったんです。僕の言動を近くで見聞きしている人たちのなかで、敏感な人には判るでしょうが、僕が自分からジャズ詩大全を話題にすることはありません。誰かが話しに持ち出すと「あー、そう」なんて人ごとみたいに答えますけど、自分で話しを持ち出すことはまったくないですね。僕という生身の人間にとってもっともどうでもいいもの、それがジャズ詩大全なんです。
　しかし、ジャズ詩大全は僕にとってマイナスばかりで、いいところがなにもないみたいに書いてきましたが、もちろんそれは言い過ぎです。ジャズ詩大全を書くことによって、僕が得た利得について今度は少し書いてみましょう。お金ではありません。お金になっていたら、僕の人生は変わっていたでしょう。その収入は呆れるほど卑小な額で、人に言う気にもなりません。こう言うとたいていの人が信じませんが、もうそんなことはどうでもいいです。ジャズ詩大全を書いているうちに気づいたことは、その長いシリーズの半分くらいを過ぎたところで、とても自分の英語の読解力が向上したことです。最初のうちアレック・ワイルダーの難しい文章は歯が立たないことが多かったんです。しかし年がら年中開いていて、もうずいぶん前に表紙もぶっちぎれてしまってクズみたいなボロボロ体裁になってしまった彼の本が、ある時気がついたら僕はなに苦労なく読めるようになっていたんです。これには僕は内心とても嬉しかったです。そのほか、ミュージシャンや歌手や音楽評論家やプロデューサーや、そういう人たちの生の言動を（自慢にはなりませんが必要から）読んで読んでヨミヨミ読みまくりましたから、英語の読解に強くなるというだけでなく、ジャズやその周辺の音楽界全体のことをとても深く理解できるようになりました。自分ではそんなこと判ってらあなんてのぼせていたところがありますが、どうしてどうしてやはりこういう仕事をして自分が成長したところは大きいです。この仕事をしなかったら得られなかったような自分の成長とすら言えるかもしれません。
　もう一つ、文学や哲学などの学術的文献と較べて、こういう文献はどうしても内容的に浅いですし狭いです。でもしばらくこういうものを読んでいて判ってきたことは、そこに人間というものを読みとれればなにも浅くも狭くもないということです。僕は若いときはほかのものはバカにして文学や哲学しか読まなかったんですが、40半ばくらいから急速に文学、哲学から離れていきました。そしてこういうジャズその他の音楽文献を読んでいて思ったことは、そこにフィクション（文学、虚構）がないこと、理論や論理の積み重ね（哲学）がないことなんです。もちろんすべてではないですがほとんどは、基本的には事実を羅列し語っているだけです。これは音楽文献に限りませんが、科学や歴史や記録文献などもすべて基本的には事実を羅列し語っているわけです。僕は人生半ばから急激に虚構や理論が嫌いになってしまいました。人間が思っていること、望んでいること、期待していることなどどうでもいいんです。重要なのは人間がなにをしたか、なにをしてきたか、それだけです。人間とはどんなに崇高なことを"言って"も"考えて"も、実際に"している"ことがそれに伴わなければ、それを証明することにはならず、"している"ことだけがその人の本姓なんです。重要なのは"してきた"ことであり、なにを考えているか、どういうことをしたいか、なにを書いてきたかではなく、なにをしてきたか、それだけなんです。僕は急速にそういう方向へ変化し、本を読むなら実録、記録、伝記、自伝ものしか読まなくなりました。ジャズ詩大全を書くことによってそうなったとは言えませんが、ジャズ詩大全を書くことと僕のなかのそういう変化とは仲良く並行して進んでいきました。もしかしたらジャズ詩大全を書くことも一つの要因になったかもしれません。
　もう一つジャズ詩大全を書くことによって僕が得た利点は、一種の名誉かもしれません。名誉と言うと大げさですが、ときどきそういうものを周囲の人が僕に与えてくれることがあります。もちろんそう多くはありませんが、なにかのときに尊敬のまなざしで見られたり、なにかの恩恵に浴したりということがありました。本当に少ないですが、僕が意図していないところで、ジャズ詩大全は僕に報いてくれるわけです。それからファーラウトを経営し始めて、全然知らない方がファーラウトに来て、サインしてくれとか、お話しを伺わせてくれとかそんなこともありました。さらに洗足音楽大学で90分の講義を依頼されたこともあります。それに関しては、準備不足や、僕が音大生に対する講義にあまり慣れていなかったせいもあり、いいできとは言えないものになってしまいました。90分という枠を考えて、もっと簡潔に欲張らない構成にしなければならなかったでしょう。僕はこういうときどうしても欲張ってしまいます。そういう性格なんですね。その後青葉台の東急BEというカルチュア・スクールで月1回の講義を2期1年間やり、講義のしかたというものを少し勉強しました。英詩解釈教室は僕個人のもので、あまりにも自由に気ままにやっていましたから、講義とは言えないものだったのかもしれません。これらの講義で僕もかなり勉強し、今は少し講義上手になったと思います。
　ジャズ詩大全の恩恵は、少ないとはいえ、ファーラウトの営業にいくらかプラスになっていることは確かに否めません。そしてすれすれの状態でなんとかファーラウトを潰さずにやってきているわけですから、だとすればジャズ詩大全のもたらすプラスは無視すべきでないかもしれません。そうは言っても、やはりそれはジャズ詩大全にまつわる虚構のような"評判"や"人気"がそうさせてくれているだけで、ジャズ詩大全の本当の価値がファーラウトを持続させてくれているわけではありません。もしそうなら英詩解釈講座は満員で、週一回くらいやっても間に合わないなんてことになっていたでしょう。もちろんことはそう甘くはありません。ジャズ詩大全の恩恵はそのくらいのもので、それ以上のものではないです。
　2009年8月に、ジャズ詩大全第20巻をほぼ書き終わりました。前巻クリスマス曲集もきつかったんですが、今回はさらにきつかったです。精神的に余裕がないからですが、とにかく気が入らず遅々として進まず時間ばかりかかりました。ですからいまかなりホッとして気持ちが楽になってきたところです。大変ではありましたけれど、そのなかで[研究]として、<アレック・ワイルダー論>や<Easy Rider解釈>を展開していて、これらの論点は僕が自惚れてもいいほどにそこで深く掘り下げて精密に語られています。自分の関心が強い部分にさしかかると、僕は一気に深くそこに入りこんでいき、抑えがきかなくなります。まいつものことですが。
　それでジャズ詩大全はどうなるんでしょう？　判りません。もうこれで終わりになるか、終わりに近づいていることだけは確かです。やめないでくれ、続けてくれという声をよく耳にします。でももう僕自身の体力、気力などすべて枯渇しています。はっきりしているのは、僕の関心がもうほかの方にいってしまい、これ以上書いてもいいものが書けそうもないということです。ここでやめるのは、いい時期ではないかと思います。そして僕にはまだやらなければならないことがいっぱいあり、これからそちらの方向に全エネルギーを向けることは、少なくともジャズ詩大全に19年間も心血を注いできた僕には、許されてしかるべきことだと自分では考えています。-----09/10/27

今日初めてこのサイトを見させていただきました。それで初めてメールさせていただきます。私は「ジャズ時大全」全巻持っています。10年くらい前にその存在を知ってから、（値段も確かに！！！でしたが、それに匹敵する）日本語の説明、解釈が嬉しくて、図書館で見るだけでは気が済まなくなり、思い切って購入しました。いつでも思い立った時にすぐに出せるところに並べて、新刊が出るたびに自分で索引を作ったものに追加をして、必要になると読ませてもらっています。いくら辞書で調べてもわからない、時代や、英語特有の言い回し、本当に私のような者にはありがたいです。たまに知りたいのに出ていない曲があると、「残念～、でも次の巻には載っているかも知れない・・・」と永いスタンスで楽しみにしていました。ですから、今、村尾さんがそんなに苦しい思いをされて覚悟もされていることを知り、びっくりし、少しも想像できなかった自分を恥ずかしく思いました。私は、「ファーラウト」には伺えないし（行かせていただいたことはありますが、日常的には無理です）、直接の貢献が何もできませんが、一読者として、「ジャズ詩大全」の末長い続巻をひたすら楽しみにしている一人です。資料集めや、音源チェック、原稿執筆・・・など、どれほどのご苦労かと思いますが、どうぞ何曲でも結構ですから、気になる曲ができた時は追加をしていってください。本当はリクエストしたい曲はいっぱいあります！！！１曲単位でもかまいません。村尾さんの本のような姿勢で解釈をしてくださる方は、よほど恵まれた方以外はめったにいらっしゃらないと思います。一人で趣味にしている人にも大きな希望です。見えない読者ですが、村尾さんの末長いご健康とご活躍をお祈りいたします。　　　　ラーラママ　8/28/2010]]></description>
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         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:27:29 +0900</pubDate>
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         <title>国語</title>
         <description>------「Desktop Metaphor 机上の陰喩」

　2002年の秋でしたがパソコン雑誌を読んでいたら、desktop metaphorという言葉が出てきました。パソコンの画面がちょうど机の上で作業をするように考えられていて、ファイルやノートパッドがあり、ちゃんとゴミ箱の絵（アイコン）まであって、ソフトによってはペンや消しゴムといったツール（道具）までついています。画面を机の上に見立てる、机の上にたとえる、というわけです。metaphorという英単語をよく知らなくても、こう説明すれば、たいていの人がこの単語の「たとえ」という意味はほぼ理解できるでしょう。ところがここでは「机上のたとえ」とは訳されていなかったんです。

　それを書いていたのはその雑誌の編集長でしたが、アメリカのあるコンピューターに関する催しで今回テーマとなった言葉は「desktop metaphor」だったと書いていました。そして彼は「metaphorという言葉の意味は陰喩（いんゆ）だ」と始めます。つまり「机上の隠喩」であると述べ、「陰喩」の意味を説明しはじめます。metaphorは修辞学の言葉であり、日本語では隠喩または暗喩となり、隠喩はたとえば「彼女はバラだShe is a rose」とか「石の心heart of a stone」といった言い方における、譬喩（ひゆ）を表す言葉「のようなlike」を省略した直接的な表現の仕方であると。それに対して、直喩または明喩（めいゆ）は「彼女はバラのようだShe is like a rose」とか「石のような心heart like a stone」といった言い方における、譬喩を表す言葉「のようなlike」を使った表現で、日常的にわれわれが使う普通の譬喩であると。

　しかしこれはおかしいと僕は思いました。パソコンの画面は机上にたとえてふつう「机上のような画面」とか「机上のようにたとえた画面」とは言っても、「机上の画面」と譬喩を表す言葉を省略しなければうまく表現できないわけではありません。「机上の画面」という言い方はむしろ机上にある画面、机上に乗っかっている画面という意味を想定させて不適当でもあるでしょう。つまりdesktop metaphorの訳語として、「机上の隠喩」などという言葉はじつはないのです。正しい訳語は最初に説明したように、ただの「机上のたとえ」になります。つまり彼は自分の言っている意味がよく判っていなかったのでしょう。

　「たとえ」は漢字で書けば例え、喩え、譬え、どれでもいいですが、ここからも判るように譬喩とは「たとえ」という意味ですから、これは「机上の譬喩」、「机上への譬喩」と言ってもいいでしょう。ですがいまの時代は多くの人にとって、譬喩という言葉は、意味はもちろん読み方すら判らなくなってきているわけですから、僕は「机上のたとえ」という訳が一番正しく妥当なものと思います。ではなぜ編集長はこれを「机上の隠喩」と訳したのでしょうか？　じつはここからが僕のこの小文の本題です。

　察するに、彼はmetaphorという単語を知らないか知っていても自信がないかそんなところから、英和辞書を引いたんですね。辞書にはまず最初に「陰喩」と書かれています。そして詳しい辞典なら「陰喩」の意味も細かく解説しています。そこで彼はこの意味は「机上の隠喩」であるとやり、そうやった以上は「隠喩」の説明から入らざるを得なかったわけです。「譬喩」という言葉は漢語でもあり昔からある言葉ですから、年寄りか教養のある人なら知っているでしょうが、「陰喩」というのは訳語として近現代にできあがってきた言葉ですから、知っている人は「譬喩」より少ないかもしれません。修辞学や文法の研究者か、英語などの西洋語の研究者なら知っているでしょうし、もちろん大学で外国語をしっかりと勉強すれば、一般人でも知っているでしょう。ただこれは特殊用語ですから、metaphorを「たとえ」と知っている人でも、「陰喩」の正確な意味は知らないという人がかなりいると思います。まあそういう細かいことはともかく、わが編集長は辞書を引き、metaphorの意味としての「陰喩」の説明を読んだわけです。「鉄の女」とか「氷の刃」とか。そこで desktop metaphorの説明に、「陰喩」の説明から入ったわけです。彼は「机上の隠喩」という韜晦趣味（とうかいしゅみ＝難しいよく判らない言葉を使って悦に入る）に魅せられてそう訳したわけですが、じつは「机上の隠喩」では意味をなさないことに気がつかなかったわけです。「机上の隠喩」ではなく、「机上にたとえること」、「机上のたとえ」、「机上の譬喩」と説明しなければならないことが判らなかったわけです。

　ここで僕は、これは看過できないと思い、編集長宛に次のようなメイルを打ちました。

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　・・(中略)・・私は、desktop metaphorを「机上の隠喩」と訳すことはできないと思います。まず第一にこれでは意味が通りません。だれでも日本人なら「机上のような画面」と言うでしょうが、「机上の画面」とは言いませんから、「机上の」という隠喩をここに当てはめることには無理があります。当然ながら普通にはmetaphorは「譬喩」と訳すべきです。譬喩はヒユと読みますね（比喩は現代の一種の当て字です）。「机上の譬喩」なら、まあ許せるかもしれません。しかしそれもいい訳とは言えないでしょう。
　そもそも metaphorは英語では「譬喩」であって、ほとんど「隠喩」という意味では使われません。「隠喩」という意味は、figure や simile といった文法・修辞学用語とともに、文法学者や修辞学研究家には使われますが、そういう用法、意味は90％以上のアメリカ人が知らないでしょう。だからそもそも英和辞書が metaphorの項目の最初に「隠喩、暗喩」を呈示していることが間違いだと私は思います。そしてもちろん、隠喩、暗喩、直喩、明喩といった言葉も、訳語として造られた日本語にすぎません。
　一方「譬喩」という言葉は正当な日本語ですが、これもほとんどの日本人が知らないか読めない言葉になってしまいました。たぶん大学出のインテリでないと知らない言葉に入るのではないでしょうか？　譬喩の「譬」という字も「喩」という字も「たとえる」と訓読みし、まさに「たとえる」という意味です。この熟語が読めて、その意味が「たとえる」と知っている日本人が今何％いるのでしょうか？　私には判りません。まあどう甘く見ても50％以上ではないでしょう。
　はっきりしているのは、metaphorという語とその「たとえ、たとえること」という意味を知っているアメリカ人は確実に90％以上いるでしょうが、「譬喩」という言葉と「たとえる」という意味を知っている日本人はたぶん50％もいないということです。ということは、desktop metaphorを平均的アメリカ人が理解しているような意味で、平均的日本人が理解できるように訳すとすれば、「机上のたとえ」とするしかないということになります。もちろんそれしかありません。もっと正確には、（コンピューター画面をデスクトップに）つまり「机上にたとえること」です。それが「机上の譬喩」でも、まあやや堅苦しいのと韜晦趣味に感じますが、まちがいではないでしょう。
　しかし「机上の隠喩」はまずいですね。アメリカ人がだれもそんな意味で使ってないのですから、見当違いなだけでなく、陳腐で滑稽です。そればかりでなく、辞書から借りてきた、付け焼き刃的博識だということがすぐに判ります。辞書には高尚なことが書かれていますが、それは往々にしてアメリカ人が現実の生活で使っている言葉とは無関係です。われわれ日本人にはつらい事実ですが、現実はそんなふうです。
　つまり辞書に頼らないで、前後や文脈を読めば、このdesktop metaphorのmetaphorの意味は、「たとえ」だと簡単に出てくるものなのではないでしょうか？　くれぐれも辞書を過信しないことです。
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　このメイルはちょっときつかったかもしれません。＜「机上の隠喩」はまずいですね。アメリカ人がだれもそんな意味で使ってないのですから、見当違いなだけでなく、陳腐で滑稽です。そればかりでなく、辞書から借りてきた、付け焼き刃的博識だということがすぐに判ります＞と僕は書きました。一つには、雑誌の編集長ほどの人だからこのくらい厳しい批判は耐えて当たりまえと、僕は思っていたわけです。しかし編集長から返事は来ませんでした。メイルを受け取ったという雑誌社からのメイルさえも来ませんでした。それで一週間か十日ほどして、僕は気になった点を調べて、もう一度、よせばいいのに以下のメイルを送ったんです。

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　先日「隠喩」という言葉に関してメイルをお送りした村尾です。××さんが読まれたかどうか判りませんが、その内容について、補足したいと思い、再度メイルしました。
　metaphor という単語の意味は、日本の英和、英英辞典の多くは、「隠喩」という意味を最初にかざしていますし、少し落ちる辞典になると「隠喩」という意味しかあげていなくて、普通の人が使う「たとえ」という意味は、なんと、呈示していません。これは恐ろしいですね。
　metaphor という単語の意味の確認には、英米で出されている辞典を引くのが一番だと思います。私が調べた限りでは、家庭用のOxford、Chambersでは、「たとえ」という意味だけで、反対に「隠喩」という意味は省略して呈示していません。やや大きな Webster の辞典は「たとえ」という意味を最初にもってきて、「隠喩」という意味は CF=参照として、figureやsimileの項目を見よ、と書いていますが、これも意味の項目からはほぼ省いています。まあ、だいたいこんなふうだと思います。
　私も日本の英和辞典がこんなにいかれているとは思っていませんでした。高尚で学術的な意味を高々とかかげ、現実に英米人が使っている英語の意味には興味がないのかもしれません。まあ、余計なことかもしれませんが、このことを再度あなたにメイルさせてもらいました。
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　そしてまたしても編集長からはなにも返事が来ませんでした。まあ、そんなものなんでしょう。返事など期待するほうが馬鹿なのかもしれません。それはどうでもいいです。ところでdesktop metaphorの metaphorという言葉は「たとえ」でなにも問題がないものの、日本語のほうの「陰喩」という言葉は、まだまだ厄介な問題を引きずっています。あるインターネット・サイトに次のような文が掲載されていました。

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　・・・こうした「勝手に進行する物語」という構造上の特色の他に、もう一つこのアニメには大きな特色があります。それは執拗に繰り返される、第二次世界大戦の陰喩です。例えばレイの苗字・綾波は当時撃沈された駆逐艦の名前ですし、アスカの苗字・惣流も、おそらくは当時の空母・蒼龍から取られたもの。また主人公達が乗り込む「エントリープラグ」と呼ばれる円柱状の操縦席は、あからさまにあの人間魚雷・回天を思わせますし、第三東京市が置かれている長野の山中は、戦争末期に本土決戦の拠点として「松本大本営」と呼ばれる要塞が建造されるはずだった場所です。そもそも作中さかんに連呼される「セカンドインパクト」そのものが第二次世界大戦の陰喩に他ならない・・・
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　ここで使われている「陰喩」は、正確には、修辞学でいう「陰喩」とは少し違います。アニメの人物や名前や物語りが〈第二次世界大戦の設定や状況を暗に仄めかしている、暗示している〉と筆者は言っているわけです。僕はそれを間違った使い方とは思いません。文学や評論では〈直接そうと述べてなく暗にそうと示されているような譬喩〉として「陰喩」という言葉が使われてきています。またときには〈思ってもいないのに、暗示されているわけでもないのに、偶然の一致のように浮かび上がってくる譬喩〉の意味にも使われます。「鉄の女」とか「氷の刃」とか言う場合に、暗示しようという意図はそこにありません。〈鉄の〉という形容を隠しているわけではなく、むしろ露骨に語っているわけですから、暗に示そうとする暗示性はありません。するとこの「陰喩」の最近の使われ方は、また新しい意味と考えていいかもしれません。結局、「陰喩」や「暗喩」という言葉は、いつのまにか文法学や修辞学の意味から離れて、たぶんその「陰」や「暗」という字の色合い、意味合いからきたのでしょうが、〈暗に示されている譬喩〉という意味で使われているわけです。これはたぶんだれかが最初は誤用し、それが慣用化されたのではないかと、僕はなんとなく思います。

　そこで日本語辞書を引いてみましょう。たとえば小学館の言泉第一版を引いてみますと、「陰喩」の項目には「・・・のごとく、・・・のようだ、などの語句を用いない修辞法」とだけあり、「文勢を強める効果を持つ。リンゴの頬、人生は旅だ、などの類。暗喩。→直喩」と追加説明があるものの、このいま検討した〈暗に示されている譬喩〉という意味は示されていません。これは広辞苑第四版でもあまり変わりません。「陰喩」の項目には「隠喩法の略。また、隠喩法による表現。暗喩」とあり、「隠喩法」の項目では「(metaphor) 修辞法の一。たとえを用いながら、表現面にはその形式(如し、ようだ、等)を出さない方法。白髪を生じたことを〈頭に霜を置く〉という類。暗喩法」となっています。〈暗に示されている譬喩〉という意味はどちらでも指摘されていません。

　ここで整理してみましょう。metaphorの意味には1-たとえ、2-陰喩、と二つあり、英米の辞典は1だけを載せていて、ものによっては2にわずかに触れている、という程度です。日本の英和辞典は（僕が目を通したかぎりでは）すべてその反対で、metaphorの意味には2を載せていて、よほどいい辞典がわずかに1に触れているという状況でした。たとえばジーニアス、ニューワールド、ニューアプローチなどの辞典はすべて2だけしか触れず、リーダーズ英和辞典は2、1の順で呈示しています。次に日本語の「陰喩」の意味には1-たとえ、2-修辞法としての陰喩、3-暗に示されている譬喩、の三つが考えられますが、ほとんどの国語辞典は2しか与えていなくて、1と3については触れていません。もしかしたら1はないのかもしれません。つまり、2と3しかなく、そのうち辞典、辞書には2しか載せず、3は無視されているということです。1の意味が存在しないという説は、インターネット検索で「陰喩」と入れて引っぱると、多量の文例がもたらされますが、そのなかに1の意味はほとんどないことからも確かめられます。それらの例文には2と3だけしかなく、それも 2はそう多くなく、大部分は3の例だということです（もちろんどれとも判断ができかねるような曖昧な使用例もありますが）。すると「陰喩」という言葉に関して、日本の辞典は〈2-修辞法としての陰喩〉の意味しか呈示していなくて、一般の人たちはたいていは〈3-暗に示されている譬喩〉と言う意味で使っているという、不可思議なすれ違い現象が起きていることになります。

　さてここまで見てきたことすべてを考えあわせれば、編集長が辞書を引っぱって、八方ふさがりの落とし穴にはまるというのは、まあやむを得ないことかもしれません。結論として言えることは、日本の英和、国語辞書は、総じて、現実に無関心だということです。英米の辞書は（優れているとかではなく）非常に無駄なく現実的に処理されていると思いますが、どうも日本の辞書は、高尚な意味、学術的な意味が好きなようで、しごく非現実的で実用性を欠いた体質をもっていると思います。これは日本人としてはかなりのショックだと思いますね。またどれもみな同じ体質をもっているというのも、まったくやりきれないことで、僕は不思議なことだと思います。きっと他の辞書を見較べながら作っているからこうなるんじゃないでしょうか？　それとも僕の意見はあまりに偏見に満ちているということになるんでしょうか？　皆さんもぜひ考えてください。　　　　　　　　　　　　　　11/13/2003初稿

------「メタファーを大事にする」
　2008年夏のある日テレビで気鋭の映画監督がインタヴューに応えて開口一番言ってました。「メタファーを大事にする」と、いかめしい顔で鬼の首でも取ったような表情でこう言うわけです。それで画面に大きく「Metaphor=暗喩、隠喩」と出ました。これはたぶん「隠れた比喩、秘められた比喩」という意味で使っているんでしょうが、暗喩、隠喩という言葉に本来そういう意味はありません。また英語のMetaphorはたんに「たとえ」であって、暗喩、隠喩という意味はありますが、それは文法用語でやはり「隠れた比喩、秘められた比喩」という意味はありません。
　するとこれはメタファーという元の英語にない意味の新しいカタカナ英語をまた一つ作ったということになります。日本人の大大大好きなインチキカタカナ英語です。万歳とでも言っておきましょうか！　それからその意味としてあげる暗喩、隠喩という言葉の意味も間違って解釈しています。そしてこういう慣用がまかり通っているにもかかわらず、国語辞書はそれに触れていなくて、暗喩、隠喩という言葉の意味には文法用語としての意味しか提示していません。
　まあ誰がどんなでたらめな言葉を使ってもどうでもいいんですが、ここで問題となるのは、インチキカタカナ英語の創作によってわれわれ日本人が被る被害です。1英語教育の破綻と2日本語の崩壊です。どんなインチキカタカナ英語を日本人が創作しても、英語国民の英語そのものは壊れませんし、彼らにあまり大きな被害はありません。ですが日本人の英語教育はますます空回りし、今までにも増して効果の薄いがらくたと化していきます。でもこれは元々大学を出て10年英語をやっても喋れない聴きとれない、そんな英語教育を十年一日のごとくやってきたんですから、被害は少ないという見方もできます。
　ほんとに大きな問題は、2日本語の崩壊です。日本語にはインチキカタカナ英語が氾濫し、こうして話している人間（映画監督）も注釈する人間（テレビ局）も聴いている人間（一般視聴者）も三者揃って日本語が判らなくなってきているわけです。そしてもう一つどでかい問題は、しかも国語学者がこういう事態にまったく無関心だということです。文学者も似たようなもんでしょう。もう恐ろしいという以外に、僕は言いようがありません。本当に恐ろしいです。日本語はもうかなりだめですが、さらに徹底的にだめになっていくでしょう。それは、言いたくないですが、日本人がだめになっていくことを意味していると、僕は結論として言わなければならないですね。
　　　　　　　　　　8/9/2008再校</description>
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         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:27:09 +0900</pubDate>
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         <title>社会</title>
         <description><![CDATA[このあいだ珍しくお客さんと音楽談義をやりました。プロのミュージシャンとしては、お客さんとはあんがい音楽談義はしにくいもんですね。音楽雑誌の記事とかで自分の意見をぶったり、どこかの教室で講義とかは簡単にできますけど、人と議論するのは骨が折れますし、それがお客さんとなるとさらに言いにくいです。でも先日ジャズでは誰が好きかと訊かれたもんですから、答えないのもおかしいので、バド・パウエルと答えたんです。するとなぜと訊かれたので、説明し始めました。当然ですが、これが話せば長いことになります。

僕は17歳くらいから30代初めまで、当時の日本人のありふれたパターンでビル・エヴァンズ一遍道でした。それが30半ばからパウエルを聞き始め、だんだんのめり込んでいって、気がついたらエヴァンズは聴かなくなっていました。もっと厳しい言い方をすると、まったく聴けなくなっていました。エヴァンズは病的なんですね。病的と言えば、パウエルも充分病的です。どちらも100％病んでいるんですが、パウエルは社会的には病んでいなくて個人的に病んでいるのに対して、エヴァンズは社会的にも個人的にも病んでいるように思えます。パウエルはどこまでも強く健康的ですが、身体的には病んでいたと思います。エヴァンズは弱く非健康的で、後年は身体的にも病んでいきます。

しかしここには、第二次世界大戦後のアメリカにおける、人種的、社会的な問題が関係していると、僕は思います。黒人には社会と戦う理由があったわけです。戦争中はいわば挙国一致体制であり、白人も黒人も一緒に戦ったので、社会的な問題を一時棚上げにすることができました。それがスウィング時代だったと言っても間違いではないでしょう。しかし終戦と同時に人種差別の厳しい現実が重く垂れてきます。黒人はまた元の悲惨な生活に戻らなければなりません。そこでスウィングはすぐに過去のものとなり、バップとそれに連なる<モダン・ジャズ>の時代が来ます。黒人はそこに悲哀、暗さ、苦悩、怒り、否定を表現しようとします。それは社会との戦いを意味していました。白人もジャズに入ってきた人たちは、同じように苦悩や怒りや否定的なものを表現しようとしました。しかし彼らの場合はどうもそこに必然性がありません。

バップや<モダン・ジャズ>には、過去の時代への否定か、否定とまでいかなくても見直しのようなものが大きな契機として含まれていました。マイルズ・デイヴィスの音楽や当時のモダン・ジャズがフランス映画に引っ張りだこになったのも、そういう理由です。既存の社会への否定は黒人にとって大きな権利であり義務でもあり、いわば必然だったわけです。しかし白人のジャズ・ミュージシャンには既存の社会への否定はどこかで自己矛盾を引き起こします。既存の社会とは、彼ら白人の社会であり、彼らの出自でもあるからです。ですから60年代に入ると、白人のジャズ・ミュージシャンは大きく分けて二つに分かれていきます。一つはスウィングの延長で、悩みなど一切なし、底抜けに明るくてアメリカ社会礼賛派です。もう一つはそれができない社会否定派です。問題なのはこの社会否定派です。

白人で、自分たちの既存の社会を否定すると、それは最終的には、家族や親戚や、村落共同体や、自分たちの所属やそれらが作る秩序の一切に対して、否定的な態度を取らななければならなくなります。それは彼らのなかで大きな矛盾とならざるを得ません。しかしそれでも否定的な態度を取る人はたくさんいました。代表的な人たちはスタン・ゲッツ、アート・ペッパー、ビル・エヴァンズでしょう。彼らは最終的には怒りのやり場がなくなり、三人ともひどい麻薬中毒になります。とくにひどい社会的矛盾に挟まれて身動きがとれなくなるのは、後者二人です。ペッパーはほかにも悪いことをたくさんしでかし、刑務所と娑婆の往復生活になります。彼の《Straight Life》という自伝は、こういう白人ジャズ・ミュージシャンの不可解で病的な立場をよく表現していて、最高に面白いです。マイルズ・デイヴィスの自伝も面白く読めますが、べつに驚きません。しかし《Straight Life》は驚きとショックの連続で、ジャズ・ミュージシャンの自伝としては断然抜きんでています。

ビル・エヴァンズの音楽には、彼の弱さと不健康さと、アイデンティティ喪失による不安感が横溢しています。初期のものは純粋に音楽的な探求に没頭できているので、聴く方もそういう視点で聴けば楽しく勉強になります。しかし中後期は、彼のなかで、音楽が必然性を欠いていき、疑問や否定や戦いの対象が不分明になっていきます。それは彼のレコードのあらゆるところに出ていますから、聞き間違えるようなことはありません。バド・パウエルとビル・エヴァンズでは十年ほどの世代の違いがありますから、まったく同列に論じることはできません。パウエルも50年代末から60年代は完全に病んで、ほとんど音楽になりません。生きた屍（しかばね）そのものです。しかし彼らが音楽界に切り込んでくる時代の、彼らの精神と社会的な態度、姿勢には似たものがあり、また比較することもできると思います。

さてバド・パウエルに没頭していった僕は、40ぐらいのときにパウエルの [クレオパトラ] などをレコードからコピーしました。[クレオパトラ] で彼は3カ所ぐらい大きなミスをしています。隣の鍵盤を一緒に弾いてしまったりとか、明らかな間違いです。でもそれはコピーしてみて初めて判ることで、レコードを聴いているとまったく気づきません。なにしろ素晴らしい演奏で、彼は興奮しまくっていますし、聴くものだれもが圧倒されてしまいます。同じレコードのほかの曲では、AABA-32小節のところ、あるコーラスだけ40小節やっています。コピーしてみて判ったんです。どうしてもそこだけ40小節あるんです。それでそこを何度も何度も聴いてみてやっと判ったのは、Bへ行くべきところをパウエルがもう一回Aをやっているので、ベースのポール・チェインバーズが2、3小節いったところでウッと詰まって止まり、2、3拍休んで気を取り直してAをやりそれから合わしてBへ進んでいる事実です。チェインバーズが詰まって止まっていなかったら、僕にも判らなかったかもしれません。つまりパウエルはそこだけAを3回やりBAといき、そのコーラスだけ40小節やるという素人みたいなポカをやったわけです。

でもそのレコードは彼の演奏のなかでも最大の名盤と言われていて、僕もそれに異存ありません。まさにその通りです。僕も何度も何度も聴きました。今でも聴いていて退屈しません。しかし本当のところ彼の演奏はいたるところ間違いだらけです。そこで僕は考えこんでしまいました。どうしてこれほどまでに雑で乱暴で間違いだらけの彼の演奏が素晴らしいのか？　そしてエヴァンズの演奏がひどいとは言わないものの、あの繊細で美しく完璧とも言える非の打ち所もない演奏が、どうして僕には聴けなくなってしまったのか？　いったいどうやってこれを説明すればいいのか？　その頃毎日毎日このことを考えました。それで到達した答えは、それを説明しうるものは唯一「精神」しかないということです。

音楽は精神であり、また精神的態度である、ということです。そこには明るくたくましく強く戦っている精神があるように思います。それはある意味では、1950、60年代のジャズと現在のジャズとの違いをも説明してもいるでしょう。50、60年代のジャズはいまどれを聴いてもなにか惹きつけられる強い魅力を持っていますが、現代のジャズ・ミュージシャンがすごい技術で卓越した演奏を聴かせても、そこには当時のような飢えたどん欲でしたたかな精神がかけているからか、どうも惹きつけられる魅力が感じられません。今という時代が、飽食の時代だからなんでしょうか？　飢えもなければどん欲さもなく、技術の誇示以外に演奏がなんら必然性をもたず、精神も精神的態度もとくに必要ないからかもしれません。話し始めると全部明確に説明し終わるまでは、僕はやめられません。この程度でもとてもすべて説明しきったとは言えませんし、舌足らずで不十分な解釈と言われても仕方がないでしょう。でもこういうことを考えることは重要ですね。みなさんもいい演奏を聴いてこういう点について考えてみてください。


このあいだ1937年の [They All Laughed] などジョージ・ガーシュウィンが最後の方に書い曲を調べていて、あれこれ厚い参考書をひっくり返していましたら、ジョージはラヴェルやシェーンベルクなどとつきあっていて、彼らの名前があちこちに出てきます。それで少し逸れてラヴェルのことを書いたものを読んでましたら、驚きの事実が指摘されていました。ラヴェルは1932年にタクシーの事故で、頭を打つんです。それで最初はたいしたことないと思われていたものが、どうも段だんと悪化していったようで、5年ほど廃人同様の生活をして37年に亡くなってしまいます。ところが昨年4月8日のニューヨークタイムズに載った記事では、どうもラヴェルの病状は自動車事故の結果ではないかもしれないと言うんです。彼は1928年53歳の時にすでに前側頭葉損傷認知症（frontotemporal dimentiaの拙訳ですがどこまで正しいか判りません）にかかっていた可能性がある、とその新説は指摘しています。その年彼は有名な [ボレロ] を書きますが、彼にしては単調なあの繰り返しの多い曲調はその認知症ゆえだと言うんです。これにはまさにビックリです。

確かに [ボレロ] はほかの彼の曲とはかなり違っていて、僕も聴くたびになにか不思議な印象を持たざるを得ませんでした。つまり事故はほんの偶然で、本当の死因は認知症の進行だと言うんです。もちろん本当かどうかはもう判りませんけど、事故のあとの最後の5年間は植物人間のようになってしまって、よく謎のように言われてきましたから、そうだとすると辻褄が合います。それは事故以前の彼の神経科での診断記録などを洗いなおしてみて出てくる、論理的な帰結だと記事は言います。同時期に書かれた [左手のためのピアノ・コンチェルト] にも同じような兆候が見られると・・・いやいや面白いですね。興味津々です。しかしやはり死因は事故で認知症ではないという説もあります。ラヴェルの晩年は判らないことが多いです。まあこういった研究がこれからもっとなされていくんでしょう。僕なんか期待に胸が膨らんでしまいます。

ジョージ・ガーシュウィンはラヴェルにもストラヴィンスキーやシェーンベルクにもレッスンを申し込んで、悉く断られたということは以前書きました。でもラヴェルとはニューヨークのクラブへ一緒にジャズを聴きに行ったりしてます。シェーンベルクとも親しいつきあいをしていたようです。シェーンベルクは、アインシュタインもそうでしたが、1933年にヒトラーが政権を取ったときにナチドイツから逃げ出してアメリカに来ます。彼はUCLAキャリフォルニア州立大学ロスアンジェルス校に教職を得て、36年にはLAに住んでいました。ガーシュウィン兄弟ももっぱら映画に音楽を書いていたので、ハリウッドに住んでいて、近かったのでシェーンベルクとは親しくしていました。ジョージはテニスが好きで、自分のコートを持っていて、36年にはシェーンベルクとよくプレイしました。できないときでもシェーンベルクにコートを貸したりしていました。

彼らは音楽的な相違を超えてつきあっていたんですが、たった一度だけそれが浮かび上がったことがありました。あるときジョージはシェーンベルクの弦楽4重奏のコンサートに行き、翌日テニスのときに二人の話しは前日のコンサートのことに及びました。そこにいあわせたピアニストのオスカー・レヴァントの話しによると、ジョージが「僕もいつか弦楽4重奏を書きたいな、でもモーツアルトみたいに単純なものだけど」と言ったんです。するとシェーンベルクはジョージのいつもの気ままな発言を自分の作品への批判ととったらしく、「僕は単純な人間じゃあないよ。それにモーツアルトだって彼の時代には単純にはほど遠かったろうよ」と言いました。

そのジョージは37年1月あたりから激しい頭痛を感じ始めます。2月11、12日のLA交響楽団との演奏では、倒れそうになり、しかもゴムが焦げるような匂いを感じたと述べています。彼の脳腫瘍は進行していきます。今だったら放射線治療かなにかで死なずにすんだところでしょうが、当時はどうしようもなっかったのでしょう。そして最後の1、2ヶ月は意識もなく、7月11日に亡くなります。ここらへんは彼の伝記映画『アメリカ交響楽』にも描かれていました。ところで植物人間だったラヴェルも、たぶんジョージの死なども判らずにでしょうが、この年12月28日にパリで亡くなります。奇しくも1937年は音楽界の巨星が二つ落ちた年になりました。


数日前に韓国のインターネット事情について報道番組が伝えていました。韓国のブロード・バンド普及率は非常に高く、そのためにネット犯罪も高度になってきていると言うんです。全国に支店網を造りネットで注文を受けて配達するやり方で大成功した花屋さんが、ある日大量の注文やアクセスが殺到してサーヴァーがパンクしてしまいました。でもそれは調べてみると意図的な破壊工作で、たぶん競争相手の花屋かどこかが"業者"にやらせたようです。しかも脅迫電話がかかってきて「金を払え、さもなくば事業はおしまいだ」みたいなこと言います。よくよく調べると、その破壊工作は中国のどこかからなされていて、脅迫電話は韓国人の声なので、韓国のだれかが中国の業者にやらせたようです。すると警察権が及ばないですから、韓国の取り締まりはなにも手出しができません。しかもこういうものは必ずネットカフェのようなところから発信されています。

もう一つの例では、検索順位を上げる業者がどこかから依頼を受けると、そのURLにアクセスをするウィルス・ソフトを大量にばらまいてどこそこ構わずに送りつけ、そのウィルス・ソフトがURLにアクセスをし、それでアクセス数が増えてそのURLは検索順位のトップに躍り出て、業者は収入を得るというわけです。もちろんそのアクセスは嘘で、なにも意味を持ちません。前例もそうですが、これも発見すること自体非常に難しく、取り締まりは困難を極めます。また時間もかかり、取り締まりも後手に回ってしまいます。ようやく突き止めた頃には、犯人は消え失せているかもしれません。しかし日本でもそう違うわけではないです。日本のなにか悪徳サイトを取り締まろうとしたら、それがアメリカやカナダのプロヴァイダーから立ち上げているということが判って、なにもできなかったという話しも聞きました。彼らは日本語が判らないし、顧客が何人だろうと金さえもらえればそれでいいわけです。

インターネットは国際的な通信網で国境がないですから、そもそもこういうことは不可避のことです。僕は店のも含めて4つもアドレスをもっていてHPにも出していますから、合計で500以上の内外からくるゴミメイルを僕は毎日捨てています。それで捨ててはいけないメイルを捨ててしまうということも何度もやっています。それらのメイルには日本語や英語でセックスの勧誘やヴァイアグラを買えなどと書かれていますね。またミクスィのようなアメリカの交友サイトでは、セックスの相手を求むなどと堂々と書かれています。それも本名ではなくバンドル名でやりとりして、匿名性に守られていますからできるんでしょう。

近ごろは個人情報を守るとか尊重するとか言って過剰に神経質になってますが、それは必ず両刃の剣となり、個人情報を秘匿することからくる匿名性は道徳や社会規範を一気に破壊します。科学の進歩とともに人間社会も確かに進歩してきましたが、それで人間も進歩しているとわれわれはなんとなく思ってやってきました。でも人間はもしかしたら進歩どころか退歩しているのかもしれません。つい20年くらい前までわれわれは個人情報も匿名性もとくに気にすることなくやってきたんですが、そういう向こう三軒両隣的、相互監視体制のような社会がじつは人間の堕落を防いでいたとも言えます。人間はどこまでいっても弱く愚かですね。個人情報秘匿と匿名性は人間の抑制を取り除いてしまい、悪いことを好き放題にやる自由を与えてしまうんでしょうか？

従って、インターネットでどこかになにかを書きこむ、あるいはメイルを送るといった作業には、パスやIDカード（身分証明書）を提示することを義務づける時代が間もなく来るのではないですか？　僕はまじめにそう思っています。名前と住所の上半分ぐらいまでと写真を画面上に提示するようなカードです。それをパソコンに挿入して初めてインターネットとメイル機能は使えるというようなシステムです。それが厭な人はいままで通り手紙と電話ですませばいいんです。それはプロヴァイダーが発給し、プロヴァイダーもときにはライン業者もそれにたいして責任を負うことになります。どうぞ犯罪に使ってくださいと言っているようなプリペイド携帯電話を業者が売って儲けだけ手にし、あとのことは責任を負わないなどというビジネスが許される方がおかしいんです。インターネットもメイル交換も、プロヴァイダーもライン業者も、なにも例外ではありません。自分の家のパソコンであっても、IDカードをパソコンに差し込んで仕事をする、残念ながら僕には、そんな時代が間もなくやってくるような気がします。
4/14/2009]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">社会</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:26:52 +0900</pubDate>
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         <title>スポーツニューズとは？</title>
         <description>僕は新聞を取っていないし、テレビも昼間の大リーグ中継以外はほとんど見ませんから、テレビ・ニューズだけはできるだけ見るようにしています。あまりにも世間知らずになるのは恐いですから、まあニューズだけは見ます。だいたい店が終わって帰り、ニューズとスポーツニューズはセットになっていますから、スポーツニューズも見ます。スポーツは、政治やマスコミや芸能などどんなに腐りきっていても、まあそういうことに関係ない、今唯一の中立的で公正な事象と言えますから、純粋に楽しんで見ることができます。

スポーツとは本来そういうものです。よせばいいのに、僕は「スポーツ精神」なんていう本を書いたこともあります。それから、スポーツは見るだけでなく、テニスとかジョギングとか野球とか、必ずいつもなにかを僕はやっています。それはともかく、スポーツは、政治的、社会的な問題に関係なく、中立で公正で潔白な領域だという神話は、僕も信じたいです。最近チベットの自治に関していろいろ摩擦が生じて、北京オリンピックの聖火リレーを妨害するとか、開会式欠席を各国首脳が仄めかしたりとかいったことが取りざたされています。それでスポーツニューズを見ていたら、長嶋一茂さんが意見を求められて、「スポーツは、政治的な問題に関係なく、中立であるべきで、チベット問題と絡めて聖火リレーを妨害するなどということはやるべきではないと思います」と彼は述べていました。

しかしそれを聞いたとき、とうぜんの意見のように思えるのに、僕は賛成はできませんでした。スポーツの中立性はまったく正しいはずですが、僕はじつはそう信じてはいなかったんですね。自分でもこのときの反応が不思議に感じられました。いつのまに僕は正反対の意見を持つようになったんでしょうか？　そしてなにゆえに？　よく判りません。でも自分の気持ちははっきりしています。中国のやり方を支持する気には到底なれません。世界中がチベットを支援する態度で接してほしいです。スポーツ選手もスポーツファンもみなチベットを応援してあげてほしいです。それで僕は考えました。いつからこうなったのだろうか、そして、なにゆえにスポーツの中立性を放棄するべきなのか？

一番の原因は、スポーツそのものが変化したことにあります。これは僕の「スポーツ精神」という本のなかでも議論した大きな問題です。スポーツは1980年代あたりから急激に変わりました。すべての競技に観客が殺到し、その収益から賞金や出場料が支払われるようになりました。オリンピックも同様です。大きな大会ほど優勝者には多額の賞金が支払われます。学生のスポーツを除けば、いま金銭の授受がないスポーツはありません。つまりずべての競技が事実上プロ化し、もうアマチュアはいなくなったんです。だからスポーツはすべて金がかかっていて、あるときはスポーツ選手の生活そのものがかかっているわけです。サッカーでもシャツを引っつかんで放さないのはもう当たり前で、いつのまにか審判も反則を取らなくなりました。醜いことこの上ないですね。そこへいくと野球ではそういうことはないですから、まだいい方ということになるんでしょうか？

いやそんなことはどうでもいいです。いまスポーツは普通の人間のやるビジネスや生活と同じ次元のものになったんです。もしスポーツが、1960年代以前の金銭の授受がないアマチュア的性質を保持していたなら、スポーツの非政治性、中立性はまだ生きていたでしょう。またわれわれが皆でそれを保持しなくてはならなかったでしょう。しかしもうそんな神話はどこかへ吹っ飛んで久しいです。そんなものは笑い話しにしかなりませんが、笑い話しとしてももう面白くありません。スポーツはいま商売の一つですよ。それだけのことです。オリンピックでさえ同じです。すでに最初からスポーツの非政治性、中立性などという神話はないんですから、中国がオリンピックという大きなビジネスで経済的に政治的に儲けようとしていることに、誰かが異論を唱えても妨害しようとしても、とくにそれに反対する神聖な論理など存在しませんね。

チベットの正確な実情は僕は充分には判りかねます。従って両方の言い分を注意深く見守るしかありません。しかしチベットの言い分を門前払いにすることはできません。とくにスポーツが政治的、社会的に中立で公正で潔白だと言って、チベットの言い分を追っぱらうのは無理なことです。もしそう言うのなら、その前にスポーツを1960年代以前のものに戻してもらわなければならないです。そうなんです。スポーツは変化しました。もう政治的、社会的に中立で公正で潔白なスポーツなどどこにもないでしょう。われわれの生活も大きく変化しました。手弁当と自転車とラジオで動いていた開発途上国とその人々は、中国もそうですが、いまや車と冷蔵庫とテレビで生きています。すべてが変わったんです。

外国が批判すると、中国は内政干渉だと判で押したように言います。しかし、もう「内政干渉」という古典的な言葉は、この21世紀の世界にはありません。世界中の人々が地球という一つの坩堝に生きています。われわれは毎日中国製の食品を食べているし、中国人も日本製の電気製品など買っているでしょう。それらを作る人間、運ぶ人間、使う人間、処分する人間、すべてがお互いに関係を持っています。そういう人間たちはお互いに相手に関心を持っていて当然で、それを口に出すことも当然の権利です。そしてときにはそうすることが義務でもあるでしょう。しかもスポーツが政治的、社会的に中立で公正で潔白だった時代はもう遠くに去りました。オリンピックは大金が転げこむビジネスの一つです。ひどい言い方をすればオリンピックなどもうどうなったっていいんです。それよりチベットの自由、自治の方が重要です。

さて、こうは言うものの、僕がこの小文で言おうとしていることは、じつは北京オリンピックの聖火リレーや開会式のことや、チベット問題のことではないんです。いまわれわれにとって重要なのは、われら日本人のスポーツ観です。スポーツが政治的、社会的に中立で公正で潔白だった時代はもう過去のことです。長嶋一茂さんにはわるいんですが、そんな時代はもうずっと前の過去のそのまた過去のことです。いまやスポーツは大金を稼ぐ商売の一つになりさがり、どんな選手も20代後半あたりから選手生命の、ということは大金を稼ぐことができる年齢の、終わりを意識し始め、あせってあたふたし始めます。つまりこれが今のわれわれのスポーツ観です。厳密に言えば、変わったのはスポーツそのものではなく、人間のからだでもなく、やはり人間のスポーツ観、スポーツに対する考え方、感じ方全体でしょう。

われわれのスポーツ観をよく現しているものの一つは、スポーツニューズです。毎日、テレビのニューズのあとに、スポーツニューズがつづきます。それでキャスターでも、タレントでも、スポーツ解説者でも、近頃はズラーッと4、5人並べて総動員で、派手におっぱじめます。結論から言ってしまうと、このスポーツニューズが、近頃ではもう滅茶苦茶に腐っていていかれているんです。まあ僕も全部見ているわけではないですが、どこのテレビ局も右へならえでみな同じような内容のものを判で押したようにやりますから、結局全体に言えることです。やれ「反撃ののろし」だとか「選手会長（キャプテン、ジャパン代表）の××は」とか、陳腐な表現がつづき、またどのチャンネルもまったく同じことを言うのもすごいです。日本人の面目躍如とでも言うんですか、その画一性には目を瞠るものがあります。では僕が気のついたことを書いてみましょう。

その1。斉藤優樹くんが大学に行くかプロ野球に入るかでマスコミが沸いたことがありました。6チャンネルのスポーツ解説者は「絶対にプロ野球に行くべきですよ、僕もそうしましたから」と力説しました。最終的に優樹くんは静かに「まだ学ぶことがたくさんあるので、大学に進学します」と言って、進学しました。スポーツニューズも、われわれファンも、周囲のすべては、彼が自分の一生のもっとも大切な時期の進路を自分で決定するのを、口を出さずに静かに見守ってあげなければならなかったですね。しかしスポーツニューズは腐ってますし、スポーツ解説者もいかれています。脇にいてワーワーとはやし立てるタレントごときは、もう論外です。すべてみな金と名声にしか興味がありません。

スポーツが政治的、社会的に中立で公正で潔白だった時代はもう過去になり、いまやスポーツは大金を稼ぐ商売の一つになりさがったんです。ですからスポーツを20年やったところで、人間ができるわけではなく、スポーツで人格形成されるなんてこともありません。引退したスポーツ選手が解説者になり、彼らが言えることは「絶対にプロ野球に行くべきですよ、僕もそうしましたから」ぐらいなんでしょう。またスポーツ選手の日本語はどんどん落ちてきていて、従ってスポーツ解説者の日本語もどんどん落ちてきています。スポーツは人格形成の場ではないのです。しかし1960年代くらいまでの昔は、スポーツも人格形成の場であるか、あるいはそれと同等のものと、少なくともわれわれ自身や周囲や社会全体が考えていたんです。昔の野球選手である川上や大下の過去の言動を新聞やラジオで読んだり聞いたりすれば、彼らが一介のスポーツ選手でありながらどれだけの人格者だったかが判ります。それは西洋のスポーツ選手に関しても同じことが言えるでしょう。断っておきますが、僕は川上や大下が飛び抜けた偉人だったなどと言っているのではありません。彼らはある意味でたしかに偉人だったんですが、そうではなく彼らが立派で常識のあるどこへ出しても恥ずかしくない人間であって、30、40になれば、普通人と同じように、それ相応の人格をそなえ、18歳の男の子にもっとも適切な助言をしてあげられる、そんな人間だったと言っているにすぎません。

高校野球の中継放送もいかれてますけど、スポーツニューズの報道はもっと腐っています。その2。よく沖縄や辺鄙なところから来ている高校や、私立ではない公立高校などで代表になった学校などの、試合ぶりを報道するときに、スポーツニューズはこう言います。それが準決勝あたりで、あるいはその前で負けて、彼らを主人公にして悲しい物語りのようにつづります。「××県のどこどこの丘で歯を食いしばって特訓した成果も実らず、開会式で誓った決意も萎え、応援に故郷から駆けつけた地元ファンの期待も水の泡と消え、××高校の春（夏）の夢ははかなく散ったのでした」と、たとえばこんなふうに歯も浮くような安っぽい美辞麗句を、いつも決まり切った調子で並べて語られます。これが地元のいわゆるローカルテレビで報じられるのならまあいくらか理解できますけど、東京のテレビで全国版のスポーツニューズです。ではこういう場合、相手の勝った高校はどうすればいいんでしょうか？　こういう語り口の中では、まるで悪いことをしたような、すまないことをしたような、そういう印象を視聴者だけでなく彼らに押しつけます。高校野球でもなんでもスポーツの勝敗は少なくとも公平で、誰でも遠慮なく勝っていいわけです。勝ってすまないなんてことはどこにもありません。スポーツニューズは必ずこういうふうに弱者を応援しているかのような姿勢を作って、その視点から脚色化して語ります。当然相手方は、そうとは言ってないけれど、この論理からは悪者になります。しかし悪者はどこにもいませんから、そもそも弱者を応援しているかのような姿勢から、すべてを脚色化して語ること自体が間違いです。むしろそう語る者の方が、悪者でしょう。弱者であれなんであれ、これでは依怙贔屓になってしまいます。

依怙贔屓が間違いなのは、スポーツニューズのなかでは当たり前です。しかもアマチュアの高校野球ですからなおさらです。なぜ公平に彼らを見つめてあげないのでしょう？　それは主催者側も報道側も、できれば応援する側も、すべてが遵守すべき鉄則でしょう。そんなことすらできないのなら、そもそもアマチュアの高校野球なんてものをやる意味が最初からありません。スポーツニューズは、アマチュアの学生スポーツに対してそのぐらいの分別を持つことを、当然求められますね。スポーツニューズを作る側は、もちろん大人です。どこのティームにも温かい応援を送り、公平な目で報じなければならないのは、とくに言うまでもありません。沖縄や辺鄙なところから来たティームや、公立で代表になったティームなどに温かい応援を送るのなら、それはいいとしても、そういうティームを粉砕したティームにも同じように温かい目で接しなければならないですね。なぜもっと公平に、どこどこがどこどこに勝ちました、と淡々と勝敗を伝えるような視点から彼ら全体を見られないんでしょう？　スポーツニューズなど騒ぐ問題じゃないと言う人もいるでしょう。確かに一見そうです。でもスポーツニューズがそんなふうに腐りきっているのなら、それをわれわれの子供たちは日々見て大きくなっていき、実際には学校教育などよりはるかに大きな影響をそれらからたまわり、成人していくわけです。そういう偏向をわれわれはほとんど止めることができません。

その3。よく4チャンネルでは巨人戦だけ大きく長く微に入り細にいり報じ、忘れたころ「その他の試合」と称してほかの5試合を短く簡単に、雑魚でも片づけるかのように報じます。最近巨人が下位に低迷しているからか、さすがにそれができないらしく、このパターンが崩れるときがあるようで、4チャンネルと巨人ファンにとっては大変残念なことでしょう。それと似ているのが、ビーチバレーの浅尾/西堀組と、バドミントンのオグシオ（小椋/潮田）組のスポーツニューズの扱いです。浅尾美和選手は人気が出ているらしく、コマーシャルにも登場しますし、オグシオ組もやはり美人だからか、とても人気が出ています。どちらの場合も、スポーツニューズではいきなり彼女たちが主人公で「××組は・・・」と始まり、「・・・1セット取られてしまいます。しかし・・・頑張って次のセットを取り返したものの・・・最終セットを取られて惜しくも3位に終わりました」といった調子で語られます。ときには5位だったりそれ以下のこともあります。もちろんたくさんの美辞麗句があいだに挟まっています。最初からほかの組は論外で、「なお、優勝したのは××組で・・・」などと優勝した組はわずかに最後におまけのように触れられ、運が良ければチラッと姿が映ります。世界大会などで、優勝した組が中国など外国のティームだったりするとまず映りません。よほど気をつけて見ていないと、優勝した組がどこか判らないで終わってしまいます。浅尾/西堀組とオグシオ組の勝敗を伝えるだけのニューズなんです。ビーチバレーにもバドミントンにも、ほかの組、ティームはたくさんいます。なぜ彼らのことも公平に伝えられないのでしょう？　いやしくも報じるのなら、彼女たちより上のティームや選手をもっと詳しく報じるべきだし、優勝したティームはさらに詳述する価値があるんでは？　スポーツニューズとはいえ、一応は報道番組のはずですが、なぜそんなことができるんでしょう？　

ついでにもう一つ同じようなことを。ゴルフの石川遼くんは若くてハンサムで実力もあって頼もしいです。でも8チャンネルのスポーツニューズではやはり「最年少プロ・ゴルファー石川遼は・・」といきなり彼が主語で始まります。つまり「ゴルフの××大会が行われ・・」ではないんです。それで彼が才能のあるところを発揮して、美辞麗句で褒めちぎられ、紆余曲折ののち、最後は「しかし初日は+1で終わりました」などと報じて終わる。その最後の瞬間に下の方に1位から3位くらいまでの選手の名がちらっと出されて、話題は次に移っていくわけです。

2009年6月6日（土）の8チャンネルのスポーツニューズでは「石川遼は・・」と始まり、彼が40位に終わったことを報じ、他の選手にはついて費やした言葉はゼロでした。39位の選手は、20位、10位、5位、3位、2位、1位の選手は？　どうでもいいんです。これはこういうスポーツニューズやそれを見る人が、石川遼のような人気選手にだけ関心があって、スポーツには関心がないことを意味しています。つづいて翌7日（日）の同じ8チャンネルのスポーツニューズは「石川遼は・・・」と始まり、ひどく調子が悪く、50位に終わったと報じていました。恐るべきことに、50位です。1位で優勝の五十嵐選手については名前は触れましたが、なにも画面に映らず、もちろん優勝談話もありません。まさに恐るべきスポーツニューズです。こういう場合、1位の選手がどんなに人気がなくても不細工でも醜くても、彼についてしっかりと存分に報道し、最後に「なお石川遼は50位に終わりました」としなければならないでしょう。そうすればこういうものを見て育ってくる子供たちに、本当のスポーツ観を植えつけてくれます。中立で公正で潔白なスポーツという概念です。

こういうスポーツニューズの腐敗した作り方はどこの局もほとんど同じです。他局の動向をつぶさに観察しているんでしょうか、それはそれは見事に右へならえで、やることなすことすべて同じです。大きなテレビ局がなんの独自性も持たず、判で押したように同じ内容のものを作っているのには、まさに薄ら寒い思いにさせられます。彼らは、われわれが生きている社会は、美人、ハンサム、若い、格好いい、金、名声、そういう価値観だけが通る世の中なのだと考えているらしいですね。

スポーツニューズは、残念ながら、腐敗しきっています。滅茶苦茶に腐敗していて、汚くて不潔と言うのがぴったりです。ほかに僕には適当な言葉が見つかりません。金銭や名声にしか関心がない打算的で安っぽい人間観（その1）を子供や若者に植えつけます。公平さを失った視点は、弱者を応援しているかのような虚偽の姿勢で（その2）救いがたい偏見や差別を助長します。公平さが求められる場面でも、好きなティーム、気に入ったティームだけを公然と贔屓して（その3）、それを当然と思うような厚顔無恥の厚かましさ、自己中心的で横柄な人間観を育てます。スポーツニューズは、打算、偏見、差別、依怙贔屓、厚顔無恥、横柄、こういった言葉で塗り固められています。とても残念なことですが、これらはみな事実です。そしてこういう茶番、横暴をテレビ局に許しているのは、突き詰めていくと、じつはわれわれ自身なんですよ。これを許容しているか、もしかしたら歓迎し求めているのは、われわれ自身なんです。それはスポーツそのものであり、またスポーツ選手であり、さらにスポーツファンたるわれわれなんです。スポーツニューズの悪は、その制作者だけでなく、スポーツ、選手、ファンのすべてが作っているんです。いま「スポーツは、政治的な問題に関係なく、中立であるべきで、チベット問題と絡めて聖火リレーを妨害するなどということはやるべきではない」と言える人は、たいへん残念なことですが、このわれわれの社会にはいないのではないですか？
　　　　　08/5月校　　09/6/8再校

吉村満さんからの投稿
SPORTSに政治的中立なし、その通りですね。この世界では、ルール作成or変更する力を持った国の思うままです。それは国際政治での大国のやり方その物です。例えば、メルボルン五輪・平泳ぎ古川勝、彼の優勝後は潜水禁止。ミュンヘン・田口信教優勝後、頭の一寸の水没は失格。これに因り、五輪優勝候補の高橋選手が国際戦の度イチャモン付けられ脱落。近くは鈴木大地・ソウル優勝後、バサロの潜水距離を制限。ミュンヘン優勝・男子バレーボール苦心の万化の速攻も、ワンタッチ＋３打（４打）への変更ですっかり魔力を失い今日に至る。複合スキーやスキージャンプも同様にルールが変更され日本人は摘み出されれた感あり、デス。　事ほど左様に政治の力が働くのがスポーツでした、よくよく振り返れば。正直者の日本人が、スレッカラシ（地政学的にはそう成る世界に育って来たからしょーが無いかな）の白人達にどうやっていけば良いのでしょうか。悩ましい限りです。白人のjazzは嫌いではないんです。春日町のレデイデイで村尾さんのピアノ＆vO何度か拝聴、亦ピアノの上の大全集をつまみ読みした事あり。 Make Me A Pallet On The　Ｆloor やＢucket&apos;s Got A Hole In It　のデキシーの詩を調べ様とインタネットに繋いでたら、ウッカリこのページに踏み込んで仕舞いました。どうも失礼致しました。2009/10/6

村尾陸男-----吉村さん、投稿ありがとうございます。こんなところへ迷いこむ人がいてくれて嬉しいです。そういえば、今年春頃に体操個人総合で数かずのメダルを取ってきた富田洋之選手についての番組を見ました。彼は世界体操選手権の個人総合で日本勢31年ぶりの優勝を果たしたんです。それで彼の吊り輪で、腹を下に向けてぶる下がり、体を水平に保つ技で、彼のからだは見事な水平を描きます。一方ルール改正で翌年だったかに優勝した中国選手のからだは、水平を維持できず、脚の方が醜く下がっています。でもこれはほんの一瞬のことで、競技者はどんどん先へ進んでいきますから、見ている観客もそこまで細かく気にしているヒマはありません。富田は美しさ、完璧さを追い求めるのに対して、世界のルールは技の美しさではなく、技の種類や難易度の方に関心を向けていきます。そして富田の世界制覇は終わってしまいます。ファン、ルール、スポーツ、そしてその背後で動く金、いろいろ考えさせられます。2009/10/7</description>
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         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:26:35 +0900</pubDate>
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         <title>音楽/シードマイヤーとの出会い/We Threeほか</title>
         <description><![CDATA[1998年3月に父が亡くなりましたが、僕はそのころ精神的にも肉体的にもかなり疲れていて、父の部屋をなにもせずにしばらくのあいだ放置していました。やっと5月ごろから父の部屋を片づけはじめ、ぎっしりと詰っていた書類や本を整理して、図書館に寄付したり処分したりして、かなり時間と手間がかかりましたが、一ヶ月くらいかかってなんとかすっきりとすることができました。そしてしばらくして畳だった床を板ばりにはり替えたその部屋に、まったくヒョンなことから入ってきたのが、ドイツの Schiedmayer シードマイヤーという名のピアノです。

ある日僕は世田谷のピアノ会社までヨーロッパのピアノを見に行き、一台500万円とか1000万円、1500万円という目が飛び出るようなピアノを次から次へと弾いて、どうせ買えないんで、腹いせに言いたい放題ケチをつけて帰ってきたんです。このタッチが気にいらんとか、この音はうすら寒いねとか。そしたら桜木町の音楽教室にドイツの古いピアノがあるから見るかと言われて、ちょうど帰り道ですから、じゃあ見ようとそこへ行ったんです。ドイツのピアノといっても、なんと1907年製だそうで、ということはどうせ骨董品でもう使いものにならないだろうけど、まあどんな格好をしているか、参考のために見てやろうと僕は思ったんです。

ところがピアノの鍵盤を開くと Schiedmayer と書いてあるじゃないですか。いやこれは当たり前ですね。その下に Pianofortefabrik とあって、さらにその下にStuttgart とあります。ドイツ語らしく単語をくっつけちゃったりして、まこれも当たり前ですね。でも実を言うとこの三段のドイツ語の名前表記に、僕は一目惚れしちゃったんですね。それから Pianoforte という古さにもね。ピアノは昔はピアノとは言わず、ピアノフォルテPianoforteと言ったんです。おまけに触ってびっくり、さっき弾いてきた500-1500 万円のどのピアノよりも全然いいじゃん、てなわけで（あ、いかん、いかん）、しかも200万円だったもんで、僕はすぐ買うはめになったんです。いや、やっぱりはめられたのかもね。

でそのピアノが父亡きあとの部屋にやってきたんです。父は1905年生れでしたから、そこに1907年生れのピアノが来て入りこんだんですね。なんの縁なんでしょう？　そのピアノはなかに大きく張ってある響板（きょうばん）という板が割れていて、ふつうなら直すところでしょうけど、とても音が良く鳴っているし、全体のバランスもいいから直さないほうがいいでしょう、とピアノ屋が言うわけです。はい、はい、じゃあそうしましょうね。それに実を言うと響板を張り替えたり割れたところをくっつけたりするには、事実上ピアノを分解することになり、ものすごい額の修理代が必要になるんです。どっちみちそんなお金はありません。

それは180センチ余の長さのグランド・ピアノでとくに大きいくはないんですけど、ずしりとしていて柔らかい低音が響きました。難点は鳴りすぎることと鍵盤が軽いことでした。それで僕はそのピアノに、調律屋のヤスくんが反対するのもかまわず、鉛をしこんだんです。ヤマハで出している鍵盤のハンマーにはめこむコの字形の金具を90個のセットでヤスくんに買ってきてもらって、ヤスくんと一緒に一つ一つなかに鉛を入れてはめこんだんです。鉛は釣り道具屋で板おもりを買ってきて、その板おもりを５グラムくらいの大きさに切って、その金具にはさんで入れたわけです。

そして少しずつシードマイヤー君はよくなってきました。シードマイヤー君は初めて経験する日本の夏が弱かったみたいで、夏の湿度の多いときなど、ビジョビジョンなんて変な音出して涙をこぼしたりしてたんです。きくところによると、彼を産んだシードマイヤーというピアノ会社はもうつぶれてとっくにないんだそうです。可哀想にね。実家は没落してもうないんだね。でも僕がワグナーの麻薬みたいな転調コードなどまったく弾けないし、ブルックナーやマーラーはおろかベートーヴェンさえろくに判らないから、諦めたんじゃないかしら。ロシア革命を横目で見ながら二つの大戦を経験し、ドイツの分裂と再融合を味わってきたシードマイヤー君は、ワイマールもバイエルンもルドヴィッヒ二世も、ソヴィエト・ロシアがふんだくってポーランドと山分けしたプロイセンのことも、昔の思い出はなにもかも忘れかけてきたようで、まあこのところ少しずつアジやイサキを焼く煙にも慣れてきたみたいだし、アート・テイタムの下手なまねごとの、僕の愛撫にも頬をすりよせててきてくれるようになりました。シードマイヤー君は今年95歳を迎えます。100歳のお祝いには特上のたい焼きでも食べさせてあげようかと、いまから考えてます。（これは2002年に書きました）村尾陸男

1-----We Three/フィニアス・ニューボーンJR
最近昔買えなかったこのレコードのＣＤ版を買いました。それでアマゾンのサイトをブラウズしていたときですが、その投稿に次のような評が載っていました。

「ロイ・ヘインズの代表的名盤, 2004/2/7レビュアー： Frederick (東京都 Japan) --ロイ・ヘインズの代表的名盤---中略---ヘインズはでしゃばらないサポートで、敢えて他のメンバーを鼓舞するようなことはしていない。ソロもむやみに叩きまくることはなく、歌うようなドラミングだ。しかしヘインズならではの多彩なテクニックは充分味わうことができる。フィニアスはときにテクニックばかりで空疎な演奏をすることのある人だが、ここでは味わい深い演奏を展開。ブルースが特によい。チェンバースはテクニックを前面に出さず渋い演奏に終始。含蓄のある言葉を聴かされているような、深みのあるソロだ。ほどよい緊張感がこころよい。」

この評を最初に読んだとき、なにかピントがずれていると感じて僕は驚きました。これは95％ぐらいフィニアス・ニューボーンJrのレコードと僕は認識していましたから、「ロイ・ヘインズの代表的名盤」という発言にビックリ。これがニューボーンJrのレコードだということは、当時から疑ったことはないですし、今でもこれからもそれは変わりませんね。でもCDを買ってよくよくライナーノウツを読んでみると、ロイ・ヘインズがメンバー名の最初に来ていて、それからニューボーンJr、チェンバーズと書かれています。ということは当時ヘインズがいわば親玉で、彼が一緒に演奏し始めたばかりの若い新人のニューボーンJrを誘ってレコードを作ったようです。

ですからその意味ではこれはヘインズのレコードかもしれません。しかしヘインズ・トリオともなっていなくて、タイトルはWe Three（僕たち三人）です。それはヘインズがニューボーンJrのけたはずれた才能をよく理解していたから、「ヘインズ・トリオ」などとのぼせることなく、謙虚につけたアルバム・タイトルだったと思います。これは95％か、もしかしたら98％くらい、ニューボーンJrのレコードですし、ニューボーンJr の音楽ですね。彼がほかのピアニストに変わったら、こんなレコードはできていなかったでしょう。反対にフィリー・ジョウ・ジョーンズとオスカー・ペティフォードにメンバーが変わっていたとしても、これと内容がさして変わらないレコードができていたでしょう。レイ・ブラウンとエルヴィン・ジョーンズでもいいです。いずれも甲乙つけがたい素晴らしいミュージシャンですから、そうなるでしょう。実際にニューボーンJrはこれらのベース、ドラムともレコードを作っていますが、彼の音楽という意味は少しも変わりません。ということはこのWe Threeにおいて、そのぐらいにニューボーンJrの存在が大きかったわけです。

これをヘインズの代表作ととるのは、とにかく名盤中の名盤ですから、間違っていないでしょう。それから評者が言うように「フィニアスはときにテクニックばかりで空疎な演奏をする」のも正しい解釈だと思います。しかしそれでも、このレコードがニューボーンJr驚くべき才能によってしか作り得なかったという事実を、ねじ曲げたり無視したりするのは馬鹿げていて滑稽です。まあピントはずれという言葉がもっとも適当でしょう。

だいたいピアノ・トリオの演奏でピアノがどれほど大きい位置を占めているかは、普通の常識的感覚からすれば一目瞭然です。もちろん、ベースやドラムの存在意義を否定したり無視したりはできませんが、音楽的な意味からは、ピアノが主役でベース、ドラムがそれを支えるという構成は歴然としています。ベース、ドラムで自分が主役になりたい、自分の主張を全面的に表現したいと思うのなら、そういう設定でやるだけです。ロイ・ヘインズが脇役に徹しているような敲き方をしているのは、彼がニューボーンJrのここでの大きさ、意味を充分に判っていたからで、そこで自分が出しゃばり出てすべてをぶち壊すほど彼は馬鹿ではなかったということです。

この評は僕にはホントに意外で、いわば不快なものに響きました。こんな受けとり方もあり得るんだと、かなり驚かされました。98％ニューボーン Jrのレコードだと思っていたものが、これはヘインズのレコードでニューボーンJrはいなくてもいいみたいな、まるでそんなことをこの人は言っているのですから。でも世の中はそういうものなんでしょう。そういう意味ではかなり苦い勉強をさせられたと言えますね。2007年5月　村尾陸男


2-----バド・パウエルとビル・エヴァンズ
このあいだ珍しくお客さんと音楽談義をやりました。プロのミュージシャンとしては、お客さんとはあんがい音楽談義はしにくいもんですね。音楽雑誌の記事とかで自分の意見をぶったり、どこかの教室で講義したりとかは簡単にできますけど、人と議論するのは骨が折れますし、それがお客さんとなるとさらに言いにくいです。でも先日ジャズでは誰が好きかと訊かれたもんですから、答えないのもおかしいので、バド・パウエルと答えたんです。するとなぜと訊かれたので、説明し始めました。当然ですが、これが話せば長いことになります。

僕は17歳くらいから30代初めまで、当時の日本人のありふれたパターンでビル・エヴァンズ一遍道でした。それが30半ばからパウエルを聞き始め、だんだんのめり込んでいって、気がついたらエヴァンズは聴かなくなっていました。もっと厳しい言い方をすると、まったく聴けなくなっていました。エヴァンズは病的なんですね。病的と言えば、パウエルも充分病的です。どちらも100％病んでいるんですが、パウエルは社会的には病んでいなくて個人的に病んでいるのに対して、エヴァンズは社会的にも個人的にも病んでいるように思えます。パウエルはどこまでも強く健康的ですが、身体的には病んでいたと思います。エヴァンズは弱く非健康的で、後年は身体的にも病んでいきます。

しかしここには第二次世界大戦後のアメリカにおける、人種的、社会的な問題が関係していると思います。黒人には社会と戦う理由があったわけです。戦争中はいわば挙国一致体制であり、白人も黒人も一緒に戦ったので、社会的な問題を一時棚上げにすることができました。それがスウィング時代だったと言っても間違いではないでしょう。しかし終戦と同時に人種差別の厳しい現実が重く垂れてきます。黒人はまた元の悲惨な生活に戻らなければなりません。そこでスウィングはすぐに過去のものとなり、バップとそれに連なる<モダン・ジャズ>の時代が来ます。黒人はそこに悲哀、暗さ、苦悩、怒り、否定を表現しようとします。それは社会との戦いを意味していました。白人もジャズに入ってきた人たちは、同じように苦悩や怒りや否定的なものを表現しようとしました。しかし彼らの場合はどうもそこには必然性がありません。

バップや<モダン・ジャズ>には、過去の時代への否定か、否定とまでいかなくても見直しのようなものが大きな契機として含まれていました。マイルズ・デイヴィスの音楽や当時のモダン・ジャズがフランス映画に引っ張りだこになったのも、そういう理由です。既存の社会への否定は黒人にとって大きな権利であり義務でもあり、いわば必然だったわけです。しかし白人のジャズ・ミュージシャンには既存の社会への否定はどこかで自己矛盾を引き起こします。既存の社会とは、彼ら白人の社会であり、彼らの出自でもあるからです。ですから60年代に入ると、白人のジャズ・ミュージシャンは大きく分けて二つに分かれていきます。一つはスウィングの延長で、悩みなど一切なし、底抜けに明るくてアメリカ社会礼賛派です。アメリカ社会礼賛というと聞こえはいいですが、目的は金儲けだけという人も多かったわけです。もう一つはそれができない社会否定派です。問題なのはこの社会否定派です。

白人で、自分たちの既存の社会を否定すると、それは最終的には、家族や親戚や、村落共同体や、自分たちの所属やそれらが作る秩序の一切に対して、否定的な態度を取らななければならなくなります。それは彼らのなかで大きな矛盾とならざるを得ません。しかしそれでも否定的な態度を取る人はたくさんいました。代表的な人たちはスタン・ゲッツ、アート・ペッパー、ビル・エヴァンズでしょう。彼らは最終的には怒りのやり場がなくなり、三人ともひどい麻薬中毒になります。とくにひどい社会的矛盾に挟まれて身動きがとれなくなるのは、後者二人です。ペッパーはほかにも悪いことをたくさんしでかし、刑務所と娑婆の往復生活になります。彼の《Straight Life》という自伝は、こういう白人ジャズ・ミュージシャンの不可解で病的な立場をよく表現していて、最高に面白いです。面白いと言ってはわるいような気もしますが、とにかくここまで真面目に誠実に徹底的にいかれた反社会的な人生を送る人はそうはいません。マイルズ・デイヴィスの自伝も面白く読めますが、べつに驚きません。しかし《Straight Life》は驚きとショックの連続で、ジャズ・ミュージシャンの自伝としてもたんに一人の人間の自伝としても、ちょっと並ぶものがないような気がします。

ビル・エヴァンズの音楽には、彼の弱さと不健康さと、アイデンティティ喪失による不安感が横溢しています。初期のものは純粋に音楽的な探求に没頭できているので、聴く方もそういう視点で聴けば楽しく勉強になります。しかし中後期は、彼のなかで、音楽が必然性を欠いていき、疑問や否定や戦いの対象が不分明になっていきます。それは彼のレコードのあらゆるところに出ていますから、聞き間違えるようなことはありません。バド・パウエルとビル・エヴァンズでは十年ほどの世代の違いがありますから、まったく同列に論じることはできません。パウエルも50年代末から60年代は完全に病んで、ほとんど音楽になりません。生きた屍（しかばね）そのものです。しかし彼らが音楽界に切り込んでくる時代の、彼らの精神と社会的な態度、姿勢には似たものがあり、また比較することもできると思います。

さてバド・パウエルに没頭していった僕は、40ぐらいのときにパウエルの [クレオパトラ] などをレコードからコピーしました。[クレオパトラ] で彼は3カ所ぐらい大きなミスをしています。隣の鍵盤を一緒に弾いてしまったりとか、明らかな間違いです。でもそれはコピーしてみて初めて判ることで、レコードを聴いているとまったく気づきません。なにしろ素晴らしい演奏で、彼は興奮しまくっていますし、聴くものだれもが圧倒されてしまいます。同じレコードのほかの曲では、AABA-32小節のところ、あるコーラスだけ40小節やっています。コピーしてみて判ったんです。どうしてもそこだけ40小節あるんです。それでそこを何度も何度も聴いてみてやっと判ったのは、Bへ行くべきところをパウエルがもう一回Aをやっているので、ベースのポール・チェインバーズが2、3小節いったところでウッと詰まって止まり、2、3拍休んで気を取り直してAをやりそれから合わしてBへ進んでいる事実です。チェインバーズが詰まって止まっていなかったら、僕にも判らなかったかもしれません。つまりパウエルはそこだけAを3回やりBAといき、そのコーラスだけ40小節やるという素人みたいなポカをやったわけです。

でもそのレコードは彼の演奏のなかでも最大の名盤と言われていて、僕もそれに異存ありません。まさにその通りです。僕も何度も何度も聴きました。今でも聴いていて退屈しません。しかし本当のところ彼の演奏はいたるところ間違いだらけです。そこで僕は考えこんでしまいました。どうしてこれほどまでに雑で乱暴で間違いだらけの彼の演奏が素晴らしいのか？　そしてエヴァンズの演奏が、どう見てもひどいとは言えないし、あの繊細で美しく完璧とも言える非の打ち所もない演奏が、どうして僕には聴けなくなってしまったのか？　いったいどうやってこれを説明すればいいのか？　その頃毎日毎日このことを考えました。それで到達した答えは、それを説明しうるものは唯一「精神」しかないということです。

音楽は精神であり、また精神的態度である、ということです。そこには明るくたくましく強く戦っている精神があるように思います。それはある意味では、1950、60年代のジャズと現在のジャズとの違いをも説明してもいるでしょう。50、60年代のジャズはいまどれを聴いてもなにか惹きつけられる強い魅力を持っていますが、現代のジャズ・ミュージシャンがすごい技術で卓越した演奏を聴かせても、そこには当時のような飢えたどん欲でしたたかな精神がかけているからか、どうも惹きつけられる魅力が感じられません。今という時代が、飽食の時代だからなんでしょうか？　飢えもなければどん欲さもなく、技術の誇示以外に演奏がなんら必然性をもたず、精神も精神的態度もとくに必要ないからかもしれません。話し始めると全部明確に説明し終わるまでは、僕はやめられません。この程度でもとてもすべて説明しきったとは言えませんし、舌足らずで不十分な解釈と言われても仕方がないでしょう。でもこういうことを考えることは重要ですね。みなさんもいい演奏を聴いてこういう点について考えてみてください。2009年2月　村尾陸男


私の音学歴は義務教育まで。トニイホロヘハヘロホイニトハと高校受験（S.33年）の丸暗記事項が未だ脳に居直る、石頭。デス。スポーツ等何でも自分がやるのが好きで、還暦過ぎて、初めて音楽やりたいとカルチャースクール・ukl教室入門、その先生の勧めで同じ４弦・コントラバスへ転向。音楽基礎皆無、何も近道無いと知りつつ焦ってます。さて、Pfですね。今年ある新聞に日本のピアノの記事有りました。松本ピアノと山葉についてです。松本さんは君津の出とあり、カミさんの郷里なので、その事を尋ねました。田舎の親戚にその製作１号機があり、従姉が弾いてると申します。名機らしとか。いつかは触って見たいと思ってます。私のbassは泣く子も黙る～「ベニア・ド・張臼」で御座います。風邪っ引きのジイ様の咳みたいにしまらない音しか出ないのです。まぁ楽しめれば良いか、と半分悟っています。それにでも、格好良くソロ弾く夢を見る事あります。そのうち、いつかは・・・・・吉村満09/10/7]]></description>
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         <pubDate>Tue, 08 May 2007 11:26:03 +0900</pubDate>
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